第4章 その7
今さらながらドキドキしていた。
彼が意外なほどすんなりと受け入れてくれたことに驚き、そしてこの先を期待する自分がいる。
ここまで来たんだ。もう、道は一つしかないはず。
レインが戻ってきた。
今夜は駆け引きを楽しむには疲れすぎている。
「シャワー使っていい?」
「…いいよ。」
部屋と同じく、バスルームも広く清潔だった。アタシは今さら着替えを持っていないことに気づいた。レインはバスタオルと小さなタオル、自分のTシャツと短パン、スウェットの上下を出してくれた。あとはお好み次第。
汗まみれの衣服を脱ぎ捨て、アタシは心ゆくまでシャワーを浴びた。せっけんの泡とため息ひとつ、ぜんぶ一緒に消えてなくなれ。
レインのスポンジを使って丁寧に身体をこすり、彼と同じシャンプーで髪を洗う。ドルチェを持ってきていて良かった、歯ブラシはとっても大事。
レインの前ですっぴんになることに多少の抵抗はあったが、ええい、もうここまで来たんだ。ヒムロックの歌が頭の中で流れている。
“裸を俺を見つめなよエンジェル いま飾りを捨てるから”
浴槽から出て身体と髪を拭いたアタシは、洗濯機の上に置かれたTシャツと短パン、スウェットをじっと見つめた。
それからバスタオルだけを身体に巻き付け、鏡の前で大きく深呼吸をしてから、ゆっくりとバスルームを出た。
照明が付いたままの部屋は明るかった。
リビングにあるソファーベッドはソファー部分が引き出され、寝られる用意がしてある。タオルケットが几帳面に敷かれていた。
そこに、レインの姿はなかった。
彼はリビングの反対側の隅にマットレスを敷いて、こっちに背を向けてタオルケットをかぶったまま横になっていた。
アタシにソファーベッドを使え、ということか。
まただ。
また気を遣われた。
アタシは唇を噛んでその場に立ち尽くした。
今夜はいろんなことがあり過ぎた。
アタシが最後に求めていたのはレインの気遣いじゃなくて抱擁で、今夜それをガマンするにはもう気持ちの限界だった。
アタシはつかつかとレインに近づき、タオルケットの上から彼の背中を蹴っ飛ばした。
「いてっ!」
レインが驚いてタオルケットを払いのけた。こっちを向いたその目が丸くなる。彼の目の前に、アタシはバスタオル一枚を身にまとっただけの姿で立っていた。
レインは絶句して、口を開けたままアタシを見ていた。
2秒。3秒。4秒。
二人の心臓が正確に時を刻んでいる。
お願い。レイン、受け入れて。
彼はゆっくりと下を向いた。
そして、注意深く言葉を選んで言った。
「そういうつもりじゃ、ないんだ。」
DJパルスの前で爆発したアタシが再び戻ってきた。あの時は怒り。今度のは、渇望。
「女の子に、恥をかかせないで!」
アタシは自分のバスタオルの前をひっつかむと、それを一気に剥ぎとってレインに向かって叩きつけるように投げた。レインは避けるように横を向いて、必死でアタシを見ないようにしていた。
「早く、なんか着ろよ。」
「ばか、レインのばか!どうして分からないの?アタシ、レインに抱いて欲しいの!」
「サニィ、止めろよ。」
「じゃあ、どうしてアタシを家に入れたのよ。アタシが泣いてたから?哀れだから?そんな同情、いらない!アタシはレインにちゃんと見て欲しいの、アタシのことを!」
自分でも理屈がおかしいのは分かっていた。今夜、泊めてくれと頼んだのはアタシだ。レインは「泊まるだけ」という条件を出し、アタシはそれを飲んだ。
それでも、一度あふれ出てしまった気持ちはもう止められなかった。今夜、こんな形で言うなんて思ってもみなかった。
「初めて会った時から、ずーっとずーっと好きだったんだから。どうしてアタシが毎週レインのDJに来てたと思うの?アタシがライヴDJをやりたいから?それとも仲間だから?アタシは、レインに振り向いて欲しかった!」
レインは横を向いたまま、厳しい顔をして黙っていた。
もう後には引けない。包まれるか、壊れるか、どちらかだ。
「レイン、アタシを見て。アタシ、レインが好きなの。愛して欲しいの。ねえ、レイン。」
それでも、レインは何も言わなかった。
火のように熱かった身体が、だんだんと冷えてきた。
彼の前で一糸まとわぬ裸でいることが、少しずつ恥ずかしくなってくる。さっきまで何とも思わなかったのに。
認めたくない。でも、この空気の重さは…。
レインが口を開いた。
「とにかく、何か着ろよ。俺、サニィに言わなきゃいけないことがある。」
アタシは悟った。この恋に、アタシは敗れた。
がっくりと肩が落ちる。涙で目の前がよく見えない。
アタシはしばらく彼の前に立ち尽くしていた。
それから、床に落ちたバスタオルをゆっくりと拾い上げた。
クルッと後ろを向き、大またで部屋を横切りバスルームに戻ると、扉を叩きつけるように閉めた。
そのままアタシは洗面台の前にしゃがみ込み、声を出さないように静かに泣き出した。




