第9話 こめ③
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“俺は電車内で立ちながら、過去を思い出していた”
「意味はない」
早熟というのだろうか、俺は小さいときから周りの同級生と合わなかった。いわゆる、友達というものがいなかった。といっても、仲が悪かったり無視されたりしたわけではなかった。俺は小学生の時、椅子取りゲームやハンカチ落としなどの娯楽を楽しんでいる周りの気持ちがわからなかった。何であんなことをしなければならないんだ。俺は同級生に聞いたら、「楽しいから」と言われた。同級生は質問する俺に対して不思議そうに首をかしげていた。俺はその言葉の意味がわからなかった。「俺は別に楽しくない」というと、周りから人がいなくなった。俺は娯楽がイヤでイヤで仕方なかったので、担任の先生に「やりたくないです」と言った。先生は困惑した顔で、参加を義務付けた。参加理由を尋ねても、「意味はない」と言われ、とりあえず参加するようにと言われるだけだった。俺はその時から、先生に質問をするのをやめた。理由は、意味がないからである。質問しても納得する理由が返ってこない、だったら質問するだけ無駄である。よくわからんけど、世の中はそうなっているから、そのルールの従おう。
この世界では、勉強というものが評価されるらしい。だったら、勉強を頑張ろう。テストでいい点数を取ったら、周りの人が褒めてくれた。
この世界では、運動というものが評価されるらしい。だったら、運動を頑張ろう。スポーツが上手だったら、周りが褒めてくれた。
この世界では、美貌というものが評価されるらしい。だったら、美容を頑張ろう。オシャレになったら、周りが褒めてくれた。
どれもこれも虚しさだけが残った。俺が優秀というだけで近寄ってくる人たちに、距離感を感じる。みんなが見ているのは俺ではなく、俺の努力の結果のみである。でも、世の中はそういうものである。そう思い近寄ってくる人たちに愛想よく接する。そういう媚売りの人間が評価される世の中だから、そのルールに従っただけである。もちろん、俺に嫉妬しているであろう人たちに話しかけるというケアもした。クラスの端っこにいるような人とも話相手となった。人心掌握といったら聞こえが悪いが、おかげで人気者だった。平穏無事に生活を送っていた。不満はなかった。満足もなかった。
そんなこんなでその後は、小学校も中学校も、特段語ることのない生活を送った。高校も平穏無事に同じ事の繰り返しだろう。
入学早々、クラスの中心人物となった。いつも通りである。多少、周りの人の質は高かった。さすが進学校といったところだろうか。しかし、今までと同じメソッドで同じような人気者になれるということは、今までと大差ない人たちであるのだろう。いろいろと今までどおり頑張った。中間テストも、クラスで上位だった。みんなが寄って褒めてくれた。見慣れた景色だった。
「君、一人ぼっちやな」
俺は背筋が凍り付いた。振り返ると、メガネが似合う男子が見透かしたような目をしていた。
周りの人たちは“何を言っているんだ”と言わんばかりの雰囲気だった。彼はそのまま本を頭に乗せて去っていった。それをみて、皆は失笑していた。俺は笑えなかった。
俺はその翌日の昼休みに図書室を訪れた。古典対策として、源氏物語のまんがを読むのがいいとドラマで知ったから、それを探しに行った。すると、すぐに見つけた、さっきのメガネ男子を。やつの見ている先には、『あさきゆめみし』が置いてあった。やつのことが少し気になったが、俺はそれを手に取ろうとした。
「君、楽しそうやな」
俺の手は止まった。やつは俺に気づいていた。
「楽しそう……ですか?」
「ああ、楽しそうだ。さっきと全く違う」
「さっきとは?」
「人と群れていた時さ」
脈が波打った。
「群れるとは、言い方が悪いな」
一生懸命に作り笑いした。
「君、大変そうやな」
彼は満面の笑みで去っていった。僕は気を取り直して再び目の前の本を手に取ろうとした。しかし、手が震えて掴めなかった。
その翌日の放課後、生徒会の集まりに行こうとした。といっても、会議とかではなく、久しいぶりに顔を合わせようというだけである。アニメと違って、特に何かをするわけでもない集まりである。クラブに所属してるわけではないので暇だし、周りからの推薦で入ることになっただけである。適当にだべっていた。ほかの人は所属クラブの苦労話などに花を咲かしていた。俺も話を合わせてた。でも、あまりに退屈なので窓の外を見ると、奴がいた。なんかしているが、ここからではよく見えない。じーと眺めていると、委員会の時間が終わって、部活に向かう人や帰る人となった。俺は、やつのところに向かう人となった。
中庭の木の下にまだいた。
「何しているの?」
彼の閉じていた目がこちらを向いた。
「木の気分になっていた」
「木?」
「木だよ、木。キキキキキ」
変な笑い方をしていた。笑い方はともかく、木の気分になるなんて、幼稚園児みたいなやつである。
「木の気分になった感想は?」
「そんなん教えるか。自分で感じろ」
僕は言われるがままに、真似をした。目を閉じ、深呼吸をし、じーとした。
「どうや、気分は」
「うーん、分からない」
「そうか」
「でも、なんか気持ちいい」
本音だった。
「でも、こんなことしてなんか意味あるんかな」
「意味はない」
「そっかー」
俺は何かの期待を裏切られたように笑った。
「だからいいんやろ」
俺は真顔で振り向いた。
「『意味はない』けど『だからいいんやろ』?」
「だってそうやろ、意味のないことに意味を見出すことができるチャンスやん」
「チャンス?」
「そうや、自分で意味を生み出すチャンスや。神様みたいやろ」
「神様か」
俺は笑った。その笑いは、相手を馬鹿にしたものでもなければ、先ほどの期待を裏切られたものでもなかった。
「おーい」
クラスメートが近づいてきた。
「米田、何してんねん。カラオケ行くぞ」
そういえば委員会終わりに行くという約束をしていた。人付き合いは大切である。
「ごめんごめん」
俺はクラスメートに向かいかけた。しかし、立ち止まった。
「どうした。早く来い」
俺は目をつぶった。
「何してんねん。早く」
俺は目を開けた。
「ごめん。行かへんわ。おれ、カラオケ興味ないねん」
クラスメートは、顔を見合わせて、不思議そうな嫌そうな顔をしてどっかに行った。
「行かんでよかったんか?クラスでハブられてもしらんで」
「今から本読みたいから、話しかけんといて」
本心だった。
「お前、キャラ変わったな」
やつは嬉しそうだった。そんなやつを見て、俺も嬉しかった。その嬉しさは本心だった。