第10話 採掘
上級になって最初の試練。最初の課外授業。それは、旧ギルテニア王国の背後に広がるオルモス山脈に『青国石』を採掘に行くこと。国益と実習を兼ねた授業だ。帝国には大きく分けて三つの季節が有り、常期、熱期、常期、寒期が一年で巡る。寒期明けの魔獣は腹を空かせていて危険度が増す上、上級に成りたての生徒には荷が重い。また、常期でもオルモス山脈の環境は寒期程ではないにしろ相当に冷え込む。という訳で、熱期に程近い6の月に毎年開催されることになっている。
この三か月間は従来の対人戦に加え、山での生活、対魔獣戦をもキッチリ仕込まれた。それはもう、吐き気すら忘れるほどに。山には陸地に出るような魔獣よりもさらに過酷な環境に適応した危険な種類が数多く存在する。中には火を吐く魔獣もいるとか。僕たちは自分の命を守るためにあらゆる技術を仕込まれた。中には、隊が全滅に瀕した時の対処法も。こればっかりは有って損する知識ではないがなるべく頼らずに過ぎ去って欲しいものだと思う。
「――で、俺達の目標である『青国石』だが、万が一。万が一にも採掘中に赤い石を掘り当てた場合には最低限の装備以外は放り出してそこを離れるように」
今回の引率である、魔獣狩り専門の教員。元腕利きのワーカントだったらしい。名はカロンという。毛皮の装備は一見、野盗の類に見えなくもないが、その全てが黒い毛皮であることが一線を画すという。魔石の色同様、黒い魔獣は魔素をふんだんに有していることが多く、強さもある程度それに比例するらしい。
「先生、それは『赤帝石』の事ですか?」
誰かが質問を差しはさむ。こういう質問は大体頭でっかちのイシスか超がつくほどに真面目なマリュウのどちらかだ。
「その通り。そして『赤帝石』が出るエリアには赤毛の魔獣も現れると心しておけ。陸地の赤毛よりさらに強い。俺一人なら戦いにもなるが、お前らヒヨッコじゃ死体の山を作るだけだ」
「億に一つ、『黒神石』が出た場合は!?」
多分、マリュウだ。
「祈りながらなるべく遠くへ逃げろ。俺にもお前にも出来ることはそれしかない」
まるで、怪談話をするかのようにカロンが全員の目を見ながら低い声で脅す。
「まぁ、オルモス山脈で『黒神石』が採れたってぇ話は聞いたことがねぇ。そんなもんが採れるならヘルバニア大森林を狙う必要もねぇからな」
今の話を聞いて、さらに禁域への危機感が増した。歴戦のワーカントが逃げ惑う魔獣がうようよ出現するエリアに送り込まれるなんて冗談じゃない。
「そうだ、お前らの中にも適性が剣技寄りの奴と魔法寄りの奴がいるだろ。組み分けをするからまずは自己申告で別れてみろ」
僕は二つに分けられたエリアの内、迷わず剣技寄りの方へ走った。アレンも僕の後ろから歩いてきた。
「よし、じゃあ剣技組は一旦木剣で組手。魔法組は的に向かって最大限の力で魔法を放て。属性も得意なものでいい。先に剣技から始めっか」
僕はひょんなことから久しぶりにアレンと戦う機会を得てしまった。そういえば、エマが言うには余計な事を考えるなとか何とか……。物は試し。ダメで元々の精神で魔導士様の助言を信じることにした。
「おーし、アレン。もう以前の僕じゃない事を見せてやる!」
「今日もノエルは怖いのかな? それとも怖くないのかな?」
やがて、カロンの合図で模擬戦が始まった。木剣の戦いはもう慣れたものだ。僕はエマの助言通りアレンの目だけを見据えて距離を詰めた。アレンの体が少し強張るのを見て自然と最速の刺突が放たれる。アレンは少し焦った様子で僕の剣を振り払う。
「あ、あれ……。今日のノエルは本当に怖いな」
よし、頭空っぽ作戦は有効だ! 考えるより先に体を動かせ! 相手をよく見ろ!
「やぁっ! はっ!!」
アレンとの戦いで一つ気付いたことがある。アレンの目を見て攻撃する時、アレンは本当に瞬き一つせず僕の事をよく見ている。それは、僕の剣を持った方の腕だったり、足だったり、僕の表情だったり。目まぐるしい戦況の中で何か一つ有利になる動きをすることで、まるでボードゲームのようにその後の動きが制限されていく。アレンは本能的にそれを知っているみたいに動く。
「おっと! うわっ!」
僕はアレンの口をついて出た焦りの言葉に欲が出てしまった。敗因はそこだろう。気が付くと僕はいつものようにアレンに一本を取られていた。
「くそぉ……、良い感じだったのにな」
「うん、今日のアレンは怖かった。真っ直ぐだけど、それがどこから飛んでくるのかさっぱりだった。最後以外は」
「次は負けないからな!」
僕はアレンに恥ずかしい捨て台詞を吐くと、その場に座り込んだ。
「よし! 止め!」
再びカロンの合図で、全体の模擬戦が終わった。決着がついているところもそうでないところも。一通りは見せてもらったという事だろうか。
「次、魔法組! あ、今模擬戦が終わった剣技組も一応魔法は見るからな」
僕は嫌な事を聞いてしまったと顔をしかめるが、横にはもっと渋い表情のアレンが座っていた。アレンもどちらかと言うとあれこれ考えるのが苦手なタイプの様だ。
僕たちがおとなしく座っている横で、次々と魔法が的に向かって放たれていく。火球、水弾、土塊、風刃。僕はエマの放つ異常な奇跡を目の当たりにしているせいか、どれもこれも優しい魔法に見えた。とは言え、自分の放つ魔法よりは数段威力が高い。
「ふむ。騎士候補生で言えば中々の威力だ」
アレンと戦っている時は分からなかったがカロンは何かのメモを取っているらしい。一生懸命魔法を放つ者の中にはイシスやマリュウの姿もある。この二人は男だが、魔法組にはどちらかと言うと女性騎士候補が多い。これは体力的な差異もあるが、魔法を扱う適性が女性の方に多く発現するという事が分かっている為だ。その中でひと際高い威力の魔法を放ったのがサラ。彼女は剣技も割と上位の方だったと思うが。
「ほう! この威力、魔導士候補生と言っても遜色ないレベルだ!」
カロンが感心するのも当然の威力だ。的は跡形もなく消し飛んでいた。多分、炎の魔法。
「やっぱりサラはすごいな。なんで騎士を選んだんだろう」
アレンの疑問に僕も頷く。そして、魔法実技は僕たちの番へ。僕やアレンを筆頭にアレを見せられた後で魔法を放つのが恥ずかしい。その後、魔法組は木剣で模擬戦を繰り広げていた。
「よし、組み分けは次回の授業で発表する! では、今回の授業は解散!」
色々と反省の多い授業が終わった。