表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/58

第4章 その3

ポスターが完成して、アタシはフライヤーと一緒に守田屋へ持って行った。守やんは店内で一番いい場所にポスターを貼ってくれた。

「この写真、サイコーだね。」

ポスターを前にナミがしみじみとつぶやいた。アタシは得意満面だった。

黒字に赤のファイヤーパターンが基調となったポスター。中央にはイヴェントタイトルがデカデカと載り、無造作に配置された複数のバンド名と写真。

その中にアタシたち二人の写真も、名前付きで横並びに掲載されていた。「二人の写真を並べて欲しい」と伝えられなかったのが心配だったけど、主催者側もアタシたちの意図をちゃんと分かってくれたみたい。

「DJレイン」のロゴの上には、晴天の下でレインが飛び跳ねている姿を下から写した写真。

「DJサニィ」のロゴの上には、雨の中を黒い傘をさしたアタシがクールな表情で立っている写真。

「レイン」と「サニィ」。太陽の下のレイン。雨の中のサニィ。我ながらいい感じ!

「えへへ。レインもノリノリだったんだよ。」

「レインは単に面白いデザインだって思ったからでしょ。アンタの思惑はもっと別のとこにあるじゃん。」

「分かりますか、やはり。」

「分かるに決まってるし!誰が見たってこの二人はラブラブって絵だよ、これ。ずるいな~!」

「何とでも言え、何とでも。」

アタシたちはあの日からお天気の具合を見ては連絡を取り合い、タイミングをはかってアー写を撮りに出かけた。

梅雨雲が残っていたおかげでアタシの写真はすぐ撮れたけど、晴天の写真が意外と難しかった。最後の日曜日になってピーカンの太陽が顔を出し、ギリギリでレインの分も完成。

いい写真が撮れたし、何より2回もレインと遊ぶ口実ができてまさに一石二鳥だった。アタシ天才!

そういえば、まだレインとツーショット写真を撮ったこと、ないな。これ、厳密にはツーショットじゃないけど…ツーショットみたいなもんだし、大満足。

自宅に帰ったアタシは、ベッドの前の壁に貼り付けたポスターを前にしていつまでもニヤニヤしていた。


アタシには余裕がなかった。

毎日のように続く、レインに借りたバンドの音源を聴き込む作業。1枚の音源を一度聴いただけじゃダメだ。

単にジャンルや雰囲気だけじゃなく、奥底にあるバンドの意思が読み取れるまで何度でも聴き続ける。それが10バンド以上!頭がクラクラする。

それでもファンにはファンの、DJにはDJの音楽の聴き方がある。移動中やオフの間は全てリスニングに集中した。

ライヴは音源以上のものが感じ取れる場だ。イヴェントの出演バンドが都内近郊でライヴをやると聞けば、アタシは可能な限り足を運んで観に行った。

出演するのは地方のバンドが多いので本数は少なかったけど、それでも週末はほぼライヴの予定で埋まってしまった。ライヴのたびに「今度、共演させてもらいます」という話でDJとはまた違う仲間が生まれるのは嬉しかったけどね。

忙しい合間を縫って、気になったライヴDJが出演している時は関係ないライヴにも顔を出すようにしていた。

単にレインのマネをすれば良いライヴDJになれるわけじゃない。アタシには、まだまだライヴDJがどんなものなのか、分かっていない。

一人でも多くのライヴDJを見て、聴いて、そこから何かを感じ取りたかった。

クラブDJと同じく、ライヴDJもその人の性格やスキル、センスによってプレイの内容はまるで違う。

お客さんを上手にのせてライヴの一環として成り立っているDJもいれば、場違いな選曲で空回りしていたり、完全にBGM…空気になってしまっているDJもいた。

フロアの雰囲気を読んでこそ存在感を発揮するのはライヴDJもクラブDJも同じ。ダメな時はシビアに結果が出る。

あるハコに行った時は、ライヴ終了後に(やっぱりちぐはぐなプレイをしていた)DJの姿が見えなくなった。周りの話では、自分たちの出番前の選曲が気に入らなかったバンド側と揉めて喧嘩になったんだって。

現場を見なくて良かった!アタシは恐くなった。それだけ真剣勝負ってことなんだろうけど…少なくとも、そんなことクラブでは起こりえない。自分もそうなったら…なんて考えたくもなかった。気持ちが後ろ向いちゃう。

でも、やらなきゃ。

レインが回している日は、よそのハコに行っていても最後には必ず顔を出すようにしていた。ほぼ休みのない生活に正直、身体は限界に近い。気持ちも追い込まれている。

レインには会うたび「少し休めば」と言われていたけど、それでもレインのDJを聴くとホッとして癒されるような気持ちになれる。

その音を支えに、アタシは動き続けた。


アタシにはまだ分からなかった。

レインのDJを聴いて感じた、同じパンクDJとしての選曲センスに感じるわずかな違い。

彼のDJを聴くたび「それそれ!」と思うんだけど…自分がどんなに考えて選曲してもそうならない。クラブではアリでも、ライヴの転換として考えると「う~ん…」となっちゃう。

何人ものライヴDJを聴きに行って感じたのは、その違いは優秀なライヴDJには多かれ少なかれ共通して感じるセンス、ということ。中でもレインは飛び抜けてるけどね。

ライヴDJとクラブDJの感覚の違いということなのかな。でも具体的に何が違っているのか、それが分からない。

最終的に、打ち上げの席でアタシは思っていることをレインに聞いてみることにした。

彼は最後まで話を聞くと、考えながら口を開いた。

「正直、俺はそんなこと、あんまり考えたことないよ。クラブDJのことだって全然分からないし。」

「そうだとは思うんだけど。」

「ライヴDJって何なのか、あくまで俺個人の見解ってことだったら話せるけど。それでいいかな。」

「うん。それでいい。」

打ち上げ中のミッションは、ライヴ時の緊迫感から解放されてザワザワしている。ホントに空気が緩むんだ。

あと3週間後には、アタシもここで回すんだな。

「いつも思うんだけど…ライヴDJってさ。」

「うん。」

「基本、必要とされてないんだよね。」

「えっ?」

今夜のBGMはスーザン・テデスキ。彼女のソウルフルでハスキーな歌声は、ブルース・ミュージシャンの中でも一番好きかも。ミッションのスタッフ、けっこういいセンスしてる。

レインの言ってること、意味が分からない。

「どういうこと?」

「例えば…クラブだとさ、DJがいないとイヴェントって成り立たないでしょ。」

クラブではDJが主役。ハコによっては(アコースティックなどを中心に)ライヴを入れることもあるけど、それはあくまでプラスアルファ。

「お客さんは、DJを目当てに来てるよね。でも、ライヴでDJ目当てに来る人って、何人いるかな。」

「あー…。」

レインの言いたいことは分かった。

もちろんDJも立派な出演者だ。でも、DJがいなくてもライヴは成立するけど、バンドがいなきゃライヴは成り立たない。

「主催者にもよるけど、ライヴDJってノルマ(チケットを売る義務)が発生しないことが多いんだ。確かにラクなんだけどさ。それって結局は、ライヴDJには集客を期待できないって見方の表れでもあるよね。」

アタシがレインと共演する企画でも、ノルマの話は出なかった。というか、アタシ考えてもいなかったし。

「あ、今回はバンドにもノルマはないよ。主催者側だけでチケット完売してるし。」

「完売、すごいね。アタシ、何も知らなくて。」

レインは“まあそれはいい”という風に手を振った。

「最近じゃライヴDJも結構認知されてきたけどさ。未だに、“そんなもん必要ねえ”っていうバンドも多いよ。単にBGMだけだったら店で流せば間に合うし。」

「まあ、そうだけど。」

「DJ自体が元々はライヴハウス発祥の文化じゃない(ジャマイカのパーティがDJプレイの起源と言われている)からね。存在意義が分からないんだろうな、チャラチャラしてるように思われたりね。」

「そんなことないんだけどなー。」

「だからさ。」

レインはガランとして見えるライヴハウスを見渡した。

「このハコで、まず俺たちライヴDJは『お前、なに?』っていう見方だったり、“BGM係”的な扱いをひっくり返さなきゃならない。それができないと、ホントに空気になっちゃうから。」

もちろん、クラブでも“ブースに立てば誰でもDJ”ってわけじゃない。プレイに魅力がなければイヴェントにも呼ばれないし、お客さんだってつかない。厳しいのは一緒。

それでも、クラブDJは「DJを聴きに来てもらえる」ことを前提にプレイしている。でもライヴでは、その前提すらないんだ。自分たちのポジションを作るために、バンドを観に来た客を「振り向かせる」プレイをしなきゃ。

そのための選曲。

アタシはやっと、何かが掴めた気がした。

「レイン、ありがとう。よく分かったよ。」

「こんな答えでいいのかな?」

「うん、十分だよ。聞いて良かった。」

「ならいいけど、余計に緊張させちゃったかなって。」

「大丈夫。どのみち、ずっと緊張してるから。」

アタシの言葉に思わずレインは笑った。その笑顔がアタシの疲れと不安を吹き飛ばした。


終電前だけど早めに帰ろう。今夜はもうクタクタだ、早くお風呂に入りたい。

「レイン。来週はアタシ、来られないや。」

「ああ、守田屋の5周年だろ?」

ここしばらくクラブへの出演は断っていた。出たくないわけじゃなかったけど、とにかく時間と気持ちに余裕がないので。

それでも、大事な大事な守田屋の5周年は何が何でも出たい。守やんのお祝いを盛り上げたいし、みんなにも会いたい。アタシ自身もここ最近のハードな生活をいったん脇に置いて、息抜きしたかった。ちょっとバカ騒ぎが必要だよね。

「俺のDJを聴きに来る必要なんてないんだからさ。いつも来てもらって申し訳ないくらいで。」

「ううん、アタシが好きで来てるんだから、いいの。でも来週はごめん。」

「来週だけじゃなくて、少しは休みなよ。身体が持たないよ。」

「分かってるんだけど。」

「サニィ、楽しんできなよ。」

「うん、ありがとうね。」

レインはアタシを出入り口まで見送りに来た。

「そうだ、こっちが終わったら俺も顔を出すよ。」

「ホントに?レイン、来てくれるの?」

「うん。タイムテーブル決まったら教えて。」

「もう決まってる。早い時間と1時過ぎに2回出番があるんだ。終電は終わっちゃうけど、明け方とかじゃないから。」

「打ち上げ、抜けて行くよ。」

「嬉しい。待ってるね。」

良かった!来週もレインに会える。

ここ1カ月、二人の絆は確実に深まっていた。まだ共演こそしていないけど、アタシたちはDJ仲間という枠を超えて親友になっていた。

“アタシが望んでるのは、そこじゃないんだけどな”

ミッションを遠ざかりながら、アタシは振り向いてレインに手を振った。

彼もニッコリしながら振り返してくれた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ