第11話 予習
今回、僕達が狙うのは『青国石』と言って、帝国の生活から戦闘まで幅広く支えている最もポピュラーな魔石だ。魔素の漂うところならば、採掘場じゃなくても転がっている事がある素朴な石だが、魔法の代償としてはそれなりの効率を誇る。握りこぶしほどの青国石で、術者本人であれば全身の体毛、或いは片腕の骨を失うほどの魔法を顕現させること出来る。その効果の程は、生活用の火ならば3カ月分は優に持ちこたえてくれる。
そして、発見したら逃げ出すようにと言われた『赤帝石』は、数ある採掘場でも特別魔素の濃い地域で極稀に掘り出すことが出来る。代償の対価としては同じ握りこぶし程の大きさで術者の重要な内臓器官複数個か、赤毛の魔獣一頭等に匹敵する。効果は複数の家庭の一年間程度の水光熱を賄えるほど。
初めはこのような重要な石をほっぽりだして逃げよとは、とも思ったが、赤帝石が掘り出されるエリアには高確率で赤毛以上の魔獣が出現する。基本的に赤毛の魔獣一体には、帝国軍二小隊以上或いは騎士団の小隊以上で対応するのが望ましい。騎士や魔導師だとしても、一対一の戦闘は避けるべきと授業で繰り返し言及される。発見された場所だけ覚えておいて、後から軍や騎士団の派遣を要請するのがベターという訳だ。
その上が『黒神石』と呼ばれる、流通すらしていない幻の魔石。拳大の塊で一国を支えるのに十分なその代償としての機能は、破壊に転じた時、同じく国一つを滅ぼすのに十分とされている。帝国内ではまだ人頭大から親指大までの物が八つしか発見されておらず、その取得には必ず騎士と魔導師の混成による中隊を少なくとも二隊は派遣するよう要請される。必要以上の戦闘は避け、黒神石を得るという目的の為だけならば、と条件付けされるが。
「うう……、体を動かすだけの実習かと思いきや座学も結構長いな。まさか編成まで勉強しなおすなんて……」
「そんな調子では僕たちの班は採掘ノルマを達成できませんよ! ノエル!」
騎士用の眼鏡を押し上げながらマリュウが小声で注意してくる。亜麻色の髪を後ろで一本にまとめて縛っているので一見、女子にも見える。
「いや、けどマリュウ……」
「サラもリーダーとして何とか言ってやってください!」
「そうだな。足だけは引っ張ってくれるなよ、ノエル。こんな課外授業一つで我がエルドレークの家名に傷をつけるわけにはいかん」
短く刈られた薄桃色の髪の女の子はため息交じりに言い放った。サラ・エルドレーク。代々騎士団隊長格以上を排出し続けている名門の生まれ。本人の適正は魔導師寄りだったそうだが、サラが進路を決定するまでに兄弟が生まれなかった為、家門を考えると騎士への道を選ばざるを得なかったらしい。
「体力だけの脳筋男にはエマも惹かれんだろう」
「んなっ!!!?」
僕は持っていたペンを握りつぶして立ち上がってしまった。
「どうしましたか? ノエル君」
座学担当の先生が厳しい目でこちらを睨んでいる。
「い、いえ……」
サラがニヤニヤと僕を見て笑っている。僕は黙って尻を席に戻す。周囲の視線が突き刺さって痛い。
「え、ノエルまさか周りに気付かれてないと思っていたのかい?」
マリュウですら驚愕の目で僕を見ている。羞恥の事実……いや、周知の事実だったってこと!?
「まあ、当人同士が一番鈍感って事かもな」
サラの顔がますますニンマリと緩む。僕は戦闘訓練直後より早い鼓動を胸に感じつつサラの言葉を整理してみた。多分、エマ本人には気付かれてない……ってことなんだろう。でも、周りから見たらバレバレ……。ヤバイ。今すぐ教科書を閉じて自室に籠りたい。
「誰かさんの為にも今回の採掘実習は成功、いや大成功を収めないといかんなぁ? ノエル君」
サラとエマにつながりがある事自体に驚きはない。一学年に騎士・魔導師合わせて500人の候補生がいるとは言え、共通の授業もあればクラス交流もある。8年も学園にいれば全員とは言わないが、ほとんどの生徒の顔ぐらいは見たことがあるし、三分の一ぐらいは顔を合わせれば挨拶を交わすくらいの事はある。だけど、親密な生徒となると相当に数が絞られる。これは僕の性格のせいもあるけど。
「サラ、君の言う大成功とやらの為にはその話題を封印してくれないと困る……」
「了解だ。しっかり勉学にも励んでくれたまえ」
そう、僕とサラ、そしてマリュウは前回の組み分けで同じ班になったのだ。僕は剣技が得意。サラは両方(どちらかと言えば魔法)。マリュウは剣技も魔法も並だが、回復の魔法が得意。実にバランスのとれた編成だ。
魔法の術式には基礎構築があって、それを各々の身体や魔力に合わせて調整する。その際、思いもよらない方法で構築を組み上げ、結果少ない代償と魔力で大きな結果を得る場合がある。だが、こういった構築は秘匿扱いになっているか、開示されても個人への調整が上手くいくことは余りない。結局自分の理論が必要なのだ。そういう理由で魔法に得意不得意が出てくるのだとか。僕も親指位の青国石で軽傷なら治癒できるが、サラやマリュウはさらに深い傷も治すことが出来る。
エマの独り言に近い魔法理論がこんな時にふと思い出される。大体、エマが僕に話している時は全く理解できない呪文のようなお話も、授業を受けた後にストンと腹に落ちてくることがよくあって、やはりエマは僕なんかより遥か先を歩んでいるんだとそのたび身に染みる。
「今回は引率の先生が二人、カロン先生と回復魔導師の方が付いてきてくれるそうですから危険は有りませんよ」
マリュウの励ましも最もだが、サラの家名とエマの依頼の為にも今回は頑張らないと。青国石を掻き集めてエマにプレゼントしなくてはいけないのだ。とは言え班を危険に曝すわけにはいかない。毎年開催されるレベルの簡単なミッションはこうして自縄自縛でその難易度を上げていくのだった。