第15話 再会①
僕が次に目を覚ました時、サラはベッドにいなかった。窓の外はもう夕暮れ。本当ならもう学園へ向けて出発していて、野営の準備を始めている頃だ。他の生徒はどうしたんだろうか。僕が起き上がって外の様子をうかがう為にドアノブに手をかけた時。ガチャリと音を立ててドアが僕に迫る。
「うわっと」
「あ、ノエル! 起きていたんですか!」
ドアを開けたのはマリュウだった。必死で森を抜けたのだろうか。細かい傷が顔や腕に残っている。
「マリュウも無事で良かった」
「ノエルこそ! カロン先生やほかのクラスの皆も驚いていましたよ! 赤毛の魔獣を討伐するなんて!」
少し興奮気味にマリュウが声を上げる。
「たまたまだ。うん。ほんとに色んな奇跡が重なって――後、エマのひみつ道具のおかげかな」
「体はもういいんですか?」
「うん、どうにか歩けるみたいだ。サラは?」
僕が質問を投げると途端にマリュウの顔が暗く沈んだ。僕はまさか、と思った。さっきは起き上がりこそしなかったものの元気に会話していたはずだ。
「そうですか、ノエルはまだ聞いていないのですね――」
マリュウが絞り出すように答える。僕の心臓が早鐘を打つ。
「ノエルのおかげでほら、この通り」
ドアの影からサラがひょっこり顔を出す。僕は多分、真っ赤になっていたと思う。引いた血の気が一気に頭頂まで登り詰めるのを感じたからだ。
「サラ!!!!」
僕は今出せる一番の大声を出した。腕と肩の傷に容赦なく響いたが、怒りがそれを塗り替える。マリュウは僕の声に気圧されるようにサラに文句を言う。
「だからこの手の冗談は止めましょうと言ったんですよ。いくら何でも不謹慎ですよ」
「わ、悪かった。すまないノエル」
「僕が話したサラは夢だったのかと……」
不覚にも僕は涙を堪えきれなかった。
「ノエル、すまない。そして、ありがとう」
サラは深々と頭を下げる。
「とにかく、みんな無事で良かった。ケガは大丈夫? サラ」
「ああ、クゥエル先生の回復魔法で傷口は完全に塞がった。せっかく掘り出した青国石が私とノエルとマリュウに幾つか使われてしまったがな」
サラは少しはにかみながら答える。正直、青国石なんか物の数じゃない。サラやマリュウの命が助かるならいくつでも差し出す。それにしてもあの傷が塞がるなんて、やっぱり魔導士はすごいな。
「他の皆は?」
「もう退避済みです。カロン先生とクゥエル先生が率いてね。入れ替わりに騎士団一個小隊が派遣されましたよ」
「クゥエル先生の出した最速の精霊が伝令となったようだ。うちの父が自分の管轄の小隊をこれまた最速で動かしたらしい」
自分の娘の危機だ。当たり前だな。それにしても僕たちが野営をとってまでやってきた距離を僅か半日とは。生徒の人数による動きの制限を加味しても恐ろしいスピードだ。
「明日、例の巣穴を探索するらしい。ノエルも目が覚めたら話を聞かせて欲しいと小隊長が言っていたぞ」
赤毛の魔獣が出たんだ。もしかしたら、あの巣穴の奥には赤帝石が眠っているかもしれない。それにファングウルフも複数いる可能性だってある。騎士団の派遣も当然と言えば当然か。
その後、僕はサラとマリュウの案内で食堂に移動した。騎士団の小隊長と面談するためだ。派遣されてきたのはクラウス小隊。僕はクラウス小隊長の前に座らされた。20代半ば過ぎだろうか。エマよりもさらに濃い赤毛だ。まるで炎のよう。魔獣の赤毛よりも明るい。目つきは優しいが、既に歴戦の風格を纏っている。
「驚いたよ。まさか、たった二人で赤毛の魔獣と対峙する候補生がいるとはね。そして、さらに驚くべきはその二人がそれを討伐して生きて帰ってきたという事実。ぜひ、うちの小隊に欲しい人材だね」
クラウス小隊長は顔の前に手を組んだまま話し始めた。サラは目指すべき目標が目の前にいるせいか少し落ち着かない様子。いや、単純に見た目が整ってるからか?
「さて、サラとマリュウからはある程度話を聞かせてもらったんだが、にわかには信じがたい話なので君にも色々尋ねたくてね。もちろん、君達の事を疑ってかかってるわけじゃないから、その点は安心して欲しい」
僕は、黙って頷いた。威圧感は特に感じない。尋問という訳ではなさそうだ。
「えーと……。君たちが倒したファングウルフという種類の魔獣なんだけど。御覧の通り、こいつが出現するという事はそういう事態なんだ」
クラウス小隊長はずらりと並んだ騎士団の騎士たちを手を広げて示した。
「ところが、君とサラは二人でその恐るべき魔獣を討伐したという。まずは経緯を順を追って説明してくれないか」
僕は、今回の課外授業での最終日の任務と、盗掘の後らしき穴を発見したこと、そしてあの赤毛の魔獣と出くわした状況を細かく話した。
「なるほど、サラからも聞いていたがそりゃ災難だ。命があった事を神に感謝しないと」
「神がいらっしゃるならまず遭遇を避けていただきたかったですね」
「ハハハ、そりゃそうだ。で? サラは当然の如く撤退の判断をしたと」
僕はサラの顔を見てもう一度黙って頷いた。サラの判断は的確だった。これは誰が見てもそう判断するだろう。カロン先生もそのように指示していた。
「そして、何とか距離をとろうとファングウルフが姿を消してから撤退を開始したのですが、運悪くワイルドボアの群れに遭遇してしまい――」
「いやあ、よくよく運が無いね。一度大きな神殿で洗礼を受けた方が良い」
冗談めかしてクラウス小隊長は大げさに肩をすくめた。話していて気付いたけど、我ながら酷い出来事だと思う。悪い冗談のようだ。
「で、ボアの雄叫びにファングウルフが反応してしまったと」
「ええ」
よく見ると、話しを聞き取っているクラウス小隊長とは別にせかせかとペンを走らせている人がいる。記録係だろうか。
「さぁ、ここで最大の謎だ。若き騎士候補生二名はいかにして狂暴凶悪の権化たる赤毛の魔獣を撃退したのか!」
まるで芝居の様に盛り上げるクラウス小隊長。演劇が好きなんだろうか。そして、ここまで澱みなく答えてきた僕が唯一答えに窮する質問でもある。あのお守りの事を正直に話すべきだろうか。サラは既に問答を終えているわけだから下手な隠し立ては危険だとも思う。けど、エマの身に調査が及ぶ事態は避けたい。
サラの方へ目を移すと、彼女はこっちを見つめて頷いた。ああ、多分この人は信用できると言いたいんだろう。なんせ、彼女のお父さんが送り込んできた人物だ。相当の信頼が寄せられているのは間違いない。僕は意を決して口を開いた。