34.私はフォーエバーヴァージン‼︎
サンシ族の王子様は、わたしに気付いた瞬間、それまで姫と繋いでいた右手をパッと離しちゃいました。
予想外の再会にメルピさんは、「たまたま帰りに一緒になっちゃって……!」と前置きして
「彼、同じギルドで新レシピの監修やってるマシュよ」と、隣の男性を紹介してくれました。
まぁ…… 二人はお付き合いしているのでしょう?
調理師ギルドの中でお会いした時は、デキる女性管理者って感じのクールな印象だった彼女。よっぽどギルドの仕事はストレスが溜まるんでしょうねぇ。仕事が終わった途端、繁華街で彼氏と一緒にハメを外して大騒ぎとは……
調理師ギルドではメイド服姿だったのに、胸元が大きく開いたセクシーな服を着ていらっしゃいます。意外です。
月曜日に経過報告でギルドへ行かなければならないのが、かなりプレッシャーだったんですが、再会するのが少し楽しみになりました。
これだけでも十分収穫があったと満足してたのですが、
「どう? 今からちょうど飲みに行こうか、って話してたとこなの。もしよかったら…… 一緒に行きましょ! ねっ?」と食事に誘われてしまいました。
いやいや、わたしの右手にぶら下がってる買い物袋の中には、ショッピングモールで今しがた買ってきたお弁当が入ってるんです。そしてこのお店でビールを買ってホテルへ今戻ろうと…… と伝えても、
「せっかくサンドアに来たのに、ホテルで夕食なんてもったいないじゃない! おすすめの店があるのよ、行きましょうよ! ねっ、ねっ?」
かなり熱心にお誘いを受けてしまいまして……
お二人を邪魔しちゃ悪いので、何度もお断りしたのですが、あんまりしつこく断る事もできず…… メルピさんの週末デートに土足で上がり込んだわけです。
さすがは調理師ギルドの職員。そんなお二人がおすすめするお店だけあって、最高に美味しい夕食を頂いて、もうかなりお酒も頂いちゃってます。
メルピさんがサンドアが誇る逸品だとおすすめするこのワインは、ロマニーという最高級品。英雄ですらこの品質を上回るワインはまだ作ることができないと言われています。既にボトルは1本空になっていて、これは2本目です。
「このお店はよくお二人でいらっしゃるんですか?」
「そうね…… 私達にとっては思い出の店だから」
ほほう?
「ギルドから派遣されて、彼女はこの店ででしばらく働いていたのサ」
「ギルドから民間の料理屋に派遣って、そんなことがあるんですねぇ」
「昔はこの店、『フォーエバー・ヴァージン』って名前だったのよ。お店には女性がたくさん働いてる、ちょっと特殊なお店で…… 一部の人達からはとても有名なお店だったのよ」
「それって、飲食店とは名ばかりの…… ってやつじゃ? ええっ! そこでメルピさんも働いて客を取ってたってことですか‼︎」
「ちょっとちょっと! 変な想像しないでよ、ロッペさんっ‼︎」
マシュさんも堪えきれずに笑っています。
「名前はアレだけど、普通のレストランだったんだからっ!この店、相当高額な飲食代をお客に請求してたのよ。経営者も裏世界の……」
モゴモゴするメルピさん。裏世界って言うと、マフィアとかギャングとか暴力団とかそういう人達なんですかね? それとももっと危険な、言ってはいけない存在がこの世界には存在するんですか……?
「まぁ、それで苦情が殺到してね…… 普通だったら【修正】対象なんだけど、実はこの店ね、味が最高だったのよ。大会で何度も優勝するくらいの。知る人ぞ知る名店だったのよ」
「それで、メルぴょんがギルドから派遣されてきて、店の会計から何からを全部調べて、改善して、ギルドが店ごと全部買い取ったのサ。そのお陰で、こんなふうに市民が安心して最高の料理を楽しむことができるようになった、ってワケだよ」
へぇぇ…… って、メルぴょん? そんなバカップルみたいな呼び方……
「そして…… ここの厨房で腕を振るってた料理人ってのが、マシュにゃんだったの。こんなお店の厨房に天才シェフが隠れてたなんて、ほんとにビックリよ! お店ごとマシュにゃんもギルドが買い取っちゃって、そのまま調理師ギルドのスタッフに配属になったの。料理師ギルドのクエストで、英雄と料理対決してるのよ?」
「調理師ギルドクエストに出演してる、って事は…… マシュさんは主要NPCなんですか?」
『マシュにゃん』も気になったけど、そんな事よりこっちの方が何10倍も重要な情報だわ。
「そうだね。……それで言うと、メルぴょんも一緒にそのクエストに出てるから。二人とも主要NPCとして登録されてるよ」
「わたしもそれ、なりたいんですよね…… どうやったら手っ取り早くなれます?」
「手っ取り早く…… ロッペさんは世界中あっちこっちを廻ってクエストを企画してる人かと思ったんだけど…… クエスト作る人じゃなくて、出たい方だったんだ?」とメルピさん。
「出演したいというか…… 世界の情報をもっとたくさん知りたいんですよ…… 日食後に【修正】されて、職を失ったことが何度もあるので…… 商売を成功させて、大きくしていくために、次に来るトレンドを掴むためには更新情報が必要なんですよね……」
「更新情報か…… 私、全然そんなの気にして見た事なんてなかったけど……」
ねぇ、と顔を見合わせる小人と猫獣人のカップル。
更新情報は毎回膨大な量の情報が提供されるらしいのですが、そのほとんどが意味不明でなんの事かわからないらしく…… 覚えてすらいられないようなんです。
だから、ユモアのテスタ会長に『次の日食っていつなんですか』と聞いても、全く覚えてなくて、自分自身が出演しているクエストに関係ない事は、全く知らないみたいなんです。
興味がないことは、たとえいくら細かく情報が提供されていても、全く気づかないし、目にも入って来ないんです。初めっから存在しないのと同じように。
だから、クリスタのコーヒークッキー金策が修正された事も、今年はユモアでバレンタインデーイベントクエストが行われた事だって、このサンドアでは誰一人知りません。
この調理師ギルドの管理職で、かつ主要NPCでもあるメルピさんも、マシュさんも、そんな事ひとつだって知りはしないのです。
「でもさ、クエストに出演しちゃうと、もう世界をあちこち見て回ることって、難しくなっちゃうんじゃない? ここのオーナーのローズさんは『英雄の道』にも出演してる、それこそ主要NPCなんだけど…… それが決まって以来、このサンドアから一歩も出れないんだから」
「世界中を回りながら商売するんだったら、今のままがいいんじゃない? 正直、毎回同じことを英雄相手に繰り返すんだから、飽きるよ。俺はやめていいってなったら即辞めさせてもらいたいね…… サンドアなんて離れて、どこか遠くへ旅に出たいくらいサ」
それを聞いたメルピさん。「私を置いてどこに行きたいっていうのよっ!」と噛み付かんばかりの勢いでお怒りです。
……たしかに。
クリスタに行ったり、サンドアに行ったりすることも、まだ行ったこともないウルドゥやグリンデにも、まだ行ったことない他の街や村にも気軽に行けなくなるかもしれませんね……
そう考えると、主要NPCとしてクエストに出演する場所は、一生そこに居続ける事になる可能性だってあるという事。かなり慎重に決めないといけませんね…… 決められるんだったらまだいい方で、一方的に指示されて重要なクエストに出演が決まっちゃうと、もうその場で足止め食らっちゃうって事か! ……怖いわぁ。
「ロッペさん、そう言えば…… 変な冒険者と一緒に行動してるらしいじゃん? ギルドでも噂になってたよ?」
メルピさんにギッと睨まれたままのマシュさんは、話題を変えるのに必死です。
「ああ、エルフのヒーラーなんですけどね。ちょっとここへ来る船の中でトラブルに巻き込まれちゃいまして……」
「冒険者と一緒に街の外に出る市民って、俺聞いたことないな…… いったいどんなことやってるワケ?」
そこでわたしは、スキルブックを使って一気に最高レベルまで到達してしまったために、どのギルドからも入会の許可が降りない事。
同じ階級の冒険者とはレベルが違いすぎてパーティが組めないために、一人で『英雄の道』の試練を進めなければならない事を話して聞かせました。
ここまで話しただけでも、二人はかなり興味をもったようです。英雄の試練についてのわたしの考察を聞かせたら、もっとハマりそうな感じでしたが、それはまだ先に取っときましょう。
「へぇぇぇ…… 全然知らなかったね?マシャにゃん」
と、すっかり機嫌を直した様子のメルピさん。
「俺、英雄ってダンジョンに潜って、モンスター倒したらなれるもんだと思ってたよ…… すげぇんだな…… メルぴょん、ちょっと見てみたくない?」
え? 二人とも主要NPCなんでしょ? サンドアから出ちゃダメなんじゃ?
「俺達は土日休みだし。そもそも調理師ギルドのクエストやる物好きな英雄もほとんどいないから、実際ヒマなんだよ?」
「ねね、ロッペさん、明日その冒険者の『英雄の道』の見学、私達も連れてってくれないかな?」
冒険者の試練に料理師ギルドの有名人二人を連れていくっていっても、見学するだけですし。何も問題はないでしょう。
この二人と繋がりができるのはわたしにとっても、エルにとっても損はないんじゃない? エルも料理師ギルドに入会させてもらえるかもしれないしね。
「お安い御用です。行きましょ! きっと楽しいですよ‼︎」
「「やったー!」」と抱き合って喜ぶ二人。
ちょっとお、人目もはばからずにイチャついてくれるじゃないの……
明日の『英雄の道』試練は、冒険者に三人のNPCが同行して、四人でお送りします。
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