第4話 あさい①
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翌日、探求部員としての1日目が始まった。
「かくさん、行くぞ」
「ぜろ、待ってくれよ」
『かくさん』というのは僕のことである。『角』という苗字でスミと呼ぶが、水戸黄門ぽいのがいいという彼の一存でこのニックネームとなった。
『ぜろ』とはメガネ男子のことである。『礼』という苗字でレイと呼ぶが、数字の0の言い方の変換から決まったらしい。
僕たちは昼休みに探求部の部室に向かった。場所は地学室である。なぜそこが部室になったかというと、空いていた教室のなかで便利な方だかららしい。探求部の雰囲気上、自然科学である化学・生物学・物理学・地学の教室のどこかが良かったらしい。ただ、この学校では化学部と生物学部とが存在し、科学室と生物学教室とを部室に使っていたので、この二つは使えない。物理学教室と地学教室との選択となり、クラスの教室から遠いという理由で地学教室となったらしい。事実、物理学教室はクラスがある建物から見て中庭の向かい側の建物にあるが、地学教室はそこへ向かう途中にあった。
地学教室に入ると、地球儀や地質を切り取ったものや天文雑誌が置かれていた。科学室同様に実験もできる黒い長机やガス栓もあった。そこに、ぼんやり男子が座っていた。
彼は深井という苗字で、『あさい』と言われていた。理由は聞かなかったが、深いの対義語が面白いと思ったんだろう。彼は数学の問題集を解きながら待っていた。
「お前らやっと来たんか。暇やから2問解けたたわ」
「じゃあ行くぞ」
「ぜろ、ちょっと待て、もう少しで3問目解けるから」
「あほか、待ってられるか」
「俺やって待ってたんやから、お前も待てや」
「わかった。でも暇やから、ブリッジしとくわ」
ぜろは身をかがめ床に仰向けとなり、ブリッジを始めた。なぜブリッジなのかは僕には分からない。
それを尻目に、あさいは問題を再び解き始めた。先ほども気づいていたが、彼には二つの癖があった。ひとつは、左手で右手首を抑えながら書くという点である。普通だったら、利き腕ではない方はページがめくれないように問題集を抑えたりするものである。右手がずれないように抑えているのだろうか?もう一つは、調子良くなると、歌い始める点だ。実は地学教室に入る前に歌声が聞こえてきたのである。問題が解けそうになるとテンションが上がって歌い始めるのだろう。テスト中はどうしているのだろうか?
「おい、はやくせい、頭に血が上ってきたぞ」
「知らんわ。お前が勝手にやってるだけやろ」
ごもっともである。
ぜろが震えてきたと同時に、あさいは歌を歌い始めた。あともう少しで解けそうである。シャーペンをスラスラ動かし始めた。ぜろは体をプルプル動かし始めた。あと少しの辛抱である。あさいは答え合わせをした。
「あれ?間違ってる」
ぜろはへたりこんだ。白シャツの背中部分が汚れた瞬間である。
「何間違えとんねん」
「分からん。合ってるはずなんやけどな」
「どうせ計算間違いやろ。間違い探しは後にせえ」
「わかったよ」
あさいは問題集とノートを閉じ、ぜろは足で反動をつけて立ち上がった。
「じゃあ、行くぞ」
先頭を行くぜろを追って、三人で屋上に上がった。探求部には日課がある。それは、昼休みに晴れていたら、屋上に行って黒点観測をすることである。僕がぜろやあさいに初めて会った日の昼休みに屋上で彼らがしていたことが、それである。ドームに入り、機械で天井付近を開けて、大型の望遠鏡を手動で動かす。意外とアナログな力仕事である。太陽光がレンズを通してあたっているところを見て、きちんと太陽に望遠鏡が向かっているかを確認して、機械で微調整する。太陽をレンズ越しに直接見たら目玉焼きになると注意を受けた。そしてきちんとあわせたら、専用の紙をセットして写っている黒点をシャーペンで写す。そして黒点の数、空気がどれくらい澄んでいるのか、空がどれくらい曇っているのか等も書く。あとは、後片付けをして終わりである。
「どうやった?」
「次からは一人でできそうです」
「一人はあかんわ。危ないから最低2人でやらんと」
ぜろと僕との会話にあさいが割って入ってきた。けらけらと三人で笑いながら地学室へ戻っていった。黒点観測に絶好の晴れ模様を背景に。