56.私達はサンディエ村公開準備中です‼︎
サンディエ村では、ミモザ祭りの準備も終わっていました。明日の日食明けの世界統合に合わせて三日間のお祭りが始まります。
女王からの魔力供給が必要なくなるので、祭りは中止する案も出ていました。でも、村の歴史として残して欲しいという要望が村から多く上がったので、今後は魔力供給という目的ではなく、英雄に村で楽しんでもらうためのイベントとして残していくことになったのです。
村に到着したわたし達は、広場の噴水に猫侍さんが作ってくれた濃度計を、さっそく取り付ける事にしました。
クエストを受ける人数次第で地下水の魔力濃度が濃くなったり、薄くなったりしてしまうと、畑の作物の生育にもよくないのでは? という意見が調理師ギルドの方から指摘があったので、急遽地下水の魔力濃度を一定に保つ仕組みの導入が必要になったのです。
わたしはサンドアの造船ギルドに最初発注することを考えていたのですが、造船ギルドはちょうど大型客船の建造にかかりっきりで、特注品の製造を受けている余裕はない、と断られてしまいました。
そこでユモアのテスタ会長に、どこか製作を頼めるところがないか相談したところ、猫侍さんが快く引き受けてくれることになったのです。
そして驚くべき発見もありました。
アシリさんが作成した『噴水の水』の成分表を持ち帰って、調理師ギルドで調査をしたところ、この水は『エリクサー』という秘薬であることがわかりました。
猫侍さんによると、エリクサーは今までダンジョンでしか手に入らなかった貴重な薬なのだとか。『回復効果のある井戸水』で報酬の申請をしていたので、クエスト企画書を大幅に書き換えることになってしまいましたが、きっとこのクエストのお陰でサンディエ村の土はこの先もずっと守られるはずです。
アランビックに濃度計を取り付ける作業を猫侍さん達が進めている間、わたしは自転車を借りて、畑へ行ってみる事にしました。
下り坂を風を押しながら突っ切って、動かなくなるまで丘から続く小道を進みます。
自転車のチェーンをカラカラと逆に回しながら、車輪が自然に動きが止まるところまで転がすと、わたしは自転車から降りました。
そこはもう岬の先っぽのツバメの巣の近く。丘の上のサンディエ村がよく見える場所で、石がきれいに並べられていて、その周りにはスミレ色のムラサキハナナがたくさん咲いていました。
ちょうど座るのに良さそうな可愛らしい石があったので、そこにぺったり腰をおろして、サンディエ村と、村の周りに広がる畑を眺めていると、畑では何人かの人が畑仕事をしています。わたしが手を振ると、彼らもわたしに手を振って、今からイモを掘るんだよ、と身振りで教えてくれました。
せっかくだし、お手伝いでもしようかと、腰をあげようとしたところに「こんな所で、どうしたんだい?」と背中のほうから声をかけられました。振り返るとそこには、レッドさんが立っていました。
彼はたった今、ツバメの巣から帰ってきたところだと言います。
背負った麻のリュックには、真っ白な『白夜結晶』がたっぷり詰め込まれていました。
「うわ、重くないですか? こんなにたくさん…… あれから毎日採掘に行かれてたんですか?」
「みんなは畑仕事があるから、俺が代わりにね。もう畑をこれ以上広げる必要も無くなったし、村の準備を手伝おうかと思ってさ」と、レッドさんは言いました。
「じゃぁレッドさんは明日からやることなくなっちゃいますから、アシリさんのお手伝いをしてあげてくださいね」とわたしが言うと、レッドさんは
「俺も明日からはクエストを任されているんだぜ?」と胸を張ります。
「ええっ! どんなことやるんですか?」
「それは秘密だよ。明日のお楽しみに取っておいてくれ」
「もう! レッドさんまでエルと同じような事言うんですね……!」
レッドさんは笑っていました。
「実はわたし達、この村に来る直前にちょうど『最初の英雄』の過去のストーリーをクエストで見学していたんですよ。
その中に英雄の親友っていうサンドア軍の士官が出てくるんですけど、それって、ひょっとしたらレッドさんの事なんじゃない⁉︎ ってメルピさんと話してたんですよ。
実はレッドさんのフィアンセってのもアシリさんなんじゃない? って最初は話してたんですけど…… これはアシリさんから否定されちゃいました」
「アシリはね…… 当時、カーライトと付き合っていたんだよ?」
「えええーっ⁉︎」
レッドさんは言った後で、「これ…… 言っちゃってよかったのかな……?」なんて言ってますが…… もう遅いですよ?
「アシリもあまり昔のことは覚えてないなんていうもんだから、聞かれたくないのかなと思ってね。俺もあまり詳しくは知らないんだよ」
とレッドさんは前置きをして、
「ある日突然カーライトは俺たちの前から姿を消してね。ちょうど同じ頃にアシリの行方も一時わからなくなったんだよ。カーライトは革命軍のスパイだったとか、アシリはカーライトに殺されたとか…… とにかく当時はいろんな噂が広がっていたね……」
「英雄とはそれっきり?」
「いや、実は葡萄谷で再会したんだよ。俺はフィアンセだったリインを連れて、サンドアを捨てて国外へ逃げる計画を立てていたんだけど、失敗してね…… その時、奴に助けられたんだよ」
「レッドさんはどうしてサンドアから逃げ出そうとしたんですか? 何か濡れ衣を着せられて追い詰められたとか?」
(英雄は何か裏工作っぽいことやってましたからね…… ひょっとしたレッドさん、英雄に騙されて嵌められたんじゃないですか……?)
「いや、そんなことはないんだよ…… リインはアシリの実の姉で、王族の血を引いていたから、革命軍に引き渡しを要求されていてね……
きっと革命軍は市民の目の前で王族を公開処刑するつもりだったのさ……
俺は絶対に彼女を革命軍に引き渡すまいと計画を進めていたんだが、逃げ出した俺達をサンドア王国軍が見逃さなかった。
俺達は葡萄谷で追いつかれてしまって、リインは捕まり、俺はその場で処刑されるって時、カーライトに助けられたんだよ」
「へぇぇ……」
(思ったより英雄の黒い部分の片鱗が見えてこないじゃない……)
「こんな感じだけど、聞いてた話とあってたかい?」
「ええ、ちょっと噛み合わないところもありますけどね」と、わたしが言うと、レッドさんは「どうせ、英雄はカッコよく脚色されてるんだろう?」と笑っていました。
「あの…… そういえばリインさんはどうなされたんですか? ご一緒だったのでは?」
レッドさんのフィアンセ、リインさんの姿がこの村にはありません。
「リインは村が飢饉になった時に亡くなってしまったんだ。元々身体が弱かったからね」
「そうなんですか……」
「そう。今ロッペさんが座ってる石の下で眠っているよ」
「わわわ、ごめんなさい! わたし何も知らないで座っちゃって!」
慌ててお尻に敷いていた石から飛び退きました。この場所は、この村の墓地でした。
石だと思っていたものはガラスで作られた墓石で、死んだ人が生きているときに大切にしていたものをこの中に埋めるのだそうです。
リインさんのガラスには、ブローチが入っていました。
「サンドアの王族に伝わるお守りらしいが…… リインは魔力が少なくて、これを作ることができなくてね……
これはアシリが作ったものらしい。最期の時、ずっと手に握っていたんだ。
あの時この村では老人や子供、身体の弱い者は次々に命を落としたが…… リインもその中の一人だったんだよ」
「そうだったんですか……」
「今の世界では国も亡くなって、戦争も犯罪もないって聞いたが…… 本当かい?
あまりに夢みたいでね…… 俺には信じられないんだ」
「ええ、市民はクッキー作って売ったり、リヤカー引いて英雄と一緒にチョコ配り歩いたり。そういえばつい最近、ダンジョンの建設現場に潜り込んでしまうこともありましたね…… まぁ、そんな毎日ですよ?」
「なんだよそれ……」
わたし達は笑っていました。
世界が神様と英雄によって守られるまでは、わたし達の生命は失えば戻らない、ガラスのように脆いものだったそうです。わたしも幼い頃は、病気にかかったら、治るまで何日もベッドで横になっていたような気がします。
今はもう、死ぬことも飢えることもありません。
わたし達の世界は、英雄達の間では楽園と呼ばれているのだと、エルが教えてくれました。
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