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第3章 閉店

ちょうど俺が大学を卒業しようとしていた時、俺が店に行くと、

マスターがとぼとぼと店を出ようとしていた。

「マスター、どこへ行くんですか!!」

マスターはなんでもなさそうな顔と声色で、

「お店を辞めることにしたんだ、ということは閉店だね。

留衣ちゃんにはちゃんとした次の仕事先は見つけてあるから大丈夫だよ」

と言った。

留衣は焦った。焦って言った。

「どうしてですか、いきなり! 嘘でしょう、マスター」

マスターは逃げるようにお店から出ていった。


マスターのいなくなった店で、俺と留衣は話し合った。

「これからどうするんだ、留衣。

いなくならないって、言っただろう?」

俺はなるべく優しい声で言おうとしたけれど、少し非難の口調が混じってしまったかもしれない。

「店長が行けって言ったところに行くよ。そうしないと、生きていけないもん」

留衣はあきらめたように言い、それから立ち上がって踊った。

「慕くんはいいなぁ♪ 好きな道を選べて、いっぱい勉強もできて……」

俺はそんな彼女を抱きしめた。


「待て、留衣! 俺もそろそろ卒業だ、留衣といっしょの道に行かせてくれ!」

留衣は静かに微笑んだ。それはいつもの彼女らしくなかった。

「駄目だよ、慕くん。もちろん慕くんのことは大好き。だいすきだけど……、

慕くんは一流企業に入りたいんでしょ?

どうせ次に私が行くところもいつ潰れるかわからないところだし、

そんなところに行っちゃだめだよ。

私は留衣。慕くんのことが大好きで、いつも慕くんのことを考えている優しい留衣なんだから……」

そしてふっと哀しみと怒りの混ざった表情になる。

「ねぇ慕くん、私は誰にも愛されていないんだ。

お父さんにも叩かれてるし、お母さんにはね……、聞いてくれる?」

「聞くから、言ってくれ」

俺はしっかりと言った。

留衣は遠い目をした。

「私の兄にね、慕っていう男の子がいるんだって。

他のお父さんのところで生んだお母さんの子ども。

私はそのことに全然実感が持てなかったんだ。

でもね、私のお母さんが死ぬときに言った言葉は

『私はあの子を見捨てた。慕、ごめんなさい』だけだったの。

私のことは全然言わなかった。

それからお父さんもどんどん怖くなって、毎日叩くし、

仕事を辞めておさけばかり飲むようになったから。

お母さんがいた頃は、大学行くって約束してたのに、大学に行くこともできなくなった……。

マスターにも、仕事を辞めさせられて、遠くに行かされるんだ……」

そして怒った目になった。

「わたしね、その慕くんって、あなただと思うんだ。雰囲気がピッタリだもん」

留衣は服を脱いだ。下着だけになる。

すると、彼女の体にはたくさんの傷跡があった。

「醜いでしょう? これは全部、お父さんに傷つけられた跡なんだ。

ねえ、こんな私でも愛し続けることができる?

私はおにいちゃんの慕くんが嫌い。愛をすべて持って行ったから。

どうせ兄弟じゃ結婚できないし」

そして、服を着て、椅子に座った。

「……それでも、俺は君のことが好きだよ。

その歴史も、思いも、全てを受け止めるから。

だから一緒に行かせてよ、行かせてください」

俺は彼女に頼み込んだ。

「私は彼氏の慕くんは大好きだよ。

だから、そのまま別れさせて。兄弟って、認めてしまう前に……」

留衣はぽつりと言った。


「あーはいはいはいはい、分かりましたよ」

突然、外から声が聞こえた。

ドアが開いた。そこにはかわいいが強気そうな女の子がいた。

「さっきの話はすっかり聞かせてもらったよ。

盗み聞きみたいいで悪いな、すまん。

あのマスターがまた無茶をしたんだってな。お気の毒に」

慕はその女の子が悪いひとじゃないのかと疑い始めていた。

「ボクのことは疑うんだね、マスターのことは疑わなかったのに。

マスターはね、善人面する悪魔だよ!

……あっ、すみません。名前を名乗るのを忘れていました。

私は日香里野(ひかりの)巫女姫。

ひかりのみこひめ……って、長いし、ふざけた名前だろ。

伯父さんがつけたんだ。

伯父さんはさ、神社を経営していて、人手が足りなくなると私を使い走りにさせる。

そのくせ、伯父さんの息子のマスター……益山烏は名前まで変えてあちらこちらでふらふらとしているのさ。

あいつの本名は日香里野八咫烏。

やたがらすってのもふざけた名前ではある。

あいつには妹がいてな、千歳っていうんだが……。

あっ、私の方が愚痴ってしまいました、すみません。

私のことは、巫女って呼んでください」

怪しくはないのかもしれないけど、不思議な女の子だ。

「これから留衣さんが行くところは、マスターが作り、潰した会社の本社です。

伯父さんが借金をこっそりそこに移して返しているのですが、それ以上の儲けはありません。

マスターは伯父さんのおかげで、なんとかやくざに殺されずに済んでいるんですよ。

留衣はなんだかほっとしたようだった。

「ほら、儲けゼロでしょ、慕君はもう行かないほうがいいよ。ていうか、もう来ないで!」

こんなことまで言ってくる。

俺はなんだか寂しいような悔しいような気持ちがしてならなかったが、

「じゃあもう会わないよ、もう帰る」と言って出ていこうとした。


すると巫女姫が「ちょおっと待ったぁ!」と叫んだ。

「留衣さん、兄としては嫌いでも、恋人としては好きだったわけでしょう?

だったら、好きも嫌いもどこかに置いといた、ビジネスライクな付き合いなら可能なはずです。

いくら駄目駄目なマスターが次にやろうとしている事業でも、

留衣さんの可愛さ、料理や商品開発の努力、慕さんの経営の知識があれば、

儲からない会社だってすぐに儲かるようになりますって!

それに、私は二人が来ないと、青少年、少女が一人きりで寂しいんですよ~↓」

それを聞いた留衣も考え初め……って、待て。


「巫女姫……。なんで俺の学部学科所属を……?」

「カフェの窓から、教科書が見えていたので……

留衣さんとマスターが心配で、ときどきのぞき見してたんです」

「だったら入ってやれよ……」

「入った時だってありましたよ!

あなたたちが二人の世界に入り込んでて気づかなかっただけです!」

こんな他愛ない会話の傍ら、留衣は考えを口に出した。

「そう、ですよね。ビジネスライクな付き合いなら可能かもしれません。

慕さん……黒川さん、これからよろしくお願いします」

だから俺も「桃花さん、よろしくお願いします」と言ったんだ。

そして、俺らの新しい人生がはじまった。


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