第8話 こめ②
8
その日は探求部の活動がなかったので、帰宅しようと最寄り駅に向かった。すると、こめが本を読みながら歩いていた。背負っているカバンが薪ならば二宮金次郎と同じであった。
「こめー」
彼は僕に気づいた。本を閉じて、ポケットにしまった。
「ポケットに本いれるんや」
「ぜろと違って、本を頭の上に乗せる癖はないからね」
たしかにぜろはよく本を頭の上に乗せて歩いている。バランス感覚を養うためやとモデルのような理由も言っていた。
改札口で定期券を何往復もさせて入退場を繰り返すという、理由を聞いても返事が返ってこないことをした後に、ホームで僕と一緒に電車を待った。彼はさっき本をしまったところと違う場所から本を取り出した。
「違う本読むの」
「そうやねん。併読してんねん」
「2冊併読してんや」
「いや、5冊」
「5冊?!」
「どれがどれの話か分からんときがあるねん」
かしこいのか馬鹿なのかわからなかった。実際、こめがどれくらい勉強できるのか知らないし教えてくれない。天才となんとかは紙一重というが……。
ケータイが鳴った。僕はポケットから本ではなくケータイを取り出した。相手はあさいだった。
「もしもし、かくさん、どこにいる?」
僕が返事しようとするが否や、こめはケータイに近づき「北海道!」と叫んだ。電話越しに「はあ?」と聞こえ、僕は笑いながらこめから距離を取ろうとした。が無駄な抵抗だった。こめは近くで「北海道!」と何回も叫んだ。電話越しは「そうか」と何かに納得して電話に切った。僕は笑った。探求部でたまにあるじゃれあいである。周りの人からは白い目で見られていた。
笑いが収まったら、周りの目が気になり、仕切り直しに本の話に戻した。
「本はよく読むんや」
「そうやねん。知識って大切やで」
「何がおすすめ?」
「うーん。広辞苑やな」
「広辞苑って、あの広辞苑?」
「そうやで、あの広辞苑や」
「辞書何か読んで楽しい?」
「楽しいで。こんな言葉があるんや、と思うで」
「楽しいか、それ?」
「楽しいやろ。ネット検索するようなもんやで」
「そうかもしれんけど」
「寝る前に広辞苑見てたら興奮して、寝不足になる時もあるわ」
「そうなんや」
「知らん間に広辞苑を枕にしているときもあるわ。首が痛くなるからやめたほうがいいで」
“よう喋るな”と圧倒される中、電車の到着音が会話を遮った。出会って一週間でした会話量を、この数分で圧倒した。特急が各停を追い抜かすようなものか?
電車の中は空いていて座り放題だった。ホームルーム後に図書室で時間を潰していたから、ほかの学生と帰宅時間がずれたのだろう。あれ、何でこめと重なったのだろう?その疑問を持ちながら座ると、もっと気になることがあった。もちは電車内で立っていた。車両内で2・3人しかない空席状態なのに。
「こめ、座らんの?」
「座らん」
「何で?」
「うーん。誰かが座りたくて死にそうになった時のために空けている」
「なんやそれ」
「とりあえず、場所を空けておこうと思って」
僕は彼の冗談に呆れた笑いをした。彼は真顔で遠くを雲を眺めていた