第5話 あさい②
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次の日、昼休みにあさいから電話が来た。
「もしもし」
というので「亀よ亀さんよー♪」と返したら、少し間を空けてから電話の向こうで歌声が聞こえてきた。きちんと聞き取れなかったが、続きを歌ってくれたのだろう。
「何を歌わせとんねん」
「ごめんごめん。それで何?」
「今日の黒点観測なんやけど、当番のぜろが来ないから、代わりの一緒にしてくれへん?」
「わかった」
地学室には昨日と同じようにあさいがいた。機嫌よく歌いながら数学の問題集を解いていた。
「きたでー」
「おう、かくさん。行こっか」
あさいは右手首から左手を離して解答をやめた。屋上への鍵を取りに行こうとした。だが、曇り始めた
「曇ったら黒点観測できへんやん」
あさいは地学室に隠されていた鍵を振り回していた。
「上に行って待機してみる?また晴れるかも」
「いやーこれは晴れへんかもー」
あさいは窓から空を見上げてた。
「ちょっとここで様子みてから決めようか。最悪、放課後でいいし」
そういうとあさいは窓から離れた。再び数学を解くのかなと思ったが、問題集と違う方向に向かった。
「キャッチボールしようか」
あさいは地球儀を持っていた。それを投げるとはどういうコペルニクス的発想だろうか。ぜろに隠れているが、あさいも十分変なやつである。
「ええよ」
了解するとともに、本当に地球儀を投げてきた。もしかしたらと思って冗談の世界線も視野に入れていたが、それは無駄だった。
何回か往復しているうちに地球儀キャッチボールにも慣れてきた。最初は手が変なところに当たり痛かった。あれは、ボールを捕ろうとするのではなく、赤ん坊などを包み込むイメージのほうがいい。あと、初めからしなかったが、上から投げ下ろすのはダメだ。下から投げよう。
僕は青春ドラマである河川敷でのキャッチボールを思い出した。二人の友達または親子が世間話などを言い合うシーンである。まあ、ここは河川敷ではないけどね。
「そういえば、あさいは何で探求部に入ったん?」
「ん?ぜろに誘われた」
「いつ?」
「中間テスト終わったくらい」
「え?最近やん?」
「そうやで。他の二人もそれくらいやで。言ってなかったっけ?」
「聞いてないよ。てっきり入学直後に興味持って入ったもんやと思った」
「ちゃうよ。俺は軽音部とか、いくつかのクラブに体験入学してたくらいやで」
「それで、ぜろと何で知り合ったん?」
「中間テストで数学100点とったんよ。そしたら、自分以外で100点とったやつは誰やと探してきたんや」
「かしこいな。僕50点無かったで」
「平均点超えてるから凄いやん。確か、あれ、平均点40無かったで」
「そうやけど、満点は凄いわ」
「俺は数学だけやで。ぜろなんかほぼ全科目満点近くやったで、古典以外」
「数学だけでもそんなにできるの凄いやん。どうしてんの?」
「どうしてるって、うーん。まあ、公式が何で成り立つのか証明したり、何でその解法なのかを考えたりかな。周りの人は暗記したりしているらしいけど、俺にはそれは無理やわ」
「そうなんや。僕も解放を覚えるタイプやわ。やっぱり出来る人は考え方が違うんかな」
「どうなんやろ。ぜろはまだよく分からんけど、俺の兄ちゃんは覚えるタイプって言ってたわ」
「兄ちゃんおるの?かしこいの?」
「めっちゃかしこいで」
『めっちゃ』という言葉が変に強く響いていた。
「どれくらいかしこいん?」
「小学生のときに何かの全国模試で全国3位になったんやって。それで名門私立中学校に行ったほうがいいとなって、県内で一番賢いs中学に入ったんよ。それで、そこでもトップ争いしていて、最近受けた模試で全国順位2桁やって、k大学の医学部に行けそうらしいよ」
思った以上に賢かった。頭がパンクしそうだった。僕の周りにはそんなに賢い人はいなかったから新鮮だった。僕はそんな話を聞けて楽しい気分となった。そんな中、あさいは地球儀を落とした。ガンという音が鈍かった。互いに焦ったが、地球儀は無事だった。あさいはそれを元の場所に戻した。彼は苦笑いをした。僕も釣られて苦笑いした。互いに思っていることは同じだと思った。しかし、直後のあさいの暗い顔は僕にはわからなかった。外の曇は余計に深くなっていた。