こうして、僕らは運命に出会いました
やっとプロローグが終わります。
「はぁ……はぁ!!」
少年は汗をだらだら流しながら、木を背に預けて座っていた。
「え?」
少女は、何が起きたか分からずと口をパクパクしている。
「先ほどのは……幻覚?」
少女は、呆気に囚われた。目の前にあってはならない存在がいた筈なのに、その姿がなくなっていることに。
少年は、頭を悩ませた。あの時のあってはならない存在が、今も尚、徘徊しているここから逃げなくてはならないことへ。
「幻覚……そうだよね。あんな触手で作られた狼、いるわけないよな? 投げたナイフを触手に絡ませて、飲み込む? そんな化け物。見た事も聞いたこともねえっすわ」
本当になかったことにしたかったのか、恐怖を押し殺すように、少年は高らかに笑った。
少女はそれを見て、安堵しようと無理やり思い込ませようとするも、不意に上を向けた。
快晴だったはずの空が不自然なまでに黒い雲に覆われている。
【奴ら】を知っている少女はそれだけで、顔を歪めた。
(ああ、なんてことをしたのでしょうか)
少女はまた運命(現実)を呪った。私だけなら兎も角、今度は関係のない人も巻き込んでしまった事実に、運命(現実)からは逃げられない。そして、逃げれば逃げるほど、歯車が肥大化されていき、それに伴い、被害は拡大化されていく。
(なんで……私は)
そんな少女の思いとは裏腹に、少年の方は背中の汗が尋常じゃないくらいに流れてるのを感じている。
(魔物察知にビンビンに引っかかってるんすけど……これ、包囲されてるじゃん)
魔物察知と言う技能を使いながら、少年は少女に悟られないようにこの場から逃げれる方法を模索している。
技能、それは、【職業】と呼ばれる類から得られる経験点を元に、習得できる品物。
その、魔物察知を使用しては苦笑を浮かべる。
(なんで僕、この娘を助けたんだろうなぁ)
何故、少年は少女を助けたのか、少年自身、思い浮かばなかった。
気がついたら背負っていた。少年自身、少女を助ける気は微塵もなかった。
身体がとっさに動いた奴だった。自身が使える技能と魔法がそれをするのは出来たからか、傲慢なその考えで今、ピンチに迎えていた。
身体速度を著しく上げる魔法に、反応速度を一瞬だけ上げる技能。自分だけなら、咄嗟でも逃げれた。しかし、少女を連れて行くとすると、足りなかった。
(いやいやいや、強くなるためにここにいるんだ。見捨てるなんて無いよ。それじゃ、弱いままじゃん)
少年は意を決して、少女に向いた。
少年の顔が一瞬マジになったのを悟ったのか、少女の方も少年の顔をまじまじと見つめた。
「なぁ、驚かないで聞いて欲しいけど、まだその辺にあの化け物、うろちょろいますよ」
「そんなこと把握できるのですか?」
「驚かないの?」
少女の以外名言葉に、少年は逆に聞き返してしまった。
「驚いてはいますね。あなた様が現状を冷静でいられるのに対してですけれど」
「まぁ、慣れているからね……。僕こう見えても、冒険者だから」
「冒険者、ですか?」
「そう、冒険者」
空気が震え始める。
触手たちが森の木々の間から、少年たちがいる場所へ這い寄ってくる。
「ひぅ」
少女は怯えて、少年の右腕にしがみ付いた。
(超反応は少し休まないと出来ないし、魔法の方も消費しすぎて出来ないか……。しかも、手元の武器は飲み込まれて無いと)
少年は自分の手札状況を確認して、ため息を付いた。
格好つけた代償。やはり、ヒーローにはなれないらしい。少年は軽くそう思いつつも、では、どうするか考えた。
(戦闘は苦手だなぁやっぱ。こういうときに、火力役がいれば解決しそうなんだけど)
少年はそう思いつつも、周りを囲んでいる触手の中で、最も少ない場所。穴がある箇所を探した。
「ちょっと走りますので、離して」
「は、はい」
少年がそういうと、少女は咄嗟にしがみ付いていた右腕を離した。すると、少年は逆に少女の左手を右手で掴むと、走り出した。
「ちょ、ちょっと何するんですか?」
「逃げるっすよ」
「……」
少年がそういうと、少女は左手を大きく振って解いた。
一体、何事か。少年は少女の方に振り返るも、少女は涙を流していた。
「ありがとうね。助けようとして下さいまして。でも、もう大丈夫です」
「何が大丈夫なんですか?」
「私の運命に巻き込んでしまってごめんなさい。これは、あなたには関係ないから」
「意味が分からない。それに、関係なくは無いよ。もう、巻き込まれてますよ」
「そ、それは……ごめんなさい。けど、あなただけなら逃げられるのでは無いでしょうか? あの時、一瞬で撒いたのも、あなたのお陰ですよね? あなただけなら逃げれたのではないでしょうか?」
「まぁ、そうですけど……」
「ほら、やっぱり」
「けど、僕はこんな現実認めたくは無いよ」
「どうして、そこまで私を助けようとするのですか?」
「そうだね……意味なんて無いよ。けど、それがどうしたの?」
本当は自分のためだ。それは、少年自身も気づいている。しかし、そこに利益なんて無いし、少女からしてみれば理由らしきものは見当たらない。そういう意味では、嘘は言っては無いだろう。と、少年はそう整理した。
「お人よしなんですね。あなたは」
少女はジド目しながらもため息を吐いた。
「まあね。じゃ、後ろに居てもらっても良い? もう逃げられないから」
少年はそういうも最も触手から近い方角へ身体を移動させた。
(大丈夫大丈夫。無理をすれば超反応は使えるし、限界突破を使えばアクセルも使える……うん。覚悟決める)
少年はごくんと喉を鳴らした。
迫り来る触手。それは木々の間から徐々に姿を現しては少年と少女に狙いを定め始める。
少女は眼を瞑り、少年は眼を開けて、時が来るのを待つ。
こういうのは、相手がやったと思ったときに、逃げるのが一番効果的だと少年は判断してるからだ。
しかし、少年が覚悟を決めることは無かった。
空気中に透明なバリアが少年と少女を中心に円形の状態で張られたからだ。
「悪霊退散! 不 死 鳥!」
続いて聞こえる声に少年と少女は呆気に囚われた。
その声の主が女性だからとか、どうしてここに来てしまったのか、そういうのではなかった。
炎が、ただひたすら凄い量の炎がバリアを包んでいた。
数分間、その炎が続いていたら徐々に、炎が晴れていく。
黒く曇っていた空が晴れて、太陽がこちらを照らしていた。
炎の影響か、森であったこの場所が更地と化していた。
そんな更地の真ん中には、日差しをバックに優雅に立ち尽くす耳長の女性がいた。
日の眩しさからか、具体的な服装の色は分からないが、ボロボロのマフラーと手袋が際立っており、そこからは歴戦の冒険者の風格が出ていた。
少年と少女はその姿に涙を流した。無論、助かって安堵したのもあるが……。
少年は見た、かつての現実の力を、みんなに頼られるヒーローって奴の背中。
少女は見た、かつての運命を否定する力、理不尽に行使する【理を無視した事象】を真っ向から打ち倒した現象。
「えーとあなた達、大丈夫かしら?」
女性がこちらに向き直る。
「お願いします。僕を弟子に取ってください!」
「私もお願いします。弟子にしてください」
少年と少女は一緒に、弟子に志願した。
少年は思った。この人についていけばきっと、強くなれると、先ほどの、桁違いな魔法を見て、遥かな高みに居る女性から教えを請えば、きっと強くなれると。
「そう、あなた達の覚悟は分かったわ。着いて来なさい」
少年と少女はごくんと喉を鳴らしながらうなずいた。
歩いてく。
頼もしい背中を前に少年と少女はこれから先に希望を見出していた。
見出していた……。
「宿屋の道は険しいわ!」
「え?」
とある町の中。何処にでもあるような宿屋の目の前で、右手に握りこぶしを作り、豊富な胸に右手を沈ませては、緊迫とした表情で迫る宿屋の店主。
少年と少女はぽかんと口を開いて困惑した。
「あ、それとあなた。何か変なものに取り憑かれてたから、解除しておいたわ」
「え?」
女性の言葉に、少女だけ同じようにぽかんとした。
次から、宿屋の日常を描写しようと思います