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第3話 探求部


メトロノームのようにいつも通り翌日も学校に来た。習慣はすごいものである。規則正しく電車に乗り、目をつぶっても迷うことなく通学路を機械的に歩いていた。ぼんやりと同じ制服と顔の群衆の中、徒労感に襲われていた。曇っている分涼しいのが唯一の救いだった。

今日の学校は静かだった。いや、いつも通りというべきだろうか。授業中は先生の話を真面目に聞く、ノートを取る、適度に睡魔と闘う。休憩時間は読書をする、考えているふりする、適度に睡魔と闘う。完璧な学校生活である。今日は予想通りの退屈な生活を送っている。

放課後、予想外のことが起こった。化学の宿題を忘れていた。人がいなくなった教室で、半分位答えを見ながら適度に間違えてノートに文字を起こしていた。日が明るいながらも少しずつ沈んでいくのが、自分の影の長さで分かった。一人の教室で自分の作品に満足して、提出のために科学準備室に向かった。

科学準備室に入ったが、誰もいなかった。隣の科学室に先生がいるのかもしれないと思い、それとなく入った。

そこには一人の女子学生がいた。セミロングでパッチリ二重、鼻も高く西洋的な美人だった。制服の上からもわかるくらいスラっとしており、まるでモデルのようだった。どことなくミステリアスな雰囲気を出しており、まるで西洋画の世界に入ったような気分だった。

「どうしました?」

彼女は眉一つ動かさずに淡々と訪ねてきた。僕はあまりの美しさに心を奪われて、返事ができなかった。

「あのー、どうしました?」

気づいたら、彼女な顔は目と鼻の先にあった。僕は驚き後ずさりした。

「あの、化学の宿題を、提出に、来たんですけど、先生がいなかったから、こっちにいるのかなー、て」

僕はどぎまぎした。言葉をろ過させながら、少し少し絞り出した。

「そうなんですか。ここで待っていたら?」

彼女は元いた場所に離れていった。振り返り際の髪の毛からいい香りが流れた。本当に美人はいい香りがするんだ。

「あのー、あなたは何をしているのですか?」

「私?用事があるの」

「用事ですか?」

「そう、用事」

彼女は口数が少なかった。人見知りなのか他に興味がないのか。僕も口数が少ないから、会話が止まった。彼女は窓から中庭を眺めていた。僕はそれをずーと見ているわけにもいかないので、適当に机の上に置いてあるプリントや実験器具を眺めていた。

「私も待っているの」

「え?」

彼女は急に話しかけてきた。沈黙を嫌ったのだろうか。

「先生をですか?」

「先生もだけど、他も」

「他……というのは」

「同じクラブの人」

僕はそこでようやく状況がわかった。彼女は化学部の部員で、化学室で顧問である化学の先生と部員が来るのを待っていたのだ。

「そうなんですか。クラブ楽しいですか?」

「楽しいと思う。あなたは?」

「僕はクラブには入ってなくて」

「そうなんですか。もしよろしかったら、うちのクラブ入ります?」

「え?」

思わぬ提案である。自分が化学部に入るなんて考えてもいなかった。それに、一度クラブ選びに失敗している身なので、慎重になってしまう。でも、理科の実験とかには少しばかり興味がある。それに、こんな美人と一緒におれるなら楽しそうだ。

「考えておきます」

「そう。楽しみだわ」

あまり楽しみそうに見えなく、無表情で淡々と彼女は楽しみにしてくれた。感情表現が苦手なようである。でも、彼女の割には感情を込めてたくさん話した方だと思う。そういう人種なのだろう。クールビューティーというものだろうか?

 突然、力強くドアが開いた。昨日のメガネ男子が姿を現した。

「すまん。遅れた。はっはっは」

“またお前か”と僕は思った。おそらくコイツも彼女と同じく化学部ということだろう。入部するとこんな変な奴と一緒になるのかと思うとともに、彼女はよく一緒におれるなとも思った。

 彼女は無表情に淡々と彼のところに歩いて行った。僕の時と同じようにミステリアスに接するのだろうと思った。

 彼女は彼の首根っこを掴んだ。

「なに遅れとんねん。何分待ったと思ってんや」

ドスのきいた声だった。あまりの急変ぶりに僕の目は丸くなった。

「これでも急いできたんやけど」

彼はかすれた声だった。

「うそつけ。ホームルームは全クラスとっくに終わっているやろ。さっき、窓から確認したわ」

「いや、ホームルームは終わっていたんやけど、図書館に本を返しに行って、今度は何を借りようかなーと」

「寄り道してるやんけ」

彼女は手を離した。彼は咳き込んでいた。僕は身震いしていた。

“女性って怖い”

さきほどのクールビューティーな彼女はどこに行ったのだろうか?知らぬ間に入れ替わり部屋から出て行っていたのなら、今すぐ教室に戻ってきてほしいものである。すると、二人の後ろから何者かが部屋に入ってきた。

 「入口で何してんねん」

昨日のぼんやり男子が注意していた。

「あんたも遅いわよ」

「違うんです。コイツが帰ろうとしてたから無理やり連れてきたんです」

右手には昨日の坊主男子がUFOキャッチャーの景品のようについていた。

「また帰ろうとしてたの?」

「たまにいいかなと思って」

「いつもでしょ」

景品を受け渡したぼんやり男子はこちらに気づいた。

「あれ?あいつは」

「先生を待っているの。提出物があるんだって」

「おー、おもろい奴あるやんけ」

「帰ろっかな」

僕は眺めていた。

「知り合いなの?」

「昨日コイツが連れてきた」

「そうやそうや、俺が連れてきた」

「帰ろっかな」

成り行きに任せることにした。

「じゃあ、もう入部しているの?」

「知らない。入部しているの?」

「知らん。入部してんのか?」

「帰ろっかな」

メガネ男子は代表して興味津々な面構えで向かってきた。

「君、うちのクラブに入ったんか?」

「いえ、どこにも入ってないです」

「じゃあ入ったらどうや。楽しぞ」

「たしかに楽しそうですね、化学部」

彼は首をひねった。

「何のことや」

「え?あなたたち化学部でしょ?」

「何言ってんねん。違うわ」

「え?じゃあ何部ですか?」

「探求部」

「え?」

「探求部や」

「探求部?」

「そうや」

「なんですか?それ」

「分からんことを探求する。それが探求部や」

「あの……説明になっていないのですけど」

「宇宙を探求したら天文学、数字を探求したら数学、化学を探求したら化学や。今の学問と言われているものも元々はただの興味を持ったものの探求やったんや。俺は化学などの特定の何かではなく、自分が興味を持ったもの探求をしたいだけや。それでこのクラブや」

僕は圧倒された。いきなり学問の生い立ちを説明してきたこともそうだが、その説明をする彼の嬉々とした威圧感にはもっと驚いた。というか、こいつはいつも嬉しそうにしているな!

「そうなんですか。探求部ですか。なんか、すごそうですね」

「そうやろ。君も入れ」

「でも、入るかは分からないです。テストの点数も悪かったし」

「なんや、勉強なら俺が教えてやるわ」

いかにも勉強できそうなメガネ男子は息巻いた。ある程度は自信があるようである。

「ちなみに、テストはどうだったんですか?」

中間テストと実力テストがあった。中間テストは授業範囲を理解したかを確認するものであり、クラス内での順位がでる。一方で実力テストは、授業範囲とか関係なく学力を測るものであり、学年全体での順位がでる。僕は中間テストでクラス40人中26位、実力テストでは学年320人中128位だった。中学校では学年一桁だった人間が落ちぶれたものである。いや、井の中の蛙だっただけである。さすが進学校、各中学校の勉強できる人を集めただけのことはある。ちなみに中間テストより実力テストのほうがいいのは、英語と国語とで中間テストの範囲である授業で学んだ文章に興味が持てなかったからである。まあ、誤差の範囲である。どっちみち学年1桁はかなり遠い。まして学年1位なんてどんなものか見当もつかない。

「おれ?学年1位やで」

“お前かい”シンプルに思った。勉強できそうだなとは思ったが、思ったより勉強できた。学年順位20とか30を想定していた。

「中間もクラス1位だったんですか?」

僕は驚きを抑えていた。

「中間は、クラス2位」

“なんでやねん”またまたシンプルに思った。人数が少ないクラス順位の方が下ってどういうことやねん。

「古典が赤点ギリギリやったわ」

彼はあっけらかんと答えた。

「どうして古典が悪かったんですか?」

「だって、古典の文章を覚えても意味ないやろ。そんなんやっても実力つかへんで。じっさい、実力の方ではほぼ満点やったし」

自分の意見と近いことに自分は誇りに思った。自分の学力と遠いことに自分は奢りを思った。

「ちなみにコイツは数学は学年2位やで」

メガネ男子はぼんやり男子を指さした。コイツも勉強できるんかいと思ったが、学年1位の後ではインパクトが弱い。

「同じくらい賢いんですね」

「学年189位や」

“僕より下かい”インパクトが強かった。というか、なぜ?

「数学以外あかんねん」

ぼんやり男子は言い慣れていた。

「コイツは教えてくれへんねん」

メガネ男子は坊主男子を捕まえていた。

「じゃあ、こちらの方は?」

僕は本性怖い女子の方に手を向けた。

「知らん」

えらいそっけなかった。

「てか、学年ちゃうし」

きいたら、彼女は2年生らしかった。1つ上である。

「俺らのことはどうでもいいから、入れよ、探求部に」

「いや、もう少し考えさせてください」

「なんぜ入れへんねんー」

「いや、そんなことをいわれても」

「はーいーれーよー」

メガネ男子は肩に手を乗せたと思ったら、グリグリ揺らしてきた。周りの人々は、それを止めようとするもの、帰ろうとするもの、鉄槌を下そうとするもの、三者三様だった。明るい日差しが透き通ったガラスを超える中、その光景ははっきり見えていた。



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