第16話 再会②
「サラから話は聞き及んでいるかと思いますが」
「うん?」
「僕の友人は魔導士候補生です。将来様々な魔具開発に携わることもあるかもしれません」
クラウス小隊長は僕が何を言いたいのか察したようで、僕の心配を打ち消すように言葉をかけてくれた。
「ああ、この後の話だね。心配しないでいい。僕の代にも実験と称して教室を焼却炉に変えた馬鹿がいる。幸い死人も本人以外の怪我人も出なかったけど。彼は今、開発局のプロジェクトリーダーをやっているはずだよ」
「そ、そうですか」
思うに天才と呼ばれる人種は色々と紙一重なのだと納得することにした。
「僕の友人が開発した魔具は球体状の火魔法を発動させるものでして、詳しいことは門外漢なのでさっぱりなのですが威力は折り紙付きで。外側からよりも内側からの方が威力が高まるのではないかと口の中に押し込みました」
「もしあれば実物を拝見したいね。それは僕らの命すらも守り得る可能性を秘めている」
僕は、ポケットに残った最後のお守りを差し出した。クラウス小隊長はその小さな塊を受け取ると、手にとってまじまじと眺め始めた。
「ふーん、なるほど。僕にも詳しいことはさっぱりだ。これに魔力を込めると発動するわけだ。媒体はこの青国石そのものか」
明かりに透かしたり、横の騎士に見せたり僕のお守りは色んな人の目に触れることになった。
「内側からの攻撃はファングウルフも想定外だっただろうな、ハハハ」
「しかし、この大きさの青国石でファングウルフの内臓を焼き尽くすとは」
眼鏡をかけた――こう言っては何だがクラウス小隊長より、頭脳派のような――女性がお守りを手に取り、これまたキラリと目を光らせながら見つめる。
「クラウスさん、コレ発動してみたらダメですかね」
「いや、ダメでしょ。勘弁してよ」
あ、だめだ。この人も紙一重の向こう側の人かもしれない。
「それに、これはノエル君の大切なものなんだから返してあげなさい」
ん? そのニュアンスはどういう事だろう。何か嫌な予感がする。僕がそろりとサラの方を見るとサラはおろかマリュウまでもが申し訳なさそうな顔をして、いや、アレはもしかして楽しんでいる顔か? 口を滑らせたのか? それとも、嬉々としてご報告申し上げたのか?
「ああ、ノエル君、ありがとう。もしかしたら君の想い人からも少し話を聞かせてもらうかもしれない。そうだ、別に同席してくれても構わないよ!」
クラウス小隊長は気を利かせたつもりかもしれないが、僕はサラとマリュウを一度キッチリ睨んでおいた。
「そうですね。当事者に変わりありませんから」
「よし、サラの話とも別に齟齬は無いし、君達は夜明けとともに学園へ出発するといい。最速の馬車を用意してあるから野営を挟むことなく学園へ辿り着くことが出来るだろう」
そう言ってクラウス小隊長は席を立った。僕はサラとマリュウを伴って宿舎の一室に戻ったが、帰り道で二人を軽く殴ったのは言うまでもない。
翌日、支度を整えた僕たちはクラウス小隊長たちに見送られ、馬車に乗り込んだ。馬車に揺られ揺られ、休憩を挟んで学園に着いたのはもう辺りが暗くなり始める頃だ。とにかく疲れた。尻は痛いし眠気もある。それでも、会いたいと思ったのはお礼の為と、魔具の事を騎士たちに教えたと伝えたかったからだ。
「ノエル! 心配したんだから!」
彼女を探し回った挙句、ついに出会ったのは学園の食堂だった。彼女は夕食の真っ最中。机を揺らしたせいでコーンのポタージュが皿の外に飛び出した。
「エマ、ただいま」
「ただいまじゃないでしょ! どれだけついてないのよ! 全く……」
エマは怒ったような声を出しているが、その実ちっとも怒っちゃいない。スカートの端を摘まむ時、それは嬉しいことがあった時に出る癖だ。
「エマのおかげで帰って来れたよ」
「夕食は? まだ? 一緒に食べていきましょ! ごめんなさい、ちょっと席移るわね」
彼女は同席中だった魔導士クラスの友人に謝りのジェスチャーを入れると、そそくさと席を移った。クラスメートも笑って送り出していた。
「あなたってば本当に昔からここぞという時に何かを引き寄せるわよね」
「引き寄せたのはサラかマリュウかもしれないだろ」
エマはため息をつきながら、それでいて伏せた目をこちらに向ける頃にはにやりとほくそ笑んでいた。
「で? どうだった? 私のお守り」
気になるところはやっぱりそこか。もちろん、僕の帰りを喜んでくれた事に
嘘は無いだろう。でも、一番の興味は魔具の実際の性能と威力にあるようだ。
「丸い球体がワイルドボアの群れとファングウルフの内臓を焼き尽くしたよ」
「すごい! ちゃんと発動してくれたのね!」
試作品とはいえ発動するかどうかも怪しい代物を僕は頼りにしてたわけか。予想外の反応に僕の心臓は今になって早鐘を打ち始めた。サラにはとんでもない博打に付き合わせてしまった。
「あの魔具の素晴らしい点は……」
「ちょ、ちょっと待って。その前にまず改めてお礼を言わせて! ありがとう。あのお守りが無かったら僕もサラもここには帰って来れなかった」
エマはキョトンと目を丸くし、少し顔を紅潮させた。
「や、やめてよ! アレはもし使う機会があったらと思って……」
慌てて自分の功を否定するエマだったが、僕はもちろん、サラもエマに命を救われたという事実を本人に伝えたくて馬車の中で何度もその話をした。
「それで、一つ伝えておかないといけないんだけど」
「な、何?」
矢継ぎ早に言葉を浴びせたおかげでエマはすっかり落ち着きをなくしていた。普段から冷静沈着とはとても言えないが、それでも慌てる姿は珍しい部類に入るので貴重な体験をさせてもらっている。
「ファングウルフを討伐した話の流れでこのお守りの事を騎士団の小隊長に話した。一応、話を聞きたいって」
「わ、私、除籍になったりする?」
僕は笑いながら首を横に振った。クラウス小隊長が言っていた焼却炉の話をエマにすると、エマの興味はもう既にそちらに移ってしまった。
「あのお守りの特長はね、爆散する炎を結界で覆って球体の内部で循環させる術式を……」
エマは興が乗ってきたのか、自分の作り上げた魔具の素晴らしい点を延々と語ってくれた。今の僕にはその話の半分も理解できなかったが、いつか魔法の授業で唐突に理解する日が来るのだろうか。
その後、サラやマリュウと合流して、四人で様々語り合い、その夜はあっという間に眠りに落ちた。後日、ファングウルフの巣穴の探索を終えたクラウス隊が赤帝石を発見したらしく、褒美の品を聞かれたので、僕は青国石を要求した。
エマへのプレゼントのつもりだったが、手に余るほどの量が送られてきたので、実家にお裾分けをしたがそれでもなお、僕の部屋にはしばらく青国石が転がっていた。