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第4章 その4

土曜日。

守田屋には今まで見たこともないくらい大勢のお客が詰めかけていた。時間帯によってはお客が店の中に入りきれず、外にまで人があふれ出ている。

守田屋、5周年記念イヴェント。昼間から始まったパーティは、日が暮れてますます勢いを増していた。

アタシとナミは今日だけの臨時スタッフとして、気合い十分で最初から参加していた。ドリンクの手配だけで手いっぱいの守やんに代わり、細々とした雑用を請け負う。もちろんボランティアだ、せめてもの感謝のしるし。

「すごいねー!こんな守田屋、初めて見た!」

吸い殻で溢れかえる灰皿をせっせと交換しながら、ナミが大声で言った。アタシはカウンターにこぼれたお酒を拭いていた。

今夜はグラスやジョッキじゃなくプラカップを使っている。そうじゃないとエキサイトした客が落としたりして、今夜だけで何個も割れちゃうだろう。すごい熱気!

いまブースに立っているのは、メロコアDJのサトシ君。正直、彼が回す曲の8割はアタシも知らない。かなりマニアックだ。というか好きなんだな。

それでも、単調になりやすいメロコア(=メロディック・ハードコア。90年代初頭に大流行した、哀愁あるメロディーラインが特徴的なパンクのジャンル)を上手に緩急つけてフロアを飽きさせず楽しませている。

それにアタシは知ってるんだ。彼はジギーが大好きで、最後の最後にジギーを1曲、回すつもりなのを。

「守やん、良かったね!こんなに大盛況でさ。」

アタシの言葉に、守やんはカクテルを何杯も作りながらニッコリとした。慌ただしい雰囲気の中、彼の周りだけは時間がゆっくりと流れている。アタシたちが大好きな守やんの空気。

「まあ、みんなが楽しんでくれるのが一番嬉しいね。」

「うん、同感。」

アタシはそう言って、集めてきた使い終わりのプラカップをまとめてゴミ箱に捨てた。どんどん片づけないと、あっという間にテーブルやカウンターが埋まってしまう。

「サニィ。出番、次だよ。」

誰かに言われてやっと思い出した。もうそんな時間!手伝いしながら飲んで踊って喋って笑って…半日が一瞬だ。

アタシたちがいつも使っているボックス席には、見慣れない一団が腰を下ろしていた。

DJパルス。東京ロックシーンの中心で活躍する大物DJ。

有名なバンドともたくさん共演してるし、雑誌にコラムも持っていて、彼が主催するイヴェントに出ることがロックDJ業界ではステータスと言われてる、一応。

守やんとの付き合いは薄いらしいけど、5周年に華を添えるってことで誰かがブッキングしてきた。

正直、アタシは彼のDJがそんなに好きじゃない。まあ、好みの問題だとは思うけど。

ひょろっとした長身で丸いフレームの眼鏡をかけて、黒のマッシュルームカット。アゴはちょっとしゃくれている。大定番の赤のネルシャツ(DJといえばネルシャツ、というくらい不思議とネルシャツを着ているDJが多い!)を着て、ジーンズにスニーカー。

彼は1時間くらい前に店に来て、挨拶もそこそこにボックス席に居座って取り巻きの女の子たちとお喋りを続けていた。ブースの方は見ようともしない。

ま、いろんな人がいるからな。アタシには関係ないや。

そう思いながら、アタシは自分のレコードバッグを取り上げた。


「さあ続いてのDJは…守田屋の看板娘・DJサニィ!」

地鳴りみたいな歓声が起きて、ちょっと驚いた。なんだかライヴハウスみたいじゃん。

アタシはマイクを握った。

「守田屋さん、5周年おめでとうございます!アタシはDJとして守田屋と一緒に育ってきました。守やんがいなかったら、アタシはDJになってません。アタシは…。」

「サニィ、泣くなー!」

「うるせえナミ!泣かねーし!」

ドッと笑いが起きる。みんなこの夜を楽しんでいる。

「そんな訳で、アタシの持てるスペックを全部使って、今夜のセットは守やんに捧げます。みんな楽しもうね!」

そう言ってアタシは1曲目をぶっ飛ばした。“ソニック・リデューサー”!思い出のこの曲を、思い出に残るだろうセットの1発目に。

フロアは激しく動き始めた。みんな踊っている。みんな楽しんでいる。

やっぱり、守田屋は最高だな。

ライヴハウスもいいけど、最後にアタシが帰ってくる場所はここだ。高円寺のイヴェントが終わったら、またここに戻ってこなきゃ。

今夜のアタシは、自分で言うのも何だけど冴えに冴えていた。

レインに言われた「ライヴハウスでDJは必要とされていない」という言葉。その答えは、アタシの中で選曲に対する意識を変えた。

人に「おっ?」と思わせるような選曲。ど安定の定番曲ではないけど、みんなが色めき立つ曲。流れを読んで乗るだけじゃなく、その一歩先を行くような展開を作ること。

緩急の付け方が今までと違った。まるでレインがアタシにシンクロしてるみたい…でも彼そのものじゃなく、これは紛れもなくアタシのセンス。

遠くからでも「サニィが回してる」って分かるプレイ。いつも意識してたけど、今夜は名刺を叩きつけてやった。

これが、アタシだよ。

フロアが熱狂していた。ドアのところまでパンパンに膨れ上がった店内がアタシの選曲で爆発している。

アタシは感じた。これ、今までのアタシのDJ人生で間違いなくベストなスピンだ!

最後の曲が終わると、アタシはレインみたいに一礼した。

割れんばかりの歓声と拍手が店内を埋め尽くした。


やった!

アタシは手ごたえを感じながらブースを後にした。

お客さんが興奮気味に握手を求めてきたり、話しかけてくる。そんなに仲の良くないDJ…たぶんアタシの陰口を言ってた連中も、声をかけてくれたり「やるじゃん」って顔でこっちを見ている。落とし前、つけたからね。

DJサトウ君が顔を真っ赤にして寄ってきたけど、声が小さくて何を言ってるのか聞こえなかった。

カウンターに戻ると、ナミと守やんが出迎えてくれた。

「サニィ!すーげーじゃーん!」

「ナミ、ありがとう。」

アタシはナミと抱擁を交わした。

「神ってたね!いつものサニィもいいけど、今夜は特別ヤバかった!今までと何か違うんだけど、でもちゃんとサニィなの。アタシ、なに言ってるか分かる?」

「分かるよ、ナミ。」

「あー、くっそー!アタシも絶対負けないから!」

ナミはハイテンションで向こうへ行ってしまった。守やんはアタシにラムコークを渡してくれた。

「今夜一番のDJに、俺からおごり。」

「守やん、ありがとう!」

アタシは充実感でいっぱいだった。

もちろん、ここはクラブだ。ライヴハウスじゃない。それにライヴDJがクラブDJより上ってわけでもない。

それでも、ここ何カ月も悩んで考えてきた答えがあの熱狂空間を生んだ。その意識は確実にアタシを成長させた。

これで2週間後のイヴェントにも自信をもって臨める!

ああ、レインに聴かせたかったなあ。

彼も今はまだミッションでプレイしているはず。2回目のセットには来てくれる。ちょっとLINEを入れてみよっと。

いったん外に出るためにボックス席の前を通ると、DJパルスは女の子を口説き続けていた。

アタシの渾身のDJも、彼には届いてなかったみたい。


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