第12話 実践
組み分けが済んでからというもの、班員とはなるべく多くの時間を共有するようにと、カロン先生からのお達し。おかげでここ最近はサラやマリュウに魔法を教えてもらったり授業を一緒に受けたりと、エマと一緒の時間が削られてきている。当のエマはというと特に気にする様子もなく授業に臨んだり、別の友達と昼食をとったり、僕としては寂しい限りだ。
「気にするな、課外授業が終わるまでの我慢だ」
そんな僕の心を見透かしてか、相変わらずサラは僕をからかう。
「そうそう、明日出発したらその五日後には愛しいエマに青国石をたくさんプレゼントできますよ」
編成のバランスは最適かもしれないが、僕の心の均衡にとっては最悪の二人だ。まさか超がつくほど真面目だと思っていたマリュウまでがここまで軽薄な奴だったとは。
「さあ、今日はゆっくり休むのだぞ! くれぐれも逢引きなどして明日の予定に支障を出さぬよう……」
「わかった、わかったからもうやめて……」
僕は顔を抑えながら自室に戻った。そして部屋に辿り着こうというまさにその時、後ろから声をかけられた。
「ノエル!」
何やら懐かしささえ感じる声だ。いつもより少し緊張する。
「エマ。どうしたの?」
何気ない素振りを装う。サラたちに気付かれていると知ってからは自分がおかしな態度をとっていないか気になって仕方がない。
「明日、課外授業でしょ? お守り、持ってきた!」
そういうとエマは拳に収まるほどの大きさの四角い塊を三つ手渡してきた。青国石で出来ているようだ。何か白い染料で文字や記号が刻まれている。
「僕の知ってるお守りとちょっと違うようだけど……」
帝都でお守りと言うと小さな巾着に入った護符なんかが一般的だ。僕は渡されたモノをまじまじと見つめた。
「これはズバリ、魔具よ!」
「え?」
「危険な魔獣に出会ったら魔力を込めてこいつをブン投げてやりなさい、3秒後には爆発してそいつのどこか一部は消し飛んでるわ!」
自信満々に説明しているが、生徒が爆発物を所持するなんて校則違反じゃなかっただろうか。というか倫理的に……。
「ま、今回は使う機会は無いと思うけどね!」
「あ、ああ……。ありがとう」
「もし使う事が有ったら、威力とか相手のダメージとか教えてね!」
「う、うん……」
エマは目的を果たしたのかとてもいい笑顔で去って行った。さすがに今回の実習では爆発物の出番はないだろう。
☆☆☆
課外授業二日目。僕達騎士候補クラスは帝都を出発して一日の野営を挟んだ後、オルモス採掘場に到着した。これから三日間、担当を交代しながら青国石を掘り出していく。僕たちの班に与えられた初日の任務は採掘。次の日が搬送、そして最終日は索敵・警戒だ。
初日、サラとマリュウと共に採掘場内部でひたすら採掘。ツルハシを振りながらせっせと青い魔石を掘り出していく。小石程の魔石であればお土産に持って帰ってイイとの事なので暇を見てはエマへのプレゼントを見繕う。
「騎士候補生の上級になって、まさか鉱石掘りに連れだされるとは思わなかったな」
サラが兜越しに愚痴る。運動着に兜と言う異様な光景は自分が着てみるまでは笑うことができた。サラなんかは特に普段の凛々しさが裏目に出て余計に可笑しく見える。だけど今は一振りごとにずれる兜とその蒸し暑さがうっとうしくてたまらない。落盤対策らしいがもっとマシな装備は無かったものかと思う。
「運動着がもうドロドロですね……。替えを出来るだけ持ってこいと言われた意味が解りました」
マリュウはもう肩で息をしている。掘り出した青国石を運搬用のトロッコに力なく運んでは水分補給だ。
「あ、また小さいのみっけ! これは持ち帰りだな」
「あんまりたくさん持って帰ると教師に目を付けられるぞ、一応国の財産だからな」
「了解でありまーす」
「まったく……」
三日目。採掘場近くの宿舎から大勢の生ける屍が這い出てくる。初日に採掘担当だった一団だ。その後からそれより少しマシな屍が。運搬担当。一番元気なのは索敵班だ。ワイルドボアやブルースネークなどの小型の魔獣が数匹出たほかは特に何も無かったらしい。僕達は初日よりマシとは言え重労働である運搬の任務を終えると、その夜は泥のように眠った。
四日目。今日を乗り切れば明日にはもう僕達は学園のベッドでぐっすりと眠れるだろう。着なれた運動着を脱ぎ捨て、胸と肩と腰回りを覆う鎧を身に纏う。二日間酷使した体を気遣いながら、索敵の任務にあたる。採掘場の周りは木々に覆われていて魔獣の住処になっている。途中、ネズミの魔獣、エルマウスに遭遇した。立つと、班員の中で一番小柄なマリュウの肩にまで達し、鋭い牙を持っている。僕は正面から足を切り付け、マリュウは背側に回って風刃を叩きこむ。
「離れろ!」
サラの繰り出した火球がエルマウスに直撃し、キィキィと鳴き声を上げながらその場に倒れ込んだ。
「殺す覚悟とはまたちょっと違うよなぁ」
「所詮は害獣のレベルだからな。感覚は駆除に近い」
「人間相手とは勝手が違いますよ。なんならこの魔獣の家族に思いを馳せてみるとか?」
「ふん、くだらんな」
サラはエルマウスが絶命したことを確認するために手持ちの剣で遺体を探っている。
「それにしてもこの辺りは少々魔素が濃いようだ。各自、警戒を怠るなよ」
サラの指示は堂に入っていて本物の騎士の様だ。実際、彼女の父親は騎士団の隊長を務めているというからその影響かもしれない。順調にいけば彼女もまたそうなるのだろう。僕も負けてられないな。
「あれ? あんな採掘場、地図にありましたっけ?」
マリュウが指差す方向には大人一人が立って通れそうな横穴があった。木々に紛れて発見され辛いように細工が施されているようにも見える。
「まずいな、あれは盗掘場の類かもしれん。手入れされていないそういう場所は魔獣の巣になっている可能性が高い」
「配布された地図でもここは端の端だ。どうする? サラ」
「音を立てずに立ち去る。魔獣を引き寄せる可能性があるからな。今回の目的は魔獣の討伐じゃない」
僕達がその場を立ち去ろうとしたその瞬間。
喉を鳴らしながら一匹の巨大な魔獣が穴から現れた。不味い。非常に不味い。赤いたてがみが風に揺れている。鋭い二本の犬歯、前後の足から飛び出した獲物を引き裂く爪、殺意に満ちた赤い目。間違いない。オオカミの魔獣、ファングウルフだ。
サラに目を向けると、額から細く汗が流れていくところだった。座学の講師も、カロンも口を揃えて逃げろと促していた赤毛の魔獣が僕達の目の前に居る。