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第5章 その11

レインは1時間と言ったけど、アタシは40分ちょっとくらいで店を後にした。次の選曲も考えなきゃならないし、レインにもみんなにも悪いもん。

休憩のおかげで気力・体力もだいぶ戻ってきた。ネガティブな思考はどこかへ行っちゃった。

汗に濡れた革ジャンを着るのだけが苦痛だ。レインは「もう着なくてもいいよ」って言ってくれたけど、でもこれはアタシの決意表明、女の意地。あのヴォ―カルさんだって革ジャン着てたしね。アタシも負けないぞ!

高架下をくぐって戻り路を急いだ。ミッションの前には珍しく誰もいない。アタシも早く行かないと。

ミッションの隣にあるコインランドリーの前を通る時、いつもと違う何かを感じて…アタシは横目にそれを見た。

ランドリーの中で、長い髪を後ろで束ねた骨太で色の黒い男が、痩せて背の高いスパイクヘアの男の胸ぐらを掴み壁に押しつけている。

やだ、喧嘩だ。どうしよう。

見ているのはアタシだけだ。他に人はいない。

素早く辺りを見渡したけど、オマワリが来る気配はなかった。

騒ぎが起こったらイヴェントが飛ぶ可能性もある。この辺は人通りが少ないけどゼロじゃない。現に今も、環七の向こうには信号待ちをしている人が見える。

喧嘩中のパンクス二人は、顔を近づけお互いに何かを言い合っていた。さっきよりもエキサイトしている。

止めた方がいいかな。

アタシは恐くなった。二人ともアタシよりはるかに身体が大きいし、力も強そうだ。アタシは女。止められるわけない。

とりあえず、誰か呼んでこようかな。

それとも知らん顔しちゃおうかな。

どっちつかずでミッションの方へ歩き始めた。環七からこっちに歩行者が歩いてきている。見つかったら通報されるかも。

ミッションのドアの横にある窓ガラス。タバコのヤニですっかり汚れて中がほとんど見えないガラス越しに、ライダース・ジャケットの小柄な背中がボンヤリと見えた。

レイン。

あの日、身体を張って喧嘩を止めた彼の姿は、今でも鮮明に覚えている。

アタシは誓った。レインに対して、いつも誠実なアタシでいるって。彼が誇れるようなアタシでいるって。

逃げちゃダメだ。

アタシは駆け出した。コインランドリーにとって返し、もどかしく自動ドアを開ける。

パンクス二人が物音に気づくより早く、アタシは二人の間に割って入った。ありったけの力を込めて二人の身体を押し、お互いを引き離そうとする。全力を出したけど、男たちの身体はほとんど動かなかった。

「邪魔、すんなボケッ!」

長髪の方がアタシに怒鳴った。関西弁かな?恐い、泣きそう。

でも、ここで引くわけにはいかない。

「止めなよ!」

アタシの声に二人の力がちょっとだけ緩んだのが分かった。まさか止めに入ったのが女だとは思わなかったみたい。

「どけコラッ!」

スパイクの方もアタシに言ったけど、さっきの長髪みたいな強い声じゃなかった。女相手に戸惑ってる。

アタシは穏やかに切り込んだ。あの日のレインみたいに。

「今日、大事なイヴェントでしょ。こんな形で潰しちゃっていいの?外から丸見えだし、すぐオマワリ来るよ。」

「関係ないんじゃ!コイツがよ!」

「なに、この野郎!」

「何が理由か知らないけどさ。呼んでくれたゴンさんの顔に泥を塗るようなマネ、しちゃダメだよ。喧嘩なんか後で好きなだけできるでしょ。今はライヴ中だよ、ライヴに集中しないと。」

二人は迷っていた。女の子に仲裁されて道理を説かれて、そりゃ喧嘩する気も失せるだろうな。あと少しだ。

「ね、ここはアタシに免じて。女が身体張って喧嘩を止めてんだよ。ここで引かなきゃ、男じゃないよ。」

余計なひと言だったかな。

心臓はバクバクと早鐘を打っていた。足が震えそうなのを隠すのに必死だ。着慣れない革ジャンの可動域が狭くて、水平に上げた両手がより重く感じる。

もう、持たないかも。

不意に長髪の男が胸ぐらを掴んでいた手を離した。押さえていた手が行き場を失って、アタシはよろけそうになった。

長髪は振り返らず、さっさとコインランドリーを出て行った。スパイクの男は居心地悪そうに突っ立ったまま。

喧嘩は終わった。

アタシが、止めたんだ。

ホッとすると同時に腰が抜けそうになった。何とか座り込まないように腰に手を当てる。

スパイクに何か言おうかと思ったが、男には男のプライドってものがあるよね。向こうを向いてる彼に何も言わず、アタシはコインランドリーを後にした。

まだ足の震えが止まらなかった。



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