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第1章 その7

圧倒的なパワーを見せつけて、ニー・ストライクのライヴが終わった。まるで大波が引くようにフロアから人が散っていく。

「いやあ、良かったー!いいもん観た!」

上機嫌でナミがアタシのところへ戻ってきた。ライヴの間、彼女は最前列の一番端っこでノリノリになって踊り続けていた。

「ね、カッコ良かったでしょ?」

「ああ、うん。ホントに。」

アタシは生返事。まあ、確かに良かったけどさ。

それより早く、また彼のDJが聴きたい。

転換のDJは始まっている。でも、どうも響いてこないな。

DJブースを見てみると、そこにはさっきの彼とは違うDJが陣取っていた。

ダムドのキャプテン・センシブルが中年太りになったみたいな男だ。この人は知ってる。悪いけど大したDJじゃない。

アタシはガッカリした。確か次がトリのバンドのはず。後はクローズ(ライヴ終わりのDJ)だけだし…。

もう、彼のプレイは聴けないのかなあ。

と、目の前をポリス・キャップが通り過ぎた。彼だ!

反射的に後を追おうとして、勢いでナミにぶつかっちゃった。

「ちょっと、サニィ。」

「ごめん、すぐ戻るから。」

彼は外に出て行った。アタシもそれに続く。防音ドアを開けて、すぐ先の出入り口に向かおうとすると、受付のスタッフに呼び止められた。

「再入場するならスタンプ押しますよ。」

あー、もう!アタシはイライラしながら手の甲にミッションのネームスタンプを押してもらった(再入場可能なライヴハウスは手にスタンプを押して新規の客と区別をすることが多い)。彼を見失ったらどうしてくれるの!

若いスタッフは、そんなアタシの素振りに気づくこともなく。

アタシは肩でぶつかるように重い金属ドアを押し開けた。


外には大勢のパンクスが新鮮な空気を求めてたむろしていた。すぐ近くにある酒量販店にも大勢が流れていく。

歩道をふさぐパンクスの間を一般人が小さくなって通りすぎる。邪魔なのは明らかにパンクスだけど、誰も悪びれない。ここは一種の治外法権。その代わり、よくオマワリが注意をしに来るけどね。

アタシはキョロキョロとあのDJの姿を探した。

いた!

彼はミッションから少し離れたガードレールに腰かけて、タバコを吸っていた。

明るい街灯の下で、アタシは初めて彼の姿をちゃんと見た。

少年みたいに見えた顔は、若くも見えるし年を重ねたようにも見える。眉が太くて目力が強くて、アゴが細くて精悍な顔つき。口は真一文字に結ばれている。

Tシャツはやっぱりデストロイだった。そして色が白い。

誰とも話さないで、遠くを見つめながらタバコをふかしている。

アタシは入口の前に立ち尽くして、彼の姿を見ていた。

話したい。

でも、なんて声をかければいいんだろう。

いつものアタシならこの場合「ナイスDJでした」とか何とか言うんだろうけど。何となく、そんな簡単な言葉で済ましちゃいけないような気がした

言葉にできない思いを言葉にするのって、なんて難しい。

アタシはうぶな女子生徒みたいに突っ立っていた。


とにかく彼の前に行ってみよう。

覚悟を決めて一歩を踏み出した時、ミッションの隣にあるコインランドリーの辺りで誰かが大きい声を出した。

と、DJはガードレールから飛び降り、そっちに向かって駆け出した。

何が起きたのか、すぐには分からなかった。

アタシのところから見えるのは、もつれ合う二つの人影。一つは大きく、もう一つは小さい。周りに人が集まってきた。

DJは誰よりも早くその場に走り寄って、大きい方の人物を掴んで小さい方から引き離した。

両方とも男のパンクス。小さい方(金髪のリーゼントをした小男)は鼻から血を流している。喧嘩みたい。

DJが押さえているのは、彼よりもふた回りくらい背が高くオールバックに口髭の男だった。DJは口髭の後ろから首を抱えて引き離すと、前に回って何か話しかけている。

口髭は怒り狂いながら「邪魔をするな」というようなことをDJに怒鳴った。黒いシャツの袖をまくり上げ、太い二の腕に和彫りの刺青が覗いている。まるで大人と子供みたいだけど、DJは落ち着いた態度で穏やかに言葉を続けていた。

やや遅れて集まってきたパンクスたちによって、アッという間に当事者の二人は遠く引き離された。互いに身体を押さえられながら、相手をののしっている。

DJが口髭の胸に手を当てて押さえたまま、金髪に向かって何かを言った。そのままDJは二人に対し交互に話しかけ、そのうち金髪に向かって手招きをした。

何人かに押さえられながら、二人は近くまで歩み寄った。

DJが仲裁するような形で、二人は話し合いをしていた。ピリピリしていたけど、さっきみたいな雰囲気じゃなかった。

どれくらい経ったんだろう。二人が再び別れた。握手とかはしなかったけど、その場の空気が緩むのが感じられた。

「手打ちでーす!」

誰かが大声で言った。喧嘩は終わった。

口髭は仲間と酒屋の方に向かった。金髪は鼻をぬぐっている。周りは再びザワザワし始めた。

DJは真剣な顔をしたまま、その場を動かなかった。

アタシもその場を動けなかった。

パンクス同士の喧嘩。ときどきこういう場面があるとは知っていたけど。初めて見た暴力に恐怖と威圧感、無力さを感じ、ショックを受けていた。

そして、何よりもアタシは彼から、DJから目が離せなかった。

彼の行動を、真っすぐな気持ちを、ひたむきな横顔をずっとずっと見続けていた。

心臓がドキドキいっていた。アタシは最初、それを喧嘩のせいだと思っていた。

でも、そうじゃなかった。

DJとして、男として、人として。

彼は、アタシの心を撃ち抜いた。


後ろ髪を引かれながらナミの元に戻った後、その夜はクローズまで再び彼のDJを聴くことはなく、もう彼に会うこともなかった。どこへ行っちゃったのかな。

アタシは彼に話しかけることもできなかった。


「さっ、大将行こ。」

ナミに引っ張られるように、アタシたちはミッションを後にした。今夜のアタシはもうただの抜け殻だった。

かろうじて残っていた理性。帰り際、ミッションの出入り口でアタシは今日の出演者がプリントされた張り紙をチェックした。

ビールがこぼされて印刷は滲んでしまっていたけど、DJの名前は読み取ることができた。

【DJ:レイン】と。


それがアタシ、サニィとレインの出会いだった。


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