生活路線八高線
久しぶりに八高線を旅する。
雑多とした東京を少しはみ出たところをディーゼルカーが粛々と走っていて、
「好きな路線は?」
と問われたら、真っ先に八高線の名を挙げる。これは偽りなき真実だけれど八高線レベルの適度なローカル線は、辺鄙の地にあるザ・ローカル線!の名前を挙げるよりも通な感じがしていちいち感心されるから都合がよく、これもまたこの路線を気に入っている理由である。八高線は名前の通り八王子と高崎(正式には倉賀野までらしいがこの際どうでも良い)を結ぶ路線であるが非電化なのは途中駅の高麗川ー高崎間で、都内最後の非電化区間であった八王子ー高麗川間は1996年にとうとう架線を張られてしまった。私は学生の身であって試験が近いから勉強に忙しいのだが、ここで一息ディーゼルの煙を胸いっぱいに吸って不足しがちな鉄分を補おうと思う。
午前4時過ぎ、自宅を出発。限られた時間を最大限使おうとしているうちに始発に乗ることが当たり前となり、今やライフワークに成り下がりつつある。ノーパンに緩いズボン、Tシャツの上からジャンバーを羽織れば準備完了、出発進行。
いざ出発してみると、風が強い。コンビニエンスストアであんこの串団子と缶コーヒーを購入。¥156。
始発列車はガラガラだと思われがちだが、案外そんなことはない。朝帰りの人々で特に上りの始発は混雑する。後ろの号車に移動すれば大抵はロングシートを占拠出来るのだが、酩酊状態の彼らはその気力すら無いのか、それとも判断能力が欠落しているのかは分からないが皆中間車に集まる。まずは中央線で八王子に向かう、筈だったのだが寝過ごしてしまい高尾まで連れていかれた。シラフでこの状態なのに、酒を入れたらどうなるのか、心配になる。
高尾から折り返して5:51、八王子を出て高麗川へと向かう。八高線電化区間に投入されているこの列車はコストパフォーマンスに優れた列車らしいのだがどうも好きになれない。まず座席が硬い。暖房も効いていない。最新型列車と比べればその差は素人目にも一目瞭然である。こういう車両を投入される八高線は不憫である。優等列車も60年以上運行されていない。乗っているうちに朝焼けが見え、ふと顔を上げると、右側の空はうっすら青みを帯びているのに対し左側の空はまだ真っ暗である。列車は朝と闇の分水嶺を突っ走る。途中駅から乗り込み、私の対極に座ったオバサンは化粧を始めた。が、かなり大胆なやり方で化粧というより塗りたくるといった感じ。6:38高麗川着。
ようやくお目当てのディーゼル区間に乗ることが出来るのだが、まだ列車は入線していない。高麗川駅は電化区間と非電化区間を分ける八高線の主要駅のはずなのに見事なまでに何もない。そこで冷えた身体を温めようと階段を駆け上がったり下がったりすると狙い通りポカポカに。以前所属していた野球部のキツイトレーニングを思い出す。
6:50前後、折り返しのディーゼルカー・110系が入線してきた。赤いユニフォームに身を包んだ少年を満載している。交代する新旧の車掌同士の「これじゃ団体列車だね」といった会話も聞こえる。八高線はローカル線の体を保ちながら生活路線として機能しているのが他のローカル線と一線を画す点であると思う。沿線にはなんとも言えぬ密度で並ぶ住宅街と畑、空き地にポツンと現るソーラーパネルも生活感を演出している。座席も柔らかく、車内は全てを包括するような温かさに満ちている。この路線が観光路線として開拓されないのかが不思議なくらいである(されてほしくないが)。のどかな八高線を見られるのもそう永くはないかもしれない。
8:20倉賀野で下車。本日は大回り乗車のため高崎線で東京へ戻るにはここで下車する必要がある。帰路の高崎線尾久駅では車両センターに留置された3月から運用開始の新踊り子車両をお目にかかることが出来た。何にせよ誰も騒ぎ立てていない今のうちに八高線に乗っておくべきである。社会が騒ぎ立ててからでは遅いのだ。