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流民に転生した私の物語  作者: 夜山 楓
流民に転生したので、平民を目指す
1/8

人生の選択

 私が生まれたのは、流民だった。名前はまだない。

 何時(いつ)から記憶があったかどうかは定かではなく、幼い頃の思い出も、あるような、ないような。

 朧気(おぼろげ)に覚えているのは驚いたこと。



 つぎはぎだらけの幌馬車(ほろばしゃ)に、荷物もろとも積みこまれる女、子供。時に、幌馬車で寝起きすることもあったか。

 寝起きは敷物の周りにテントを張ったもの。お産もこの中だ。悪い時は産湯がなく、ただ拭かれるだけ。



 町に入ることは許されない。門を通る通行税が納められないからだ。


 幾人かの男と、馬車に乗った綺麗な男と女、(まれ)に幼い子供が中へ行き、私達子供や多数の男が門前で野晒(のざら)しのまま数日を過ごす。

 門前で過ごせるならば良いが、衛兵に追い払われることもあった。

 戻ってきた者は少人数が傷を負い、ほとんどの者が言葉少なく、大人の一人や二人は戻って来なかった。幼い子供が戻ってきたことは一度もなかった。



 話は変わるが、この世界には魔物がいる。

 綺麗な男以外は戦闘訓練を受けているらしく弓や剣を手に取り、勇ましくも馬と共に戦うのだ。

 ……いや、思えば訓練を受けているのではない。私とそう変わらぬ年端もいかない少年達も飛び出すのだ。中には泣き出す子供もいる。

 きっと、大人の男達は、子供の頃から生き抜けた猛者しかいないのだろう。……子供のいくらかは、命を落とすのだろう。



 さて、こうしてつらつらと回想を重ねた私は、人生の岐路(きろ)に立っている。

 戦う者になるか、売る者になるか、奴隷として生きるかを、次の町へ着くまでに選択したければいけないのだ。


 前世を覚えている私にとって、売る者になることも、奴隷として生きるのも耐え難いだろう。

 やるべき事をやれば好き勝手に自由を満喫(まんきつ)できたのだ。

 かといって、戦う者になれるのか? なれるようにも思わない。


 物語だと『ご都合主義』が起こって、本当の父親や祖父母が迎えに来れば良いのに。などというのは甘い考えなのだろう。



 お(ばば)様に尋ねてみる。

「お婆様、奴隷ではなく町に住むにはどうしたら良いでしょう」

 生涯に十六人の子供を産み、枯れ木のような身体になったお婆様は一族繁栄の象徴として丁重に扱われる存在で、私は読み書きや薬の作り方を習っている。

 とはいえ、こんなところで『ご都合主義』が出現して、どこで商隊や傭兵団に会っても日本語を話してるし、日本語を書いてるんだけどね。

 ご都合主義は身分とか住所とかにして欲しかったなぁ。


 戻って来なかった母親達の代わりに子供を育ててくれるお婆様は今も幼児のお婆さんで、お母さんで、先生だ。

「金を払って門の中に入って、高い金を払って国民になるのさ。世の中は金で回っているんだよ」

「そう……ですよね」

 分かりきってはいたが、そういうものだ。世の中は金で回っている。


 前世であっても生まれた場所・身分から逃れる術は、下流に行けば行くほど労力が必要だ。

 身分や階級によって人は信用を得るものだから。

 そして信用というものは、すぐに無くなるものであり、すぐには手に入らないものである。



 お婆様のかさついた手が、私の頭を()でる。

「もう一つあるよ」

 見上げると、お婆様は穏やかに微笑んでいた。

「戦う者になって、己の腕を研きなさい。相当な努力が必要だけどね、あるにはあるんだ。権力者の目に止まれば、ここから引き上げてもらえる。一度だけね。そういうことがあったんだよ」

「戦う者」

「本っ当に、途方もない道のりだよ。そして、滅多に権力者に会う事がない私達には縁がなければ一生ここにいるのさ」

 お婆様は手を止めて両頬(りょうほほ)に手をやり、私と視線をしっかり合わせる。

「一生こない可能性を求めて、努力することはできるかい? 途中で死ぬことが多い道のりを、諦めずに進めるか?」

 じっと私を見つめるお婆様は一呼吸おいて語り始める。

「売る者は辛い道だ。だけど、楽な道だ。客に身を任せればいい。お前の髪は美しい黒髪だ。その瞳は温かな琥珀(こはく)色だ。……お前の気性(きしょう)は穏やかで、人を良く見ている。人気者になれるだろう。もしかしたら、下町に引き取られ、さらに上へ行くこともあるかもしれない」


「よく考えなさい。一生のことだから」


 私は一つ頷き、お婆様の(もと)を離れた。



 戦う者を探しに行く。

 彼らは忙しく動き回る。

 売る者の美容を守るために身の回りの世話をして、子供の相手をして、家畜の世話をして、己の腕を研く。

 時には薬草を()みに行き、魔物を狩りに行き、食料を取りに行き、水を()みに行く。

「なんだ」

 戦う者である男はしゃがみこんで、縄を()んでいた。

「手伝いに来た」

「そうか。……まだ遊んでいていいんだぞ」

「やることを知らなければ、判断できない」

「お前は変わっているな」

「ご褒美(ほうび)に、鍛練する時は教えて欲しい」

「……お前は変わっているな」

 黙々と、二人で縄を編み続けた。

 ……確かに、遊んでいる他の者と違い、ちょくちょくお手伝いをする私は変わり者に思われて当然なのだろう。

 だけど、忙しく働いたり働いたりしている(かたわ)らで遊び呆けるのは心苦しいのだ、仕方ない。



 翌日も翌々日も、男について手伝った。

 男達の朝は早かった。翌日には早起きしたものの働き始めていて、翌々日は更に早く起きて家事を手伝った。

 子供の体力では手伝うだけで精一杯であり、隊列を離れていく狩りや薬草摘みに着いて行くことも、鍛練に参加することもできなかった。

 私が新たにやらせてもらえたのは、馭者(ぎょしゃ)や乗馬などの隊列の周りでできることだった。

 前世に旅先などで乗馬したことはあったので、すぐに勘は取り戻せた。……全速で走らせたのは初めてだったけどね。

 もし、近所のホースパークで会員になっていたら、馭者も全速も楽々行けたのかもしれない。


 そして今日(こんにち)、鍛練に着いてこられた。

「貸してやる」

 差し出されたのは小ぶりのナイフと皮の張られていない不恰好な盾だ。

「その辺でやっていろ」

 え?

 男達はさっさか離れて行き、鍛練を始めた。

 ナイフの構えかたすら教えてもらえず、見て覚えろと? 想定以上に厳しいな。

 男達を見よう見まねで模倣(もほう)し、ナイフを振るう。

 男達が持つのは刃物ではなく木の棒だ。当たってもなるべく打撲で済むようにだろう。

 骨が折れたりして動けなくなると、困るのは男達だからね。

「あ、れ?」

 ふと、気づいてしまった。

 棒の持ち方はバラバラで、動かし方も個人個人に差がある。

 ……この一族では戦い方に『型』というものはないようだ。

 確か、軍隊だと同じ行動を取れれば隊での力量が底上げされるとかいう説をどこかで見た気が……あれ? 指揮がとりやすいから力量が上がるんだっけ?

 戦記ものは考察せずに読んでいたからよく覚えてない。



 とにもかくにも、今はナイフの練習だ。ナイフ使いなんてどっかで読んだことあったっけ?

 金髪少女……はドット画だし、盗賊娘、は……あれ? 間一髪で敵の攻撃を受け止める時しか使ってなかったような気がする。あ、密偵王子がいた!

 思い出せ、密偵王子は敵の僧侶を仕留めるときにどう……駄目だ。彼はナイフ使いでも戦闘訓練を受けた熟練者だった。

 ナイフ……ナイフ……ナイフなんて刺したり投げたりする描写しか思い浮かばない!

 ああっ! こんなことになるなら、ガチ戦闘物のマンガや映画を見るべきだった!

 いやそうか、刑事物のドラマで犯人の回想があったな!



 ナイフを抜く。ーー抜、抜く、抜、抜けた!

 右手でグリップを握りしめ、脇をしめて、左手で右腕を固定して、そこに被害者がいるように狙い定めて、走る!

 やった。やったはいいけど途方に暮れた。どうしよう。

 超至近距離で魔物を刺し殺すとか、無理だよね?

 ……。うん。とりあえず、すんなり抜けるよう練習するかな!



 町を離れて五日目、売る者達が活動を始めた。

 基本的に彼らは美容に気を使い、己を(みが)くのに一生懸命だ。

 彼らは美しさによって対価を得ているのだから当然ともいえる。

 代わる代わるにマッサージを施しあったり、似合う髪型を相談しあったり、独自の美容方法を話あったりだ。

 狩る者の仕事の合間には売る者の雑談やマッサージに参加して、売る者のことを知っていく。

 ーー最も、売ることに抵抗があるが。


 岐路に立つ私に彼らは鮮やかに笑って、マッサージをして、髪を(けず)り、美しい衣装を着せ、化粧を施す。

「いいわね! きっと大きくなったら美しい娘になるでしょう」

「ねぇ、貴方は売る者になるべきよ。人気者になれるわ!」

 きゃあきゃあとはしゃぐ彼女達から離れ、急いで衣装を脱ぐと貫頭着に着替えると狩る者の仕事場に向かう。

 あの色香に惑わされて、うっかり売る者になると答えそうだったからだ。

 恐ろしいものである。



 町に着いてしまった。今夜は門から少し離れた場所で過ごす。

 長老とお婆様の許へ、同じ年頃の子供達は集まった。

 狩る者と売る者の代表がそれぞれ選んだ者はこちらに来るよう呼びかけ、長老は奴隷を選ぶ者はその場に残るよう言った。


 この数日、魔物と相対できるのか、売る者になった方が良いのではないか、と考えていたが、私はやはり狩る者を選ぶ。

 お婆様を見れば、じっとこちらを見ていた。

 大半の少年が狩る者へ、少女が売る者を選ぶ中、少しばかりの者が奴隷を選んだのだろう。その場を動かない。

 私は狩る者の許へ向かう。

「女なのにいいのか?」

「決めたんだ」

 少年が尋ねる。私はコクリと頷き、応えた。


 しばらく、誰も動かない。

「それでは、名前を贈ろう」

 狩る者は長老に、売る者はお婆様に名前を授かる。

「お前の名は サシャ 。男であり、女であるサシャだ」

「サシャ……。はい。命名、ありがとうございます」


 静かな夜更け、私は狩る者サシャとなった。

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