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8.私はお店を解雇されてしまいました!



 世界が日食の闇の中沈んでいる間、英雄がいなくなったこの世界は、耐えるように光が戻る時を待ちます。久しぶりに羽を伸ばそうと家族の元に帰る人もいる一方で、新しい街へ移っていく人もいます。


 私にとって日食は悲しい昔の出来事を思い出させるもの。


 私から大事なものを奪っていく、忌々しい暗闇……


 太陽から光が溢れ出すのを待ち焦がれる気持ちがある一方で、その後にやってくる変化が私から大切なものを奪っていくのが、すごく怖いんです。



 私は神様が大嫌いです。



 よく泳いだり、釣りをしたりして遊んでいた近くの砂浜は、英雄もたくさん釣りにやってきて、毎日とても賑やかな村の人たちにとって、とても大切な憩いの場所でした。


 そこで寝ながら釣りをする英雄に、こっそり落書きしてイタズラするのが、村の子供達の楽しみでした。だけど、日食が起きた後、その砂浜にはモンスターが徘徊するようになりました。砂浜には英雄も姿を見せなくなり、子供達は海へ近づくこともできなくなりました。



 そして、村によく遊びに来ていた、お菓子作りがとても上手な英雄。


 村の近くに良質なサトウキビがあったので、彼はそれから砂糖を作りました。


 その様子を、わたしはいつも遠くから眺めていました。無駄のない職人の動きと、丁寧に磨かれた、ピカピカに輝く一流調理師の道具。そして辺りに漂う高級砂糖の甘い香り…… わたしはうっとりと見惚れていました。


 そして作業を終えると、村の景色や岬に沈む夕日の写真をたくさん、日が沈んで暗くなるギリギリまで撮るのが英雄はお気に入りでした。わたしと小麦畑と岬から沈む夕日の写真。


 わたしはまだ子どもだったから、知らなかったんです。大きくなっても、ずっと変わらず遊びに来てくれるって思ってました。


 その英雄は、わたしが今までに一度も経験したことがないくらい長い日食の後、二度と村にその姿を見せることはありませんでした。ママはその日からずっと泣いてばかりいるようになって、弟の事ばかり可愛がるようになりました。



 ──そして昨日、わたしが働いているクッキー工房のコーヒークッキーの買取価格が、相場の半分に変更されました。



 毎日行列を作って金策していた英雄達は店の前から消えて、クッキー工房に来る客は誰一人居なくなりました。




 「ロッペちゃん、本当に申し訳ない…… こんなことになってしまって、もう人を雇う必要がなくなってしまったんだよ……」


 またです。1年前と全く同じ。


 「ああ…… 本当にごめんよ、本当に…… ロッペちゃんがこのお店のこと、とっても大切に思ってくれてること、僕も嬉しかったんだ。できればこのままずっと一緒にお店をやっていきたいんだけど…… ごめんね、本当にごめん……」


 わたし…… 事もあろうか、エイリクさんの前でボロボロと涙をこぼして泣いてしまってたんです。


 こんな姿を見せてしまうなんて…… わたしは急いで涙をぬぐいました。


 「あ、あ、これは…… なんでもないんですっ! 気にしないでください‼︎ また英雄達が戻ってきて、お店が忙しくなったら呼んでください! このお店は絶対、また大人気のお店になりますから。それを楽しみに待ってます!」


 エイリクさんは最後まで申し訳なさそうに、ごめんね、ごめんねと謝ってばかりでした。



 ……泣くなんて、最悪。いつかこうなるかもしれない、って分かってたじゃない……



 モニス先輩からはお土産にって、コーヒークッキーの箱詰めを一箱。それとわたしが毎日被ってた、お店の帽子を記念にって、持たせてくれました。


 お店の制服…… これって持ち出し禁止のはずでは……?


 「エイリクさんも、ロッペちゃんが持っててくれるなら、って。よかったら持ってて!」


 「ありがとうございます」と、わたしはそれを受け取りました。



 「ロッペちゃん、今度は自分でお店開きなよ。ロッペちゃんってさ、何かやりたい事があるんでしょ?」と、モニス先輩は言いました。


 「やりたい事……?」


 「私は英雄様の役に立つことができれば、それで本当に満足だよ? ここのところずっと、すっごく忙しかったけど、あんなにたくさんの英雄様のお役に立てるなんてさ……! エイリクさんも言ってた。もう最高の毎日だったって!」


 「でも、ロッペちゃんはそれじゃ満足できないんでしょう? だったら探さなきゃ! 最高の毎日になるようにさ!」


 わたし、満足してなかったのかな……?



 「だって…… ロッペちゃんはもうイディルで散々英雄様のために頑張って、もうそれで十分なのに、またクッキー工房で頑張ってたじゃない? ロッペちゃんにはきっと物足りないんだよ。身体がこう…… 何かを求めてるんじゃない?」


 私だったら、『いやぁ、あの時は大変だったなぁー』って思い出して、ニヤニヤしながら毎日家でゆっくりして過ごすけどね!


 そう言ってモニスさんは笑います。



 「じゃ、送別会の場所決まったら連絡するから!」と言うと、モニス先輩はわたしにぎゅっとハグをしました。



 そしてわたしはクッキー工房を後にしました。



 

 光の都クリスタの自宅も今月いっぱいで契約更新を中止して、しばらくは実家に戻るしかないなぁ…… と引っ越しの準備を始めました。


 ああ、憧れだった光の都での生活も予想以上に短かった…… 情けなくて、また泣きそうになってしまいます。


 とりあえず、ここまで運ぶのに相当手こずった、餞別のコーヒークッキーはそのまま実家に送って。


 (これを都のお土産にしちゃえばいいか。親戚やご近所に配っても余るくらいあるし)


 浮いたお土産代でちょっと豪華なお弁当を買って船の中で食べよ……



 月間売り上げ第一位のトロフィー。エイリク店長がクッキー食べる姿を型取った金色のトロフィーです……


 わたしは不動の一位だったので、いくつも机の上に金色のエイリクが並んでいます。


 英雄とだらだら喋らずに、お金と商品だけ受け渡しすれば、あっという間にトレードが終わって回転数も上がるし、英雄も喜んで私の列に並びます。


 お客様(英雄)が求めているのはお金とスピードだけなんです。わたし達売り子のセリフなんて聞いちゃいません。わたしは一言も喋らず、黙々と交換を捌いていたので、毎月ダントツで売り上げはトップでした。


 こんなに大量のトロフィーは実家に持って帰っても邪魔になるだけなので、最初にもらったやつだけ取っておいて、あとは捨てることにしました。


 そんな感じでどんどん荷物を片付けている(捨てている)と、今日の別れ際にモニス先輩から貰った、クッキー工房の制服が目に入りました。その帽子を手に取って、解雇された店の制服なんて要る? なんて思いながら見てると、ふとモニス先輩が言ってた事を思い出しました。


 自分で店ねぇ……


 こんなわたしを雇ってくれるところなんて、どこに行けば見つかるんだろう、とそればっかり考えていたんですが、自分で店を開くなんてこれっぽっちも考えていませんでした。


 自分で店をやるんだったら、オシャレで華やかな街に可愛いちっちゃいお店を構えて、やっぱりスイーツのお店がいいかなぁ…… カフェってのもアリかも。


 接客はあんまり得意じゃないから…… 夜の仕事は向いてないんだろうなぁ。それができれば、お酒は好きだからスナックを始めるってのも面白そうなんだけど。このわたしが『ママ』って呼ばれるなんて…… ありえないでしょ。



 わたしのお店かぁ……



 とりあえず、どうやったら商人になれるのかチェックだけしとくか……


 

 とりあえず初めてみようかな、って。そんな軽い気持ちからスタートしたんです。




お読みいただき、ありがとうございます!


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