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第13話 遁走

「赤毛の魔獣に出会ったら最低限の荷物を置いて逃げろ」


 カロンは確かそう言っていた。


 逃げられるものならそうしている。と、今は言いたい。対峙しようという気概すら鼻息で飛びそうな程の明確な殺気。あの赤い目が今どこを捕捉しているのかはうかがい知れない。もしかしたら既にこちらに気付いていて、飛び掛かる機会を窺っているのかも。瞬きの音すら気取られそうな息の詰まる時間。願わくばおとなしく巣穴に帰って欲しい。


 そんな願いが通じたのか、やがてファングウルフは辺りをキョロキョロと見回し、フンッと鼻を鳴らすと巣穴へと踵を返し、姿が見えなくなった。一刻も早くここを立ち去りたい僕とマリュウだったが、サラは一言も発することなく腕で僕達を制止した。


「……もういいだろう」


 サラが言葉を発したのはそこからさらにしばらく経ってからだった。体感にして一時間は固まっていた気分だ。恐らく実際は数分間だろうが。


「なるべく音を立てずに離脱する。殿(しんがり)は私が。先頭はマリュウだ」


 自ら危険な位置に立とうとするサラに一言言いたかったが今は議論の時間が惜しい。僕は一旦おとなしく従う事にした。


「焦るなよ。ゆっくりだ」


 サラは自分に言い聞かせるように行動を開始した。大丈夫。向こうからは木々が遮蔽物になって発見しづらいはずだ。生い茂る草木を掻き分けながら、音を立てないように神経を使って歩いて行く。ゆっくりと、だが確実に。


 ファングウルフの巣と思しき穴から距離をとる事しばし、山の魔獣は僕達の都合などお構いなしに現れる。ブルースネークやエルマウス。こいつらは比較的容易に狩れることと、倒した際に騒がないことが救いだった。しかし、今僕達の前に現れた魔獣は違う。ワイルドボア。こいつは手ごわい上に、怪我をさせると雄叫びを上げる。


 かといって、今の僕達をこいつは見逃してくれないだろう。ジリジリと距離を詰めてくるワイルドボア。あの赤毛の魔獣から逃れたというには心許ない距離。僕達は覚悟を決めるしかなかった。


「私とノエルで足を止める! マリュウは絶対に死ぬな! なるべくなら怪我もするな!」


 マリュウは回復魔法が僕達に比べて得意だ。実家が医者の系統だとかで人体の構造に詳しい。マリュウを生かせば僕達が生き残るチャンスが僅かに上がる。裏を返せばマリュウを失う事は班の全滅につながりかねない。


「最悪の場合、私たちの事は捨てて行け! カロン達の元へ一人でも辿り着け!」

「無茶なことを言いますねっ!」


 僕とサラはなるべくワイルドボアを鳴かせないように脳天への攻撃に切り替えた。だが、やはり支給の剣では致命の一撃を放つことが出来ず、首に深い切れ込みと左目を潰すだけに終わってしまった。ワイルドボアが深く息を吸い込む。


「サラっ!」

「ああっ!!」


 サラは僕の投げた青国石を使ってワイルドボアの口に火球を放り込む。放たれた火の塊は敵の喉を焼きつくし、目から炎を噴き上げる。どうにか、雄叫びを上げる前に倒すことに成功したようだ。


 ……が。


 不幸なことにワイルドボアは群れだった。倒した同胞あるいは家族の亡骸を前に、三頭のワイルドボアは慟哭に似た雄叫びを上げた。


「ああ、最悪だ」

「マリュウ! 走れ!」


 僕はマリュウを逃がす判断をした。そして、また同時にエマから受け取った“お守り”を使う決断も。狙いは三頭のワイルドボアの中心辺り。


「クッ……! 必ず助けを呼んできます!」


 マリュウは一目散に駆け出した。


「サラ! ボアから離れて! エマお手製の魔具を使う!」


 僕はお守りの一つを手に取ると、魔力を流し、心の中で一つ、二つカウントした。そして、三が来る前に思いっきり三頭の真ん中を目がけて投げつけた。すると、お守りを中心に赤い球体が広がり、三頭の一部を飲み込んだところで弾けて消えた。一瞬見えた感じでは球体の中身は火だったような?


「な、何が起こったんだ! ノエル!」

「僕にも分からない! 魔力を込めて投げると敵の一部が消し飛ぶって!」


 ワイルドボアを見ると、ちょうど球体に飲み込まれた部分――真ん中のボアの頭部から背中にかけてと、左右のボアの顔半分と片前足がそれぞれサラの火球で焼かれたように黒焦げになっていた。焼かれた部分は一部内容物が露出している。


 何が起こったか分からないのはボアたちも同じ様で、意識を刈り取られたかのように次々とその場に倒れていく。僕はエマの作り出した魔具の威力に感謝すると同時に少し引いていた。これが、“お守り”? 兵器じゃなくて?


「一気に片付いたのはいいが……」


 ワイルドボアと共に消し飛ばされた僕達の覚悟は悠然と近づいてくる赤い魔獣の前に再集結した。


「サラ、一応確認だけど()()()()()()はある?」

「それに答える為に私にも質問をさせてくれ。さっきの魔具はあと何個ある?」

「二個だ」


 サラはそうか、とだけ答えて剣を持つ手に力を込めた。支給の剣の柄の部分には魔石が三つ嵌め込んであったがサラの剣にはもう一つしかない。


「私はノエルを死なせない。ノエルは私を死なせない、という事でどうだ?」

「了解。マリュウの救援は多分間に合わないだろう、サラの魔法とこの魔具を確実に当てないと詰みだ。僕の拾った魔石を先に渡しておく」


 僕は採掘場でくすねた青国石を全部渡した。エマへのプレゼントは無くなるが、会えなくなるよりよっぽどマシだ。魔法にしたってサラの方が威力は圧倒的に上だし、剣が通用するかは微妙なところだ。


「奴はとにかく素早い。私もなるべく死なないよう頑張るつもりだが、ノエルは確実にソレを奴に当てろ」


 僕は魔具を握りしめると、深く頷いた。


「グルォォオオオオオォォッ!!!!」


 ファングウルフは小枝でもへし折るかのように森の木を薙ぎ倒して吠える。その咆哮だけで木々がざわつき、衝撃波のようなものが顔を撫でていく。顔の位置は僕達の目線と同じだ。立ちあがったら僕らを遥かにしのぐ体長だろう。


「行くぞ! サラ!」

「ノエル! 死に急ぐなよ!」

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