第5章 その9
DJブースに戻ると、アタシはMP3の代わりにターンテーブルにレコードをセットした。確かに使うのは同じ曲なんだけど、やっぱりスマートメディアとアナログじゃ気持ちの乗せ方が全然違うんだ。
いつものレコードバッグに使い慣れたLP盤、ホントに嬉しい。ナミありがとう!
いいタイミングでトップのバンドが演奏を終えた。アタシはクロスフェイダーをセンターに合わせ、ミキサーのヴォリュームを上げた。
さあ、ここからライヴDJ・サニィが始まるんだ。
静かに再生ボタンを押す手は少し震えてたかも。ミッションの中を、ドラマチックなキーボードの音が埋め尽くした。
ダムドの“ダズン・ガールズ”。アタシの最初の1曲、いわばライヴDJのデビュー曲かな?
もちろん、ただ何となく選曲したんじゃない。次に出演するバンドはかなりダムド好きなことでも知られてるけど、特にこの曲は、彼らのとある曲のアウトロ(曲の終結部の略式表現)に同じメロディーラインが使われているんだ。
アタシは前からすごく気になってたんだけど、ウェブなんかをチェックしても今まで特にそれを指摘した人が他にいなかった。「アタシ、気づいてますよ」っていう、いわばバンドへのご挨拶。
レインがブースへ戻ってきた。まだ1バンドが終わっただけなのに、早くも革ジャンから湯気が上がるほど汗をかいている。彼のタフさにも、ほとほと感心しちゃうな。
「いいね…サニィ、どうかした?」
レインは(恐らく選曲に対して)何かを言おうとして、アタシの顔を見ると心配そうに問いかけてきた。
「どうか、って?」
「いや。その…。」
そう言ってレインは自分の目の下をサッと払う仕草をした。
あちゃ。メイクの上を涙のラインが通ってるんだ!薄暗い照明の下なら目立たないとは思うけど…他の人に気づかれる前に、直しに行かなきゃ。
「ありがとう。大丈夫だよ。」
そう。この涙は今までと違うから。
「嬉しいことが、あったんだよ。」
アタシは最初のセットを終えた。
自分ではかなり納得のセットだったんだけど…正直、フロアの反応はイマイチ。
まあ、まだ序盤だ。いきなり盛り上がるには早いよね。
それとも最初のバンドがすごかったから、みんな飛ばし過ぎちゃったかも。
DJは水物だ。まだたったの1セット、今日は長いんだから。
様々な慰めを自分に言い聞かせても、心の奥底ではやっぱり悔しかった。
最初から、フロアのみんなを踊らせてやりたかったのに。
ライヴDJ、難しい!思った以上に難しい。いつもレインを見ていて、ある程度は分かったつもりでいたけど。やっぱり自分で演ると全然違うんだな。
バンド転換時間は15分くらい。パンクの曲は短いものが多いから、その間なら4~5曲は回せる計算になる。
だけど、ギターが音出しを始めるとDJの音はかき消されちゃうんだ。
おまけにギターとDJの音が重なると、DJのモニターが聴こえなくて細かい調整がとっても難しい。
マトモに聴かせられるのは、せいぜい最初の2曲がいいところ。その2曲の間にフロアを惹きつけ、バンドにメッセージを送り、なおかつ自分が納得するプレイをしなきゃならない。
これは大変だ!
レインは何も言ってくれなかった。ただブースの横でビールを飲みながらいつものように遠くを眺め、ライヴが始まるとまた行ってしまう。アタシの方を気にする素振りもなく。
レイン、まだ気にしてるのかな。
今のDJ、どう思ってるのかな。
彼に助けて欲しい気持ちをグッとこらえた。
自分だけの力で、ここに立ってなきゃいけない。




