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第2話 出会い


 僕は目を覚ました。周りは見たことのない景色だった。……と思ったが、いつもと同じ景色だった。同じ景色だった?電車はトンネルを抜けるところだった。真っ暗な景色が晴れ、緑の木々が一面の山の斜面が見えた。反対側には、青い海が広がっていた。どうやら寝ているうちに、最寄りの駅を通り過ぎてしまったらしい。いつも見ない景色だった。アナウンスを聞くと、最寄りの駅から5駅ほど通りすぎたらしい。山の中を走る路線である。普段から少し離れただけで、いつもと違う景色が見えることを知った。久しぶりに心が躍り、そのことに心を奪われて、細かいことは気にしなかった。次の停車駅で乗り換えてもときた方向に戻り、僕はやれやれと帰宅した。

 翌日も学校だった。いつも通り、行くのがイヤでイヤで仕方が無かった。しかし、僕は小学1年からの日課なので、いつも通りだった。朝起きたら顔を洗うのと同じ感じた。さて、いつも通り地獄へと足を運ぼう。

 薄暗い天気の中、僕は家を出た。車二台が通るのがギリギリの道を歩いていた。あまり交通量は多くないからさほど困らないが、たまに車二台が通り過ぎ合うときはさすがに通り過ぎるのを待っていた。横断歩道を過ぎてその道を進んでいくと、徐々に狭くなった。今度は車一台が通るのがやっとで二台通るのは無理な道だった。ここでは車二台がお見合いをしてしまうことがあり、僕はそれをイライラしながら待っていた。そんな狭い道を数回に渡って右に左に曲がると、最寄りの駅についた。その最寄りの駅は小さくてボロボロの駅であった。ところどころ白いペンキは禿げかけており、紅色の屋根も黒ずんでいた。横には交番と小学校がある。おまわりさんが小学生の通学に目を光らせているなか、僕は小学生ではないよと恥ずかしくアピールしながら前を通る。駅の狭い改札口を抜けると、右手に小さなトイレを見ながら小さな坂を上るとホームである。左手に線路、右手にボロボロのねずみ色のブロック塀があいも変わらずあった。ブロック塀には誰が見るのか分からないが、宣伝のポスターが貼ってあった。どれもこれもありきたりなイベント告知ばかりであった。『○○にプリキュアが来るよ』という告知だけは記憶に残った。「プリキュアって、まだ続いていたんだ」と興味なく電車を待っていた。この駅は1時間に4本しか電車が来ないから一本遅れたら待ち時間が長くなる。もちろん、各駅停車だけで急行なんか来ない。僕は朝が苦手だから、ギリギリまで寝てギリギリの時間に登校するので、電車の乗り遅れは遅刻を意味していた。だから、いつも余裕を持って来るようにしている。1本早い電車に乗るくらい余裕を持ったほうがいいのかもしれないが、僕にはそれをする力がなかった。力なくぼんやり立っていると、電車が来た。乗ったときは人がいっぱいで立つが、3駅進むと急行に乗り換える人が出て行くので座ることが出来る。僕の高校の最寄駅もまた各駅停車しか止まらないところにあり、今止まっている駅から5駅進んだところにあるので、このままゆっくり電車に座っていくのである。電車にゆられながらうたた寝すると学生がいっぱい降りるところで目が覚めて降りたら、最寄りの駅である。そこからは、校舎までの狭い道を大量の学生とゾロゾロ歩いていた。はっきり言って、全く進まない。ピーチクパーチク喋らないでさっさと歩けと思いながら僕はノロノロ歩いていた。時たま来る車に対して波のようにうねりながら避けていく黒と白の群雄の中、ただ歩いていた。何も変わらない雲模様にため息を吐いた。

学校に着いた。門を抜けると正面には最近新築したと言われている校舎が迎えてくれた。僕が入学する前年に新しくなったらしく、昔の後者は床が抜けていたらしい。今は白鷺城のごとくきれいな白い建物に生まれ変わっていた。まあ、白鷺城を見たことは無いんだけどね。とにかく、ありがたいことに綺麗になった校舎の中に、体育館を右手に見ながら入っていった。

今日も退屈で嫌な学校生活を送るのかと辟易しながら薄暗い校舎に入った。校舎の中央には中庭があり、入ったらすぐに窓越しに中庭を見ることができる。普段気にも止めていなかったが、その日は中庭から光が差していた。その光に気を止めると、窓越しから中庭を眺める人がいた。メガネをかけている真面目そうな男子生徒だった。「この人も退屈しているんだなぁ」と思い、彼の横を通り過ぎようとした。

「あちゃちゃちゃちゃちゃ」

彼はいきなり奇声を放った。僕は思わずその方向を見たら、彼が北斗神拳のような動きをしていた。僕は呆気にとられた。

「なんだ、こいつは?」

僕は考えていた。すると、振り向いた彼と目があった。

「変なところを見られて、恥ずかしいのかな」

そう思っていると、彼はこちらに向かって「あちゃ」と言いながら、北斗神拳の秘孔をつく真似を、僕に向けてしてきた。僕はこの奇妙な人間について再び考えた。

「何しているの?」

これが出せた精一杯の声だった。実際問題、何をしているのか分からなかった。彼は窓の向こうを指さした。そして答えた。

「あそこに落ち葉が集まっているやろ。何であそこに集まっているのか気になったねん」 

僕は思考が追いつかなかった。聞きたいことと違う答えが返ってきた。たしかに中庭を見ていたことも気になったが、今は北斗神拳もどきの方が気になる。そのまま愛想笑いで去ろうかなとも思ったが、何かの気の迷いだろうか、思わず真面目に返事していた。

「風邪の流れであそこに集まっているのとちゃうん」

その返事を聞いて彼は少し思いを巡らすように、考える人のポーズをしていた。そして「なるほど、なるほど」と何かに納得したように去っていった。僕は彼に関して何一つ納得できなかった、しかし、見たこともない人だし、もう絡むこともないだろうと思った。もう一度彼が見ていた方向を見ていた。落ち葉が集まっている様子が窓越しにはっきり見えていた。日が差していた。

一限目が終わり、僕は休み時間、3階にあるクラスで自分の席に座っていた。クラスで浮いている僕に話しかけようとする変わり者はいなかった。僕も一人が好きだから困りはしなかった。小学校から慣れた生活習慣に染まっていった。すると、染物を乾かす時にどこからともなく吹く突風のように突然声がした。

「君!」

声の方向を見たら、今朝出会った男子だった。

「知ってるか?人間の体が動くのは、脳が〝動け!〟と命令しているからやで。脳が〝動くな!〟と命令したら動かんようになる。全ては脳から始まっているんやで」

いきなり来たかと思ったら、よく分からんことを言ってきた。僕は相槌を打つのが嫌な性分なので、反論した。

「それは逆かもしれないよ。体が〝動かして〟と言うから脳が動かしているのかもしれない」

その反論を聞いた彼は、例のごとくポーズをとって考えた。

「そうやな!そういう考えもあるな」

「そうやろ」

「なるほど。なるほど」

と言って、彼は満足したように教室から出て行った。僕も、今度は自分の意見が言えたことに満足して、席に座っていた。すると、クラスの中で笑いが起こった。

「今の人と友達なの?」

と珍しくクラスメートが話しかけてきた。どうやら、さっきのやりとりが奇妙奇天烈だったらしい。

「いや、ちょっとした知り合い」

僕は困惑しながら答えた。知り合いというわけではないが、知らないわけでもないから、判断に困る人だった。それに、クラスメートに話しかけられるというあまり無いことに困惑もした。さっきの人と違って、クラスメートには波風を立たない社交辞令ができた。クラスの人々はすぐに自分たちの会話に戻った。僕はそれをぼんやり眺めていた。僕の頭の中には、あの男子生徒の姿がはっきり残っていた。さすがにもう来ないだろう。

 昼休みとなり、僕はいつも通り一人で平和に弁当を食べようとした。それにしても、今日は日差しが眩しい。少し外を見たあとに弁当を開けようとしたら、目の前に誰かが立っていた。見上げると、あの男子生徒だった。

「え?」

僕は目が点となった。二限目三限目終わりに来なかったから、やっぱり来ないと意識していなかったのである。彼はメガネ越しでもはっきりわかる嬉々とした目で訴えてきた。何かを言いたいらしい。

「どうしたの?」

僕が言うのを待っていたらしく、間髪入れずに彼は言った。

「お昼ご飯分けて」

と。

「本当にそんな人が居るんだ」

それが僕の最初に思ったことである。

「アニメとかなら、見ず知らずの人にいきなり食べ物をねだる人はわかる。しかし、ここは現実やぞ。何なんだコイツは?」

そう思った。しかし、断るのも気が引けるので、分け与えることにした。白ご飯とおかずのメインであるコロッケとを半分こした。その間、彼はお礼として色々と話してくれた。

「数学者とは、海外留学が決まった瞬間に自殺するような変人がなるんやで」

「タイピングで、人差し指だけ使う自己流でめっちゃ早い人がいるらしいで」

「人生に大切なのは〝メリ・ハリ〟やで。〝メリハリ〟と違うで、〝メリ・ハリ〟やで」

変わった人だなと思った。普通の人なら、お笑い番組や音楽やスポーツの話をするはずである。そういう普通の話にカスリもしない話題を一方的に話してくるのはある意味凄いと思う。僕は〝そうなんや〟という言葉を人生で一番頻繁に言ったと思う。しかし、不思議と苦痛ではなかった。

「そうや、ついてきて」

食べ終わるやいなや、いきなり教室から連れ出された〝ありがとう〟や〝このあと予定ある?〟ではなく、この言葉である。

「拒否権も何も無いのか」

そう思いながらも、拒否せずついていった。

 校舎の屋上に出た。日が眩しかった。いつの間にか晴れていることを実感した。そこから小さな階段を上った。すると、何かドーム状のものがあった。その中についていった。そこでは、二人の男子学生が何か機械をいじっていた。その機会は白くて大きな筒状のもので、大人2人の大きさであった。白いなか、所々に黒い小さなものが付いていた。僕を連れてきたメガネ学生は二人に向かって嬉々と言った。

「おい、お前ら。面白いやつつれてきたぞ」

機械の動く音がドームの中で響いた。

「え?」

僕は思わず言葉をこぼした。訳のわからない出会い、訳のわからない再会、訳のわからない言動に付き合った結果が、面白いやつ扱いである。どう考えても、やつの方が面白いやつである。

 このメガネ男子とは対照的に、二人は黙々と作業をしていた。僕のことに興味がないように見えた。その作業にメガネ男子も加わり、黙々と作業を始めた。僕はそれを黙々と眺めていた。そして思った。

「なんだこれ」

自分が何でここにいるのか分からなかった。

「というか、連れてきたやつは話し相手になるのが普通だろ。何で自分も作業に参加しているの?」

そう思いながらも、言う勇気もなかったので黙っていた。今までの学校生活でなれたものである。しかし、退屈ではなかった。

「おい、黙ってないで君もこっちこい」

メガネ男子に言われて向かった。

「じっとしとけよ」

そういうと彼は何かしらの機械のボタンを押した。すると、ドームが音とともに閉まっていった。気にしていなかったが、先ほどまでドームは天井付近を中心に開いており、日光が入っていた。少しずつ天井が閉まり、ドームの中は暗くなった。そしてつれられるがままに外に出た。鍵を閉めていた。そのままメガネ男子は戻ろうとした。

「ちょっと待て、そいつ誰や?」

二人のうちのひとりがようやく喋った。彼は長身で坊ちゃん刈り、気が抜けてぼんやりとして鈍臭そうな顔をしていた。メガネ男子は質問に答えた。

「こいつは……誰やったっけ?」

「何で名前知らんねん」

たしかに僕は名前を名乗ってないからメガネ男子は知らないし、知らないことにぼんやり男子がつっこむのも当然である。

「君、好きな作家は誰?」

急にもうひとりが話しかけてきた。坊主頭で整った顔であり目力は強く、野球部とかにいそうな人だった。

「何を聞いてんねん」

ぼんやり男子は坊主男子にもつっこんだ。たしかにそうである。普通は名前を聞くか名乗るかをするタイミングでのこの質問である。僕はあまり本を読まないし、そんな質問を受けたことがなかったから、頭が真っ白になり答えに困窮した。だからか、無難に有名な作家の名前が出てきた。

「夏目漱石です」

「そっか。なるほど」

彼は納得したらしかった。彼もこのタイプなのかと思った。

「君も答えるのかい。もうええわ。クラス戻る」

ぼんやり男子は下に降りていった。お前も自己紹介しないのかと思った。

「どうだ、面白いやつだろ。」

メガネ男子はあいかわらず嬉々とした顔で見てきた。

「まあ、あいつはどっかに行ったけど、お前はどうする?」

「……最後までおる」

坊主頭は居残り練習するみたいな返事をしたあと、ポケットに忍ばしていたらしい本を開いた。

「こいつも面白いやろ」

「面白いかどうかはわからないけど、いい人だと思う」

「いい人かはどうでもいいねん。面白いやつやねん」

「いい人かはどうでもいいの?いい人はいい人だと思うけど」

「どうでもいいやろ。いい人ほど面白くない人もおらんやろ」

「そんなことないやろ」

「そんなことあるわ。周りに合わせてみんなと同じことをしているだけやろ、おもんない」

「それは偏見では」

「偏見や。でも、おれの経験から帰納法で導いた公式やからな。でも、今のところこの理論は破られてないねん」

「仮にその理論が正しいとしても、いい人もいるやろ。みんなが面白い人だかりなら、それはそれで同じ人ばかりで面白くないやろ」

「同じ人ばかりだと?どういうこと?」

「いい人で面白くない人ばかりだから、面白い人が目立つんやろ。じゃあ、面白い人ばかりになったら、面白い人が目立たないようになるやろ」

「たしかにそうやな」

「ということは、面白い人は多くの面白くない人(君の言う“いい人”かな?)のおかげで面白くおれるということやろ。ということは、いい人は犠牲という意味で重要な存在ということだと思うよ」

「なるほど、そういう考え方があるか」

彼は僕の意見に納得したかは分からないが、少なくとも聞いてくれた。僕は久しぶりに息が上がっていた。今まで存在が不明瞭だった心臓が元気に動くのを感じた。学校でこんなに自分の意見が言えるのは初めてかもしれない。今までは、誰も理解しないどころか、聞こうともしてくれなかった。ストレス発散できたからだろうか、はっきりと周りの光景が見えた。

二人しかいなかった。もうひとりの坊主男子は知らないうちに下に降りたらしい。

「はっはっは。直ぐに帰ってやんの。じゃあ、俺らも帰るか」

そういうと僕たちは薄暗い校舎に戻った。屋上への扉の鍵を返したあと、教室に戻っていった。そこで知ったのが、彼が隣のクラスだったということだった。彼は自分の教室に入っていった。彼の姿は教室内でもはっきりと輝いて見えた。そのあと、僕はぼんやりとした教室に戻った。

僕は先程までの光景をはっきり思い返していた。そして我に帰った。

「僕は何しにいったんだ?」


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