第5章 その16
2回、3回と続くアンコールの中、アタシは何とかDJブースに舞い戻ってクローズの選曲をした。ライヴが楽しすぎて、危うく最後のセットをすっぽかすところだった。
ライヴDJの数少ない欠点は、選曲が気になってライヴを最後まで楽しめないってこと。
それ以外は最高!最高!
ようやく、ゴンさんが「キリが無いからこれで終わり!みんな今日はありがとな!」と叫び、終わりを惜しむ声と大きな拍手でライヴは幕を閉じた。
アタシは拍手の切れ間を注意深く探って、いいタイミングでクローズの曲を回し始めた。
“さらば夏よ 辛い恋よ…”
チョイスしたのは、永ちゃんの“ひき潮”。エンディングっぽい選曲だし、季節柄でもあるけど。
この前レインが回していた「親友」へのアンサーの意味を込めて。共に別れの歌で、レインと終わるわけじゃないけど…何となく、キャロルの「夏の終わり」よりこっちを使いたかったんだ。気分の問題かな?
フロアから汗まみれになった客が次々と吐き出されていく。
多くの人が、ドアをくぐる前にアタシに声をかけてくれた。
「ナイスDJ!」
「いい選曲だったよ!」
「次もまた演ろうね!」
そんな言葉の数々が、とっくに限界を超えたアタシの身体に心地良く沁みわたっていく。
整えてあった髪はぼさぼさ。化粧は落ちて元のタレ目に戻っちゃって、肩は痛いし足はつりっ放しだし、身体中が鉛みたいだけど。
こんなに幸せな夜は、なかった。
レインはまだ自分のレコードバッグを片づけなかった。今日ずっと共に過ごしてきたDJブースで、アタシの選曲に身を揺らしながら最後の時間を共有していた。
ゴンさんがブースへやって来た。ショージさんとベーシストも一緒だ。
「レイン、サニィちゃん、お疲れさま。ホント、ありがとな。」
「ゴンちゃん、今日は誘ってくれてありがとう。最高のイヴェントだったよ。」
「ありがとうございました、楽しかったです!」
やっぱり、気の利いたことは言えないな。カリスマにはなれないか。
ゴンさんはそんなアタシにニッと笑いかけた。
「最高だね。俺、永ちゃんキ○ガイなんだよ。」
「えっ、そうなんですか?」
「まあ、矢沢は俺にとって一種の神様みたいなもんだから。」
そんなタイミングで申し訳ないけど、次の曲に行かなきゃ。
松下のおばちゃんもブースにやって来た。半日にも及ぶ過酷なライヴだったのに、最初に会った時と同じく元気そう。
「今日は面白かったわねえ!出る人出る人、派手なのばっかりで目移りしちゃったわよ!」
おばちゃんの屈託ない言葉にその場が和む。大事なイヴェントを終えて、みんなが心からリラックスしていた。
「ちょっと。アンタたちの写真、撮らせて。」
そう言うと松下のおばちゃんはカメラを構えた。そんな…嬉しいけど。こんな疲れてる顔で?
と、DJブースに並ぶアタシとレインの隣にショージさんが割り込んできた。
「俺も入れろー!」
…うーん。ま、仕方ないか…主催者だし。
そう思って自分を納得させながら、アタシは次の曲を入れ替えた。
レッド・ホッツの“スウィート・リメンバー”。ずいぶん前に解散しちゃったガールズ・ロカビリーバンドだけど、そのはかなくも熱く美しいステージングは今でもアタシの記憶に焼きついている。
“いつか貴方を こんなにも愛しく 思い出せなくなる日が来るの それが何より悲しくて…”
この日を思い出すために。二人の写真、欲しかったな。
「ショージ、どきなさい。」
松下のおばちゃんは手を振ってシッシというポーズをした。
「えー、何でだよー!」
「いいから、早くどきなさい。みんなの写真なら後で撮ってあげるから。」
ゴンさんにも襟首を掴まれ、ショージさんは渋々ブースから出た。アタシとレインは疲れた顔を隠すために口をへの字に曲げて、指を立てポーズを決めた。パンクっぽくね。
松下のおばちゃんはカメラを下げた。そして今度は、手を横に振って詰めろという仕草をした。
「アンタたち、もっと近づきなさい。ピッタリ寄って。」
そんな…いいのかな。
アタシは遠慮がちにレインの方へ近づいた。それでも松下のおばちゃんは「もっと寄れ」と手を動かし続けた。
右肩を優しく掴まれた。レインはアタシの肩に手を回し、アタシは彼に抱き寄せられた。弾みでアタシは彼の胸に頭を軽くぶつけた。そのまま力を抜き、レインに身体を預ける。
松下のおばちゃんはようやく「それでいい」という顔をしてカメラを構えた。
もうポーズはいらない。キメ顔もいらない。
アタシとレインは、自然な二人で一枚の写真に納まった。




