雨音のなかで転がった鈴の音
「人の声が一番綺麗に聴こえるのは、雨の日の傘の中」
そんな話を前に聞いたことがある。
私は雨が好きだが、水滴が張りつめた布をバタバタと叩く中で聞く声が綺麗なわけないと思う。しかも、私は声フェチだ。自信はある。
綺麗なわけがないので、真意はどこか別のところにあるんだろう。けど、自分では確かめようもなくて忘れかけていた。
こんな他愛もない話をわずかばかり思い出したのは、やはりと言うべきか雨のせい。
いつも「みーちゃん」って呼んでる友達と帰っている途中で、降り始めた雨。今いる場所は開けた河川敷の横で、雨宿りするような場所はない。
けど私は、丁度よく折たたみ傘を通学カバンに入れていた。白い制服が冷たい雨でびしょ濡れになる前に広げて、くすんだ色の空を水色に変えてしまう。
アスファルトと土に当たって弾けた香りを、快適に楽しむ私の最終兵器。気分も静かにアガる。
勝手にアガっていたら、みーちゃんが「入れてもらって悪いから」なんて言って、傘を持ってくれた。いいのに。
けどお言葉に甘えることにした。おお友よ、今力を合わせん……って感じがするから。
そのまましばらく駄弁りながら歩いてたんだけど、ふとみーちゃんの腕に違和感を感じる。
よく見ると、宝石がたくさん付いていた。腕を伝う無数の水晶。ハッとして肩を見ると、中の肌色が小さな湖のように、制服の表面へと浮かび上がっていた。
しまった、変に気を使わせたようだ。でも、どう声をかけたらいいだろうか……。
「りーちゃん?」
声をかけられた。私が驚いてみーちゃんの顔を見る。
鼻と鼻が触れそうなほど近くにある彼女の顔が、目が、くしゃりと揺らいだ。
雨に濡れた桜のような色のくちびるが開く。
その瞬間、パッと降りしきる雑音は消えた。鈴を転がしたような、透き通った笑い声が私の耳に染み込む。
透明な音が、張った布地に反響して消える。湿った空気に溶けていく。
ハッキリしているのに、儚い声。私だけに届く笑い声。晴れやかな、雲一つないどこまでも続く青空と草原。
「人の声が一番綺麗に聴こえるのは雨の日の傘の中」
いつの間にか私の顔は熱くなっていた。もう彼女と目を合わせられない。
「友達だから」
顔を背けながら、乱された私の心を見透かしてくる、雨粒一つ先のバカにそう言う。
お前の勘違いだってことにしたくて。きっと、晴れ間の太陽くらいにハッキリ見えてしまってる感情を隠したくて。
……ありがたいことに、雨は降り続いているから、まだ離れられないようだった。