第4章 その1
ロック界隈でDJといえば、大きく分けて2種類。
クラブイヴェントでプレイするのがクラブDJ。
ライヴハウスで(主に転換中に)プレイするのがライヴDJ。
とはいっても、そんなに明確な違いはない。
ライヴDJがクラブイヴェントに出演することもあるし、クラブDJがライヴハウスで転換をすることもある。
両方を兼ねているDJも多いし、バンドマンがDJを兼ねていることも珍しくない。違いを意識していないDJも沢山いる。
区分けなんて、そもそも無意味なのかも。
それでもレインはクラブでは絶対にプレイをしない、純粋なライヴDJ。
そしてアタシは今までクラブでしかプレイしたことがない、純粋なクラブDJ。
そんな二人は些細な偶然から出会い、アタシはレインに恋をして、レインはアタシを相棒に指名した。
アタシは初めて、ライヴハウスでDJをプレイする。
戸惑いがないといえばウソになる。
ただ、こうなってから初めて思い出した。
アタシが最初に「DJになりたい」と思ったのは、ライヴハウスだった。
金曜日。
5周年を前に、今夜も守田屋はにぎわっていた。
昨夜のお酒がまだ残っていて、身体が重い。
レインは本当に「とことん」付き合ってくれた。終電がなくなり、さすがに明け方までとは行かなかったけどアタシたちは夜遅くまで飲み続け、最後はタクシーを相乗りして帰宅した。
レインは経堂でアタシを降ろすと、そのままタクシーに乗って行ってしまった。そういえば彼、どこに住んでいるんだろ。
本当なら今夜はお酒を抜いてゆっくりと休みたい。
けど、昨夜アタシは「やらかした」わけで…。
「あんなこと」をしてしまった以上、ナミと守やんには早く謝らないといけない。土曜日はまたレインのライヴがある。今週中にケジメをつけるなら今夜しかない。
それに、アタシ自身が昨日のことを報告したくてウズウズしていた。とても来週まで待てないって。
という訳で(誓って1杯だけの予定で)アタシとナミは今夜も守田屋のカウンターに座っていた。もちろん、アタシのおごり。
ブライアン・セッツァー・オーケストラの“イン・ザ・ムード”が華々しくフロアに鳴り響いたら、ブースの方を見なくても誰が回しているのかはすぐ分かる。
DJタケシ君。風貌はお世辞にも一般人には見えない…いわゆる“テキ屋さんスタイル”の、パンチパーマにダボシャツ。胸元からは和彫りのタトゥーがチラリ。でもその筋の人ではなく、長年ロカビリー界隈で鳴らしている腕利きDJ。
彼が発掘してきたリヴィング・エンドの“プリズナー・オブ・ジ・インサイド”は、始まった瞬間にフロアのみんなが踊り出す名曲中の名曲!個人的にはこの曲を彼以外に使ってほしくないと思う、それくらい彼の代名詞。
今でこそコワ~イ風貌だが、昔はブライアンみたいな金髪のウルトラ・リーゼントだったんだって!ホントかな?
ナミは昨夜のお疲れも顔に出さず、生ビールを美味しそうに飲んでいる。急な呼び出しにも二つ返事で来てくれた。守やんはいつも通りグラスを磨いていた。
変わらない風景。5年前も、たぶん5年後も。
「そうか。サニィ、ライヴDJデビューか。」
アタシはモヒートを少しずつすすっていた。ホントならコーヒーとかお茶がいいくらいだけど…せめてスッキリ爽やかなものを、と検討した結果のチョイス。
レインに「昨日は大丈夫だった?」とLINEを送ったら、プロレスラーがマットに倒れているスタンプが送られてきた。さすがに彼も今日は辛かったんだな。ごめんね。
「まさか、あれからそんな話になるなんてね。」
「ナミもそう思うでしょ。ホントにお話にならないセットやらかしたのに。」
「いやサニィのDJの実力は間違いないよ。でも、昨日のプレイは確かに失敗だったからね。」
「レインは“気持ちが見えたセットだった”って言ってくれたんだ。嬉しかったけどさ。」
「ふふん、いい感じじゃん。まあ、アタシたちとツボが違うのかね、レインは。」
ツボが違う、か。
いつも感じる、レインとアタシたちクラブDJの選曲でのわずかなズレ。それがライヴDJってことなのかな。いや、それだけじゃない気がするんだ。
今までは単なる違和感だったけど。
アタシは2か月後、ライヴハウスでDJをしなきゃならない。早くその謎を解かないと。
「それで?」
ナミの言葉にアタシはハッと我に返った。
「なによ?」
「なに、じゃないよ!あれだけのことがあって、レイン様がアンタの窮地を救ったんでしょ。それで二人っきりのいいムードになって。何もなかったとは言わせないよ?」
ナミはニヤニヤしながら聞いてくる。アタシは苦笑いした。
「いや、別に…なにも。2時か3時まで飲んで帰ったよ。」
「それだけ?」
「…うん。」
ナミはガッカリしたように上を向いた。
「あーあー。いつまで純愛ごっこやってるのよ、サニィ。」
「でも、カノジョがいないことは分かったよ。」
「マジで?ほら、アタシが言った通りじゃない!」
ナミは再び勢い込んで前のめりになった。
「うーん、だけどさ。」
「なに。」
「同業者とは付き合わない主義なんだって。」
「知らねえ!そんなの関係ねえ~!」
古いギャグを…もう酔っ払ってんのか、ナミ?
「そんな主義なんか、好きになれば吹っ飛んじゃうんだよ!カノジョいないんでしょ?なら押して押して押せばいいの!サニィみたいないい女が揺さぶれば絶対落ちるから!」
「ちょっとナミ、興奮しないで。」
「守やん、お代わり!」
「ナミ、一杯だけじゃなかったの?」
「いいから、サニィも飲むでしょ?」
「ああ、はいはい。じゃ、もう一杯。」
守やんが笑っている。いつものパターン。
ま、ナミは確かにアタシを勇気づけてくれるし、正論には違いないよね。好みのタイプなんてあってないようなもので、惚れた人がタイプ。それは男も女も絶対的な心理だと思う。好きになるのに理由はいらないもん。
だけど。
「ねえ。結婚って、なんだろね。」
お代わりのモヒートを受け取りながらアタシはひとり言みたいにつぶやいた。
「おいおい、またサニィが変なこと言いだしたぞ。」
ナミが呆れたみたいに言う。でもレインの離婚のことは話せなかった。「秘密だ」とは言われてないけど…やっぱり、それはマナーだと思うから。
昨夜の話はアタシの中で大きなウェイトを占めていた。
レインから気持ちが離れたわけじゃない。むしろ、離婚の話はアタシの心をよりレインに向けさせた。
彼の結婚が悲しい過去なのかどうか、それは分からない。でもレインの近くにいて感じる、気配り、優しさ、キュートさ、クールさ…その中に混ざる「憂い」という感情を、アタシは前から薄々感じていた。そこに彼の過去は確実に影響しているんだろう。
そんな彼のそばにいたい。支えになりたい。
でも、結婚も離婚も経験したことが無いアタシが、彼の気持ちをホントに理解してあげられるんだろうか?
アタシには、彼が自分のずいぶん先を走っているような気がしてしょうがなかった。
「サニィは結婚の前にまず彼氏だろ!」
「いや別に“結婚したい”とかじゃなくてさ。ホントに何なんだろうなって、それだけ。」
「アタシだって知らないよ。こちらの大先輩に聞きなさいよ。」
そう言ってナミは守やんに手を向けた。
「ねえ。守やんはどうして結婚したの?」
「んー?」
困ったときの守やん。彼はいつものにこやかな顔で答えた。
「難しい質問だね。」
「やっぱり好きだから結婚するのかな?」
守やんの馴れ初めがホントに知りたくて聞いたわけじゃない。ただレインの離婚のことを少しでも理解したくて、そんな質問に変換しただけなんだけど。
「そうだねー。」
守やんはちょっと考えてから切り出した。
「俺さ、実はバツイチなんだよね。」
「えーっ!」
アタシとナミの声がシンクロする。これはホントにビックリ!
「初めて知ったよ。」
「まあ、誰かにペラペラ話すようなことじゃないからね。」
ナミの言葉に、守やんは遠くを見るような目つきをした。アタシは黙って聞いている。
「詳しいことはまあアレだけどね、昔の話だから。」
「辛い経験だったの?」
「んー。辛くもあり貴重な経験でもありかな、俺の場合は。」
そう言って守やんは微笑んだ。
「最初の結婚はさ、いま思えば…やっぱり勢いだったんだよね。その時は真剣なんだけど、お互いに “結婚て、こうじゃなきゃいけない”みたいな思い込みがあって、空回りして。それが徐々にすれ違いに発展するというか。」
「付き合うのと結婚は違うってやつか。」
ナミは興味津々だけど、ホントにしっかりと話を聞いてるのはアタシの方。
「でもさ、それは恋愛も一緒じゃない?好きになって、だんだんと距離を詰めていくわけでしょ。その過程で相手をより深く知れば知るほど、新たな事実だったりお互いの合う部分合わない部分が出てきたり。」
アタシたちは二人とも深くうなずいた。それはよく分かる。
「結婚は、その深い部分…たぶん一番深くにある部分をお互いに出さなきゃいけないってことだね。それ以上でもそれ以下でもないと思うよ。その事実を知ったときに、どう受け止めるかってことだよね。」
「なるほどー!」
ナミが感心したようにビールをごくりと飲んだ。
「だから、結婚が恋愛の上にあるとは思わないな。色んな局面があって、その中でお互いの気持ちを確かめ合って、その時どう感じるか。その局面の一つに過ぎないよ。俺はそれに一度、失敗した。そして今は、少しだけ賢くなってまたやり直してる。それだけだよ。」
そこまで言うと守やんはアタシの方を見てニヤッと笑った。アタシはその表情にハッとさせられた。
「結婚も離婚も、確かに自分にとっては大事な経験だったよ。でも、それを経験したから偉いとか人より優れてる、とかはないよね。それは全く関係ない。」
あー…どうやらアタシの質問の意図は見透かされていたっぽいなあ。
「分かった。守やん、ありがとう!」
「答えになってたかな?自信ないけど。」
「うん、バッチリだよ。」
アタシは少しスッキリした。
確かに、アタシには結婚も離婚も、どんなことなのかは分からない。レインの離婚のことは、アタシがどんなに背伸びをしても理解できることじゃないはずだ。
でも、そんな過去を知って、それでも彼のことが好きなアタシがいるわけだから。
アタシはアタシなりの経験値で、レインとの関係を深いところまで少しずつ探っていけばいいんだ。
このままのアタシでいいってことだ。
やっぱり、この二人に話せて良かった。
と、甘いヴォーカルの歌声がフロアを満たした。“プリズナー・オブ・ジ・インサイド”だ!
アタシとナミは飛び跳ねるようにフロアへ躍り出た。




