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第14話 決死

 赤い魔獣、ファングウルフは雄叫びを上げた後、鼻をヒクヒクと震わせた。そうか、鼻――。


 僕は重要な事を思い出した。ファングウルフの鼻は普通のオオカミの何倍も鋭敏なはずだ。さっきだって僕達の存在に気が付いていたに違いない。おとなしく巣に戻っていったのは取るに足らない存在だから。だけど、巣穴のまわりで騒ぐなら話は別って事か。


 敵はどこか観察するような目で僕達を威嚇している。遭遇した当初は立ち上る殺意から逃げ出したい気持ちが体を支配していたが、覚悟を決めた今は不思議とさっきよりも体が軽い。


「喰らえっ!」


 サラが火球の魔法を使う。だが、大きさはワイルドボアを倒した時の半分ほど。代わりにスピードが速い。放った直後にはファングウルフの鼻先まで到達していた。しかし、ファングウルフは避ける素振りも見せず、フンッと鼻息だけでサラの火球を打ち消してしまう。


「クッ……!」


 サラは火球を放つと同時に左側面からファングウルフの背後へ回り込もうといしていた。僕はその目がサラを捉えている内に、右側面から肩に剣を突き立てる。だけどどうにも手ごたえが無い。赤い剛毛としなやかな筋肉が肉の奥深くへの侵入を阻んでいるよう。


「か、硬い!」


 僕はファングウルフの肩を蹴り飛ばしながらぬるりと剣を引き抜く。僅かながら肩からは黒みを帯びた血が吹きこぼれる。


「ノエルは近づくな! アレを当てる事だけ考えろ!」


 当てるとしたらどこだ? 顔か? いや、真正面からは警戒されるか? 考えろ! 考えろ! ファングウルフは僕の思考を待つことなど当然しない。前後の脚をバネの様に縮めた。跳躍の前兆。


「サラ! 来るぞ!」


 敵の目線は僕の方を向いていたので、とっさに受け身を取ろうとするが、奴が飛んだのは全く逆の方向。ファングウルフの重量を乗せた体当たりがサラに直撃する。サラの体はペンを弾いたかのように軽々と吹き飛ばされて後ろの木に激突。ガクリと頭を垂れるが、意識はあるようだ。


 続いて僕の方へ体ごと飛んでくる牙。放たれた矢のように鋭く一直線に僕を捉える。受けるのは……無理! 僕は間一髪体を躱したつもりだったが、肩には爪による引っ掻き傷。意趣返しのつもりか。


「燃えろ!!」


 サラはさっきより多く代償を使ったようだ。大きく早い火球がファングウルフの後方を確実に捉える。今度はかき消されるようなことは無かったが、ダメージはほとんど感じない。腰の周りの一部が焦げて、火傷の様になっているだけだ。となると、僕の魔法は勿論、サラの魔法でさえも牽制ぐらいにしか使えない。やっぱりこのお守りを確実に当てるしか僕達に生き残る道は無い。


 それでも無いよりマシと、僕はサラに剣を投げる。僕の剣にはまだ魔石が三つついている。


「受け取れ! 火球じゃなく風刃でとにかく刻むんだ!」


 意図を理解したサラは僕に魔石の無くなった剣を投げ返す。僕はそれを掴むとファングウルフに斬りかかる。少々危険だが、確実にダメージを与えられる方法を思いついた。けど、下手をすると僕はファングウルフの餌食だ。とは言えこのまま戦っても確実に待っているのは死。やれることはやる。


 またしても、跳躍。僕はゴロゴロと転がりながら回避し、剣を握りなおす。僕の方を睨むファングウルフの横腹にひゅうと音を立てて乱れ飛ぶのは風刃の魔法。さすがに両断とはいかないが、細かくファングウルフの体を切り刻んでいく。


「こっちだ!」


 不可解な攻撃によそ見をしているファングウルフの注意をもう一度こっちに引き付ける。飛び回るハエを苛立ちまぎれに威嚇するかのように吠えるウルフ。今しかない!


「極上のエサだ! 持っていけ!」


 僕はぽっかりと空いたファングウルフの口に魔力を込めたお守りを投げ込む。急に飛んできた予想外の小さな塊にウルフはゴクリと飲み込んでしまう。怒りの鉤爪が僕を襲い、腕に三本の傷が刻まれる。


 僕は心の中で一つ、二つ数える。


「三っ!!!」


 僕が叫ぶと同時にファングウルフの胸の辺りを中心に赤い球体が広がる。球体はファングウルフの腰から首辺りまで広がるとバシンと音を立てて消える。何が起きたのかわからずその場に立ち尽くすファングウルフはやがて体の中心を覆い尽くしているだろう痛みに気が付き、大きく咆哮をあげる。ゆっくりと体は地面へと吸い付いていく。


「ノエル! ケガは!?」


 断末魔の咆哮をあげて倒れるファングウルフを背にサラが僕に駆け寄る。僕も全身の力を抜きそうになったその時。


「まだだ!! サラ!!」


 僕の叫びより早くファングウルフの爪がサラの背中を深々と切り裂く。手負いの赤毛の魔獣はその一撃を最後に大きく音を立てて崩れ落ちる。


「サラ! サラ!!」

「クソ……、抜かった……」


 抱きかかえる僕の手をサラの血がベットリと濡らす。僕はサラの剣に一つ残った魔石を手に回復魔法を試みる。だが、血の勢いが僅かに衰えただけで傷は完全には塞がらない。


「サラ! 魔法は使えるか!? 僕の魔法じゃ効き目が薄い!」

「魔法? 魔法か……。よし……」


 サラは自分の流れ出た血を代償に魔法を行使した。サラの手のひらからは火球が飛び出し、簡易な信号弾の様に弾ける。


「何を!?」

「後ろだ……、ノエル……」


 僕は後ろを振り返ると、そこにはワイルドボアが一頭鼻息を荒らげて立っていた。このタイミングで……!!


「絶対死ぬな! サラ! すぐにマリュウたちが来る!」


 サラはニコリと微笑むと親指を立てる。


「死なない覚悟だ。ノエル」


 僕はワイルドボアに逆恨みのような感情をぶつけ、斬りかかり、突き刺し、吹き飛ばされ、斬りかかり、やがて目の前が少し暗くなる。僕も血を流しすぎたようだ。


 目を閉じる寸前、ワイルドボアがパチパチと音を立てて燃えるさまを見た気がするが、どうにも思考が回らない。


 絶対に生きてエマに会う。僕は最後にそう呟いて意識を手放した。



   ☆☆☆



  僕が目を覚ましたのは、ここ三日間慣れ親しんだ採掘場宿舎のベッドの上だった。天井のくすんだシミに見覚えがある。意識が覚醒するにつれて、記憶も徐々に鮮明になってくる。


「サラ!!」


「……大きな声を出すな。怪我人の横だぞ?」


 僕は、横に寝かされているサラの顔を見て大きく安堵する。


「良かった……無事で……」

「お互いにな」


 僕はその直後、サラの声に安心してもう一度眠りについてしまったらしい。

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