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第5章 その6

土曜日。

高円寺ミッションの前には既に地方から到着したパンクスたちが集まり、機材車からアンプや楽器・物販の荷物を下ろしたり再会を喜んだりしていた。

アタシが乗ったタクシーは店の前に横づけされた。ふくらんだレコードバッグを両手に持って降りてきたアタシのことを、その場にいた男たちは残らず振り返って見た。

午後1時。気温35度、快晴。まだこんな時間だけど、今夜は終電ギリギリまでライヴが続くんだろう。

うだるような暑さの中、アタシはとっておきのライダース・ジャケットに白いスリムパンツ、黒のロングブーツで完全武装してきた。

髪の毛は完ぺきなポンパドゥル(いわゆるリーゼント・ヘア)に整えられている。春先にカットした髪は何とかセットできる長さになっていた。

強めにアイラインを入れ、タレ目はキリッとした目元にチェンジ。ルージュも輪郭をハッキリと。いつものアタシを示すのは、お気に入りのフープ・ピアスだけ。

今朝。かなり早起きしたアタシは行きつけのヘアサロンじゃなく、数日前にDJミワコさんから教えてもらったお店に足を運んだ。

急なお願いにも関わらず、ミワコさんは親切にお勧めのサロンを教えてくれ、さらに自らも一緒に来てくれた。そしてアタシがセットしてもらっている横で、いろいろと細かいアドバイスをしてくれた。大感謝!

守田屋で起こした「事件」のことで何か言われるかとドキドキしていたけど…ちょっと天然なミワコさんは全く気にすることもなく、アタシは大いに救われた。

楽しいおしゃべりとテディガール御用達のヘアメイク。楽しい時間を過ごした後、アタシは家に戻って黒く光る革ジャンに袖を通した。

アタシの覚悟。ライヴハウスでやっていく、決意表明。

そのために、今日は革ジャンでと決めていた。

とはいえ、そこはアタシのこと。汗だくになって髪もメイクも台無しという事態を避けたくて、家からタクシーを呼んだのはご愛敬。だって、いま車から降りただけで暑くて倒れそうだし!

アタシは精いっぱい堂々を装ってミッションに向かった。道を占拠したパンクスたちは、(自惚れではないと思うけど)アタシに見とれながら道を譲ってくれた。アタシはドキドキしながらも満足感を味わっていた。

レバーに手をかける前に、ミッションのドアがゆっくりと開いた。

同じくライダース・ジャケットを着込み、黒と青タータン・チェックのセパレートになったボンデージ・パンツを履いて、ポリス・キャップをかぶったレインがそこにいた。

アタシたちは最後に別れた時と同じく、お互いをじっと見つめた。

レインは無言でうなずいた。

アタシもうなずいた。

二人の意思は同じだ。


ミッションの中は冷房がよく効いている。アタシはホッとした。

今日はバンドの数が多いのでリハ(リハーサル)なしだ。その分、ライヴ前のセッティングがリハーサルを兼ねるので、どうしても時間が押しやすいみたい。

店内にはまだ椅子やテーブルが出ていて、パンクスたちが座って談笑している。さすがに見慣れない人が多いな。

DJブースはいつものステージ前の壁際じゃなく、出口のそば、一番後ろの窓際に設置されていた。ブースを覆う黒い柵も外されて、ミキサーやターンテーブルが丸見えになっている。横にはマイクが1本、スタンドに刺さったまま無造作に立っていた。

「今日は、この場所でやるの?」

「うん。すごい人数が来る予定だから、ブースが前にあるとオーディエンスが暴れてぶつかったりして、下手するとブースごと倒されるから。こっちの方が安全なんだよ。」

そんなにすごいんだ、今日のイヴェント。大丈夫かな、アタシ。

レインは楽屋の方へ行ってしまった。やっぱり、二人の間にはまだ何となく緊張感が残っているなあ。ライヴがこの空気を溶かしてくれる、そう信じたいけど。

アタシは一人取り残されたけど、前にライヴを観に行ったバンドのメンバーが声をかけてくれた。知り合いがいるってありがたい!バンドの人との会話って、DJ同士の会話とはまた違った一種の力強さみたいなものを感じるな。

でも、そこには甘えたくない。今日はレイン以外、全部アウェイの気持ちで行かなきゃ。

ここで生きていく。その決意を、アタシはDJを通じてここに集まる全ての人に伝える。

今日は逃げちゃダメだ。


レインが戻ってきた。

背が高くて、さらに大きなモヒカンをなびかせたパンクスが一緒だった。サングラスをかけて、黒いTシャツにスリムな革パンを履いている。

「サニィ、これ主催者のゴンちゃん。彼女がDJのサニィ。」

「初めまして、サニィです。」

「ギターのゴンです。今日はよろしく。」

アタシはゴンさんと握手をした。恐い人なのかと心配したけど、サングラスを外した彼の眼はとても可愛い。絶対にいい人だと思う。

「レインからいろいろ話は聞いてるよ。今日は長丁場で大変だけど、がんばってね。」

「ありがとうございます。がんばります。」

「うちのヴォーカルにも紹介したいんだけど…どこ行ったかな、何しろ忙しくてさ。」

ゴンさんはそう言って店の外へと消えていった。

「あの人が責任者?」

「そう、バンドの頭脳だな。流通からプロモーションから、何から何までメジャーと対等に渡り合って交渉して、ライヴのことも全て彼が仕切ってるんだよ。」

「へえ。」

「今回の企画だって、全国のバンドのブッキングにタイムテーブル、アゴ・足・枕(地方バンドの宿や交通費、食事)の手配も彼が一人で全部やってるんだ。」

「すごい人だね、カッコいい!」

「超人だよ。その正体は、左官業を営む2児のお父さん。」

「そうなんだ?バンドの規模から考えれば、音楽だけで食べていけそうなのに。」

「働くことが好きなんだよ、あの人は。」

レインの声からは、尊敬の念が伝わってきた。

「だからみんな、あの人についていくんだ。」


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