第6章 その8
金曜日。
アタシはまたも、やらかしてしまった!
レインは「来なくていいよ」と言ったけど、そんなわけに行かないって。見送りに備え、今日も有休を使っていた。
お化粧も洋服選びも万全。手土産も抜かりない。
時間にも余裕を持って出てきた。
なのに!
どうしてどうして、空港の国内線と国際線のターミナルを間違えちゃったの、ばかばか!
「快速だし何となく速そう」という理由で、モノレールを避けて慣れない電車に乗ったのがミスの始まり。降りてターミナルに上がってみるまで、全く気づかなかった。
ここ、どこ?
日本的なデザインのショッピングエリアを目の前にして、アタシは途方に暮れた。
ここから歩いて国内線ターミナルまで行けるのか?絶望的に地理の苦手なアタシには、とても無理な芸当だ。
仕方なく、アタシは駅に引き返した。
こういう時に限って、次の電車がなかなか来ないし!
ああもう、何でいつもこうなっちゃうの?
のんびりと到着した赤い空港快速(快速のくせに!)を、アタシは恨めしげな眼で睨みつけた。
やっとの思いで到着した、国内線ターミナルのホームを全速力で駆け抜ける。周りに人が少なくて良かった!まだ平日の昼過ぎだ。
今日は薄いグレーのラモーンズTシャツに蛍光グリーンのネオンスカート。パンプスが走りにくいことこの上ない!いつものフープ・ピアスが耳元でうるさく跳ね回る。髪の毛も乱れまくってるし。
息を切らせながら階段を駆け上がり、もどかしく改札を抜けた。確かレインは「北ウイング」って言ってた。こっちで間違いないはずだけど。
広々とした出発ロビーに出たアタシは、キョロキョロとレインを探しながら人の波をかき分け進んだ。心なしか周りの歩くスピードが空港の外よりもワンテンポ遅い。焦ってるのはアタシだけ?
レインは見つからない。ちょっと心配になってきた。出発の時間、間違えてないよね。
ロビーの中ほどまで来てもレインはいなかった。これ以上進むと南ウイングだ、こっちじゃないはず。
アタシは不安になりながら引き返し始めた。
「サニィ。」
どんな人混みの中でも一発で聴き分けられるハスキーな声。
ううん、声質だけの理由じゃない。
レインはアタシが最初に到着した場所にほど近い、時計台がある待ち合いソファーに腰かけていた。
あっ、彼もラモーンズTシャツ!黒だけど。下はデニムにスニーカー。
「お揃いだね」って言いたかったけど、アタシは安堵感と息切れですぐには話せなかった。中腰の状態でレインが近づいてくるのを見ながら呼吸を整える。
「サニィ、大丈夫?」
「ちょっと待って…。」
またこんな格好悪い姿を見られちゃった。待ち合わせの時はいつもそう!ホント、イヤになるなあ。
「…いつから、そこにいたの?」
「さっきからずっといたよ。」
「ホントに?全然分かんなかったよ。」
「俺も気づくのが遅くてさ。追いかけようかと思ったけど、その前に引き返してきたから。」
アタシたちはレインが座っていたソファーまで戻った。彼は既に手荷物を預けたみたいで、あとはトートバッグ一つ。
「電話でも言ったけど、この前はごめん。」
「前に“ごめん”って言わない約束したでしょ。」
「そうだった。でも、迷惑かけたね。」
「そんなことないよ。」
ホントに、そんなことない。
タクシーの中で、アタシのひざ枕で寝ていたレイン。
降りてからもマトモに歩けなくて、アタシは半ば引きずって歩かされ、ヘトヘトになったけど。
彼はずっと幸せそうに微笑んでいた。
その笑みを見ながら、二人だけの時間を過ごせただけで満足。借りは十分返してもらった。
「サニィ、改めてありがとう。おかげで最高の思い出になった。楽しすぎて、ついあんなことになって。」
「ふふ、良かった。アタシも主催した甲斐があったよ。」
「これで思い残すことなく卒業できるよ。」
「それさ、“卒業”とか言わないでよ、札幌にもライヴハウスはあるじゃん。カウンターアクションとか熱いって聞いてるよ。向こうでもDJをがんばって…。」
「いや。」
レインは静かにアタシの言葉を遮った。
「サニィ。ミッションの日で、俺はDJを卒業したんだ。」
空港にはBGMがない。時おり流れるインフォメーションとザワザワした空気、それだけ。
いま曲を回すとしたら、何を使うだろう。定番の卒業ソング?いや、アタシならレイナード・スキナードの“フリー・バード”だと思う。
彼の言葉に、アタシは何も言えなかった。
驚きはしない。何となく、そんな気がしてた。
あれだけ「クラブでは回さない」と誓っていたレインが守田屋で率先してブースに入り、パンク以外の曲も回したこと。やっと、その意味を理解した。
あの時、もう彼は「高円寺のライヴDJ」を卒業していた。あくまで「元DJ」としてブースに立った。だから、もう自分を縛る必要がなかった。
レインはDJを卒業することで、自分の過去を清算したんだ。




