第1話 手紙
拝啓、エマ様
お元気ですか? 僕は何とかやってます。
――なんだこの他人行儀な書き出しは。
僕は書きかけの手紙をクシャクシャに丸めて焚火の中に放り込んだ。自分に文才が無いのは知っていたが手紙一つ満足に書き出せないとは。赤と橙が揺らめきながら失敗作を包み、カサカサと音を立てて黒い灰に変えていく。届くはずの無い手紙を書こうと思ったのはなぜだっただろうか。粗末な荷物袋を枕に、夢に落ちるまでのひと時、記憶を揺り起こす。
「決まってる。この手紙のせいだ」
恋人か家族に宛てたのであろう手紙。それは一部血に染まっていた。命をぞんざいに扱う職業ワーカント。この手紙の差出人もその一人だ。働きアリから来た造語らしいけどなんとも人をバカにした素敵なネーミングだと思う。
その彼に手渡された手紙。中には金貨でも詰まっているのだろうか。紙っ切れとは到底思えない重量。こんなものをたまたま居合わせた同業に手渡すなど通常考えられないことだが、僕が比較的若く、それほど飢えているようにも見えなかった事が原因のようだ。
先を急ぐ身で大層な約束を背負ってしまったが、前金はもらっているようなものだし、まして今際の際の願いとなれば断るのも憚られる。同情の気持ちが無いでもない。という訳で、当初の目的から道を外れ、辺鄙な田舎町を目指す羽目になったという訳だ。
「エマは元気にしてるかな……」
僕はそう呟くと、そのまま夜の草原の闇に意識を溶かしていった。
☆☆☆
旅の資金が尽きそうだ。
早朝の少し靄に覆われた澄んだ空気とは裏腹に、僕の懐は乾いた麻布の手触りと僅かばかりの金属の香りを漂わせるのみになってしまった。
帝都をわずかな手持ち資金で飛び出して二週間。僕はまだ帝国領内を抜け出せずにいた。国との擦れ違いから騎士の身分を捨て、浪人としてある目的のために旅をしているが、一刻も早く国外へ出ようと焦るあまりいささか浪費が過ぎたようだ。
「んー……。仕方がない。ここは手に職をつけるしかないか」
僕は『ワーカントギルド』と書かれた看板を探した。大抵、街の大通りに面していて、そこらの露店よりは目立つ場所にあるはずだ。
ワーカント。元々はワークアント政策として発表されたものがそのまま定着して、職業としての呼び名に変化していったそうだ。立てつけは貧民救済。一般市民、あるいは帝国からの依頼に基づき、街の清掃から開墾、果ては徴兵まで。能力に応じて仕事を割り振られ、その管理はギルドと呼ばれる自治団体に一任されている。徴兵権は国にあるので、半官半民の団体と言える。どこの町にも一つは支部があるので、食い詰め者はまずここを頼ることになる。
「お、あったあった」
日のある内は閑古鳥が鳴いている酒場の正面。目的の看板はそこにあった。夜にもなると一仕事終えたワーカントでごった返すのだろう。上手い商売だ。スイングドアを手で押して中に入ると、一人の受付嬢の前に屈強な男たちが群がっていた。僕はその隣の少し若い受付嬢に軽く挨拶をすると、本題を切り出す。
「仕事を探してるんですけど」
「はい、ワーカント登録証はお持ちですか?」
「いや、無いです。あの、出来れば登録なしで依頼を受けられませんか?」
「受注手数料が倍になりますが宜しいですか?」
「え、あー……、うん。はい!」
今ここでワーカント登録すると徴兵に応じる義務が発生してしまう。それは実にまずい。手数料が倍になるのは痛いが高報酬の依頼を受ければ大丈夫だろう。
「……魔獣の……伐を……400万Gから……」
「俺は……参……するぜ!」
「……もだ! 俺……受けるぜ」
「では、お名前のみの仮ワーカント証を作成いたします。お名前をどうぞ」
「ノエルです」
「フルネームでお願いします!」
うーん、参った。この街まで僕の名前が届いているとは限らないが……。
「偽名でもまぁ、結構ですよ。仮発行ですので」
どうやら、わけありの先人は多いらしい。
「じゃあ、ノエル=ガルレスで」
「Gレスですか……、はい。魔導の心得は?」
「多少……」
「攻撃、補助、回復で得手不得手はありますか?」
「うーん……。しいて言えば回復が苦手です……かね?」
「畏まりました。では、こちらがご紹介できる依頼の一覧になりま……す! っと」
受付嬢が振り返りざまにドスンとカウンターを揺らす。ギルドに持ち込まれた依頼書の束だ。定番のドブさらいから草むしり、店番や子守りなんてのもある。
「おっと、こちらは仮登録では受けられない依頼ですね」
依頼書の束から店番と子守りの類を抜いていく。確かに身元が分からない人間には任せられないな。
「あの……、向こうの依頼を受けたいんですけど……」
「向こうと言いますと魔獣の討伐ですか?」
受付嬢は怪訝な顔をしてこちらを覗き込んでくる。
「失礼ですが、その……魔獣討伐には大変危険が伴いますし……、万が一、死亡ということになりますとそれなりの手続きが……」
どこの誰だか分からない奴に死なれると処理に困るってことね。そして僕はあっちに群がってる男共に比べると貧相に見えると。まあ、当然と言えば当然。余り頼りたくないけどこの娘に見せるぐらいならまぁ大丈夫だろ。
「これでなんとか……」
差し出したのは一枚のメダル。蛇を文字通り鷲掴みにする、剣をくわえた鷲の絵が表面に細工されている。
「きっ、騎士様ですか!?」
「ちょちょちょ、元! 元ね! 元! もう静かに余生を暮らしたいのでなるべく騒がずに!」
メダルは学園卒業の証であって厳密には騎士の持ち物じゃないけど、大半の騎士が学園卒なのでそう認識されている。ちなみに配属時に受け取る徽章はは退役時に返却の義務がある。僕は帝都を出るときに投げ捨てたが。
「し、失礼いたしました。しかし、そのお年? で余生ですか……?」
「色々事情がありまして。それで依頼については?」
「元騎士様という事でしたら是非とも指揮を執っていただきたいですわ」
「あ、いや。もう騎士の身分ではないので。指揮を執った経験も無いですし。ここは現地の方の指揮下に入ります。くれぐれもこのことは内密に……」
受付の女の子は不思議そうな顔をしながらもどうにか納得してくれたようだ。
護国の騎士、それは豊富な知識と確かな実力の持ち主。学園を無事卒業したエリートの証。騎士だった自分に懐古の念も、誇りですらも今は持ち合わせていないのにこんなものに縋り付かなければならない自分が恨めしい。
「では、魔獣討伐の依頼ですが、今回はクレセントベアです」
クレセントベアと聞いて少し悪い予感がした。かなり大型で凶暴な魔獣だ。騎士団の小隊でも手を焼く事がある。今回の参加人数は……大体20人ぐらい。
「わ、わた、私もっ! そのと、討伐に!」
屈強な男の後ろで騒いでいる自分と同じくらい貧相な男を見て、不安はさらに大きなものとなった。
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