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第4章 その2

レインがイヴェントに出演するバンドの音源を貸してくれるので、アタシたちは日曜日の夜に会うことにした。アタシは休日。レインは仕事終わり。

レインと約束した1時間前に、アタシはこっそり彼の職場があるターミナル駅に向かった。

改札を通って駅ビルに入り、エスカレーターで目的の階まで向かう。前まではなに気なく使っていた書店。彼と知り合ってから来るのは初めてだった。

アタシはキョロキョロとレインを探しながら、(一応は)買うつもりだった本を探した。お目当ての本はすぐに見つかったけど、レインの姿はどこにもない。

今回こそは、アタシが先に!

3度目の正直。レインはキャッシュカウンターで接客をしていた。親切で丁寧で明るく、お客さんと対話する姿はいつもレインのようでもあり、違うようでもあり。

アタシに見せる笑顔とはまた別の、店員としてのスマイル。それがとっても新鮮で、アタシは隠れてしばらく彼の姿を見ていた。見とれていたんだと思う。

カウンターには行列ができていた。大手書店によくある、1列に並んで4台くらいあるレジに空いた順から向かうスタイル。アタシは目立たないように列に加わった。

どうかレインのレジに行けますように!

祈りも虚しく、アタシの前の客にレインは「次のお客様、どうぞ。」と声をかけた。ちぇっ。でもレインがアタシを見て「あっ」という顔をしたので少し満足。

すぐにアタシもレインがいる隣のレジに呼ばれた。

ブックカヴァーを付けてもらって支払いをする間、アタシはチラチラとレインを見ていた。レインはアタシを気にする様子もなく、楽しそうに接客を続けている。

ちゃんと仕事してるんだなー。

嬉しいような、でもちょっと不満。

レインの客が立ち去った。その一瞬だけ、彼がアタシの方を見た。声を出さずに口だけが動く。でもアタシには彼が何て言ったか分かった。「こらっ」だ。その顔は笑っていた。

すぐにレインは「次のお客様」と仕事に戻る。

その一瞬だけで、アタシは大満足だった。


「来るなら来るって言えよなー。」

「だって、言わない方が面白いじゃん。」

「思わず声が出そうになったよ、マジで。」

「意外とマジメに仕事してるんだね、雨宮。」

「雨宮言うなっての。」

アタシたちは駅ビルからほど近い、ちょっとシャレたバルみたいなダイニングみたいな店に落ち着いた。レインが「たまにはこういう店も」と言って案内してくれた店。デートみたいで嬉しいかも。

仕事終わりでスーツ姿のレインもだいぶ見慣れてきた。そろそろ夏になるのに、上着を着なきゃいけない仕事はホントに大変だ。アタシには絶対に無理だな。

「これ、返すのはいつでもいいから。」

そう言って彼は大量のCDとCD-Rが入ったレコードショップの袋をアタシにくれた。

「うわ、すごい量。全部聴くまでかなり時間かかるね。」

「タイムテーブルもらったから、今日、どの転換前にどっちが回すか決めちゃおう。そしたら聴くのは半分でいいから。」

「ううん、全部聴くよ。イヴェント全体の雰囲気を掴みたいから。」

ライヴとライヴの間にある転換がアタシたちの持ち時間。DJの後に出てくるバンドが気持ち良く演奏できるような選曲をして、イヴェントを盛り上げるのが役目。

自分が担当する時間の後に演るバンドの音源だけを聴けば、理屈上は問題ないんだけど。でもアタシはそれを良しとしなかった。

レインは黙ってうなずいた。気を遣ってくれただけで、彼もアタシと同じ考えだ。大事なのは気持ち。

出演するバンドのほとんどは音源が流通していない。一部の専門店への委託を除けば、ほとんどはライヴを観てその場で買うしか入手する方法がない。しかも今回は地方のバンドが半数以上。手に入れるのはとても難しい。

レインはほぼ全てのバンドを知っていて、音源も揃えていた。とっても助かる!

「イヴェントまでに、ライヴも可能な限り観に行きたいんだけど。」

「実際にライヴを観た方がイメージが膨らむからね。でも、あんまり無理しないで。」

「うん、ありがとう。」

レインは彼が知っている限りのライヴ・スケジュールを教えてくれた。イヴェントまでに半分弱のバンドは観られそう。

ホントは主催のバンドも観ておきたかったけど。

「アイツら、いまアメリカツアーに行ってるよ。戻ってきて一発目がこの企画なんだ。」

「アメリカ、すごいね!このバンドだけ別格って感じ。」

「まあね。何年か前にいろいろとあってからバンドとしてホントに大きくなったよ。自主レーベルなのに流通も全国規模だし、ライヴやれば大きいハコも常に埋まるし。メジャーに所属しないでメジャー並みのことができる、数少ないバンドだな。」

アタシ、全然知らなかった。前から気になりつつ、何となく縁がなかったバンド。

「カッコいいね。」

「でも一番カッコいいのは、そんな大きいバンドになっても売れる前とスタンスが変わらないとこだよ。」

「そうなの?」

「正直、今のアイツらにミッションじゃキャパ(収容人数)が追いつかない。けど以前から出てたハコだから、絆を大切にして今でも使ってるんだよ。」

「へえ。」

「呼んでるのも地方の実力はあるけどマイナーなバンドばかりだし。自分たちのステータスが上がったからって、仲間付き合いは変わらない。偉ぶらないんだ。」

「それだけ売れたら、勘違いしてもおかしくないもんね。そういうの素敵だな。」

今夜はワインにしてみた。普段はあんまり飲まないんだけど、1本のボトルを二人で分け合うの、いいよね。

「そうだ。サニィ、トリ前で回してよ。」

「えーっ!」

突然のことにアタシは慌てて手を振る。

「ダメダメ、アタシなんか絶対ダメだよ。レインやって!」

「いや、ここはサニィが回すべきだよ。」

「そんな、まだどんなバンドかも知らないのに無理だよ!レインの方がいいって!」

「実は、これはヴォーカルからのご指名なんだ。」

アタシはパチクリした。

「主催のバンドのヴォーカルさん?確か女性だって言ってたよね。」

「そう。俺が彼女に『相棒は女の子だ』って話をしたら、すごく面白がってさ。サニィがどんな子か教えたら、ぜひ自分たちの前でやらせてくれって。」

「そうなんだ…。」

「同じ女性同士でシンパシーを感じる部分もあるだろうし。俺が回すのとは違う雰囲気になるしね。俺は今まで彼らの前で何回も回してきたし、新鮮でいいんだと思うよ。」

思いがけない大役を任されてしまった。

でも、レインの信頼に応えなきゃ。これ以上は断れない。

「じゃあ、がんばってみる。」

「よろしく、サニィ。」

「たくさん勉強させて頂きます。」

「勉強かあ。俺、ロックで勉強なんてしたことないや。」

そう言ってレインはニッコリ笑った。

そうか。アタシ、変に固く考えてたかもな。

「そうだね、もっと楽しめばいいんだよね。」

「いや、それはサニィのスタイルだから。自分の思うようにやればいいよ。」

「ううん。レインの言う通り。緊張するけど、それも含めて全部、楽しんじゃうね。」

「それはいいね。」

今夜のレインはタバコを吸わなかった。店の雰囲気に配慮してるんだろうな。周りはカップルばかり。アタシたちは、ごく自然にその中に溶け込んでいた。


「ねえ。レインは、どうしてパンクが好きになったの?」

「どうしてって?」

離婚のことは別として、アタシはレインのことがもっともっと知りたかった。守やんが言う「お互いの距離を埋める作業」ってやつ。

その中でも、レインの音楽ルーツは特に前から聞きたかったこと。今夜はいい機会だと思った。

「だってさ。パンク聴いてる同い年だって少ないくらいなのに、レインやたらと詳しいし。どこでパンクと出会ったのかなあって。ま、アタシもだけどさ。」

「そうだな。」

「アタシには…ひと回り年上のお兄ちゃんがいるの。小さい頃からお兄ちゃんがパンクを聴いてる横で遊んでて、いつの間にか好きになったんだ。」

憧れだったお兄ちゃん。夢にあふれてたお兄ちゃん。

「いいお兄ちゃんだな。」

「優しいし、家族思いだよ。お兄ちゃんは中学くらいから今のアタシくらいまで、ずっとパンクバンドやってたの。」

「へー、すごいね。パンク家系だな。」

アタシが守やんになついてるのも、どこかでお兄ちゃんの影を追っているのかもしれない。時々、そう思うんだ。

「でもね。お兄ちゃん、アタシが中3くらいのある日“こういうのは全部、卒業”って言って、自分のCDとかレコードとかアタシに全部くれたんだ。すごくショックだったな。」

「そうか…お兄ちゃん、今はどうしてる?」

「就職して結婚して、いいパパだよ。地方に住んでるんだけど、行けばいつも歓迎してくれるしね。でも、あれだけ夢中になってたパンクを簡単に捨てちゃうなんて、アタシには信じられなかった。」

「お兄ちゃんはお兄ちゃんなりに、覚悟を決めてそうしたんだろうな。」

「アタシもそう思って自分を納得させた。別に悪いことじゃないもんね、夢だけじゃ食べていけないし。アタシだって仕事してるし。」

でも…アタシは捨てられなかった。それで今に至ってる。

友達が次々に大人になっていく中。やっと見つけた自分がDJだったんだ。

もうすぐ、アタシもあの時のお兄ちゃんと同じ年になる。その時、アタシもお兄ちゃんと同じようなことを考えるのかな。今はまだ分からない。

「俺も似たようなもんだな。俺の場合は、父親だった。」

「お父さん?」

「正確には、お袋の再婚相手。ホントの親父は俺がガキの頃に死んじゃってさ。」

「えっ…。」

また出てきた。レインの深い部分。

「覚えてないくらいガキの頃だよ。小学校を卒業する頃にお袋が年下の男と再婚して。案の定、折り合いが悪くてさ。」

複雑な家庭環境。アタシみたいに幸せいっぱいな家族じゃなく。でも、レインは真っすぐに育った。

「で、俺が16歳の誕生日に、その父親がストリート・ビーツのファースト(アルバム)をくれたの。“お前の気持ちがこの中に入ってるから、これ聴け”って。」

「ふふ。お義父さんも元はパンクだったのかな。」

「どうだかね。でも、俺は一発でのめり込んじゃった。他にもこういうバンドないかって、そいつに聞いてね。」

「それから、仲良くなったの?」

「いや、そうなる前にお袋と別れちゃったよ。それからは音信不通で何をしてるのかも知らない。いま思えば、ちゃんとお礼を言っとけば良かったな。」

こういうの「親孝行したい時に親はなし」って言うのかな。ちょっと違う気もするけど。

でも、アタシもレインも「きっかけの人」はいるんだな。

みんな、人の縁で繋がってるんだ。

「そんなだから、俺も早く結婚したんだろうな…結局、うまくいかなかったけど。」

レインのつぶやきに、アタシは無言でうなずいた。そこに返す言葉は知らない。ただ受け入れるだけ。

レインはアタシの沈黙を気遣いと捉えたみたい。慌てるように咳払いをして、話を元に戻した。

「それでサニィは、どうしてDJを始めたの?」

アタシは今までのことを話した。レインは真剣に聞いてくれていたけど、アタシがDJになりたいと思った南青山のライヴハウスの話になると急に考え込み始めた。

「そのDJ、革のベストを着てなかった?」

「…着てたかもしれない。」

「メガネかけて、Tシャツがカットオフで、左肩にタトゥーが入ってなかった?十字架みたいなハテナマークみたいなやつ。」

「あった…あったと思う。」

記憶がよみがえってきた。そう、確かにそんな感じだった。

「レイン、知ってる人なの?」

「それ、多分はるよしさんだな。」

「はるよしさん?」

思いがけない接点。“ソニック・リデューサー”がシンクロした二人のDJは、実際に繋がっていた。

「レインの友達なの?」

「友達というか、師匠というか、先輩というか。まあ、腐れ縁だね。」

「師匠って、DJのってこと?」

レインはニヤリと笑った。

「ま、あの人がいろんな意味で、俺をこっち側に引きずり込んだんだよ。」


そろそろ帰ろうという頃になって、思い出したようにレインが言い出した。

「そうそう、サニィの写真が欲しいんだけど。」

「えっ?」

レインに「写真が欲しい」なんて言われると嬉しくなっちゃうけど。そういう意味じゃ、ないよね。

「イヴェントで、フライヤー以外にも大きいポスターを作るみたいでさ。ありがたいことに、俺たちも写真付きで載せてくれるんだって。」

だよねー、ちょっとガッカリ。でも、大きいポスターに写真が載るなんて何だかすごい。

「それ、アー写(アーティスト写真)ってこと?」

「そう。サニィ、用意できる?あと1週間しかないんだけど。」

「レインは自分のアー写って、あるの?」

「かなり前に撮ったやつならあるんだけど…けっこう使い回したし。どうしようかなって思ってるよ。」

不意にいいアイディアがひらめいた。素敵な構図と素敵な時間をレインと共有できる、ナイスアイディア。

「ねえ。アタシさ、こういうの考えたんだけど…。」

アタシはイメージを説明した。レインも乗り気になってくれたみたいだった。

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