第6話 あさい③
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“俺はかくさんとの地球儀キャッチボール対談で、過去を思い出していた”
「勉強なんかどうでもいいやろ」
小学生の時だった。俺には2つ上の兄ちゃんが居る。兄ちゃんはすごく優秀で、俺にとって自慢だった。近所の人が兄ちゃんを褒めているのを聴くと、まるで自分のことのように思って嬉しかった。性格も良く、「勉強なんかどうでもいいやろ」と言いながら、よく一緒に遊んでくれた。外ではキャッチボールやサッカーを、中ではゲームをよくした。マリオカート、スマブラ、パワプロとよくしたものである。大概俺が勝ったが、今考えたら兄ちゃんがやさしかっただけである。
ある日、兄ちゃんが全国模試ですごい成績を取ったらしい。親はすごく喜んでいた。俺も親に喜んでもらおうと思った。学校の成績も悪くないし、頑張れば大丈夫だと自信もあった。同じ兄弟だし、ゲームではいつも勝っていた。2年後に標準を向けて、ゲームなどの遊びを絶った。
2年後、俺は全国模試でまあまあの成績だった。だいたいの中学校に受かる学力はあるが、兄が行った中学校には全く届きそうになかった。俺はその時、初めて己の愚かさを知った。成績がいいといっても、所詮は俺が言っている小学校での話である。全国には俺程度の学力を持つものは腐るほどいて、俺もその有象無象の1人でしかなかった。そして、俺とは違い特別な人間、天才がいる。それが兄ちゃんだった。兄ちゃんはほとんど遊んでばかりなのに、学力が全国トップレベル。一方の俺は、遊ばすに勉強ばかりしたのに、地元でまあまあ賢いレベル。そういえば、兄ちゃんが模試を受けたとき、いつ勉強をしていたのだろうか?俺が模試を受けるとき は、いつも遊ぼうとしてくる兄ちゃんを断ったのに。親は私立中学校に行くか聞いてきた。特に喜んでいるわけだはなく、希望調査をしているだけであった。俺の心の中の何かが崩れた。地元の公立中学校に行った。
中学生になって、俺は再び遊んでいた。サッカー部に入り、部員と遊ぶことが多くなった。勉強はあいかわらず上位だった、あくまで地元の中学校では。友達からは「いつ勉強してんねん」と言われる。一緒に遊んでいるのに俺だけ成績がいいのが不思議らしい。俺は空いた時間にしていると答える。友達はお前すごいなという。そんな会話をたまにした。
兄ちゃんと一緒にいる時間が減った。といっても、仲が悪くなったわけではない。ともに部活などで忙しくなっただけである。兄ちゃんも中学校でサッカー部に入っている。そして、最近受けた中学の全国模試では全国トップレベルだったらしい。「いつ勉強してんねん」
親は兄の話ばかりしている。俺のことなんか眼中にないようである。俺も親と話そうと思わなかった。それを見かねてか、兄ちゃんはたまに一緒に遊ぼうと誘ってくれた。図体ばかり大きくなったので、外で遊ぶことはなく、もっぱらゲームである。昔みたいに俺が勝つが、おそらく接待プレーというものだろう、今ならわかる。兄ちゃんはゲームしながら「勉強なんかどうでもいいやろ」と再び言っていた。今の俺にはこの言葉の意味も分かる。“お前ごとき凡人が勉強しても意味がない”
高校は地元で一番学力が高い公立高校に行った。といっても、もってかしこい高校はいくらでもある。でも、俺には関係無いことである。地元の中学校ですら成績トップを取れない俺が、ほかの地区や私立の名門校の奴らに勝てるわけがない。たまたま数学だけはできるが、それだけである。高校最初の中間テストで数学満点をとったが、この高校レベルの話である。兄ちゃんとかでも余裕でできることである。それに、ほかの科目が悲惨過ぎる。兄ちゃんはなら、ほかの科目も満点だろう。だからもういい。俺は勉強できなくてもいいから、適当に高校生活を楽しむ。
「君か」
ある日、誰かが話しかけてきた。知らんやつである。
「君、なーんか面白そうやな」
なんか馬鹿にされているような気がした。
「誰ですか?」
「俺、礼っていうねん。君、数学で100点やったんやろ?」
ああなるほど、こいつも珍しい人・すごい人を見たいミーハーか。今までもそういう人がいたものだ。
「そうですけど」
「そんなことより、数学コンテスト受けようぜ」
何が、そういうことより、だろうか?お前が聞いてきたんやろ。というか、数学コンテスト?
「数学コンテストって?」
「なんやお前、そんなことも知らんのか?」
彼は眉間にシワを寄せ、馬鹿にしたような顔をした。というか君呼びからお前呼びになるの早いな。
「数学コンテストというのはな……」
彼の説明によると、テストとは違う数学の大会らしい。体育の授業でもする野球を、部活で甲子園大会にでるようなものであるらしい。
「俺はいいわ」
「なんでやねん」
俺は断った。そんなんやっても兄ちゃんのような天才に勝たれへんのはわかりきっている。こいつも井の中の蛙のようである。
「どうせ勝たれへん」
「やらなわからへんやろ」
「やらんでもわかるわ」
俺は言葉を遮って後にした。振り向かないから、やつがどんな顔をしていたか分からなかった。
翌日、教室でイライラしていた。昨日の世間知らずのせいだ。少しは勉強出来るのかもしれないが、たかが知れている。勝手に一人で受けておけ。もう話しかけてくることもないだろう。
「おい、お前」
話しかけてきた。教室にいきなり現れた。
「あのな、昨日のことなら……」
「化石掘りに行こうぜ」
「は?」
俺は口を大きく開いた。
「何で化石掘りに行くねん」
「何で化石掘りに行くかと言ったらな……」
彼の説明によると、楽しそうだかららしい。
「行かへん」
「なんでや?」
「興味ないねん」
「そうか」
彼はトボトボと去っていった。さすがにもう来ないだろう。
「おい」
すぐに来た。一分も経たずに。
「だから、化石掘りは……」
「俺、探求部入ってんねん」
「へ?」
変なところから声が出た。
「なんやねん、探求部とは」
「探求部とはな」
「ええ、ええ、説明はええ。たぶんお前が好き勝手やる部やろ」
「ようわかったな」
「でも、俺は入らんぞ」
あらかじめ断った。先手必勝である。鳩が豆鉄砲を撃たれたような顔をやつがするのが楽しみだ。
「お前、何言ってんだ?誰が入れるか」
返り討ちにあった。
「俺は自慢に来ただけや」
「なんの自慢やねん」
「今部員が一人しかおらへんねん。つまり、俺が部長やねん。一番偉い立場やで。野球で言うエースで四番やで。すごいやろ」
俺は何がすごいのか分からなかった。廃部寸前のクラブでたむろしているだけやろ。仕方ない、俺がこいつを正してやろう。
「お前、勉強できるんやろ?そんなよう分からんクラブ入るより、勉強せえよ。いい大学入ってからでも遅くないやろ」
「アホか、お前。今楽しまんでどうすんねん。勉強なんかどうでもいいやろ」
その時、こいつと兄ちゃんとが一致して見えた。“勉強なんかどうでもいいやろ”か。もしかしたら、今を楽しめという意味だったのだろうか。
「俺も入るわ」
「は?あかんわ」
「野球は一人ではできないやろ」
「お前、江夏知らんのか?」
「審判や対戦相手いるやろ」