第3章 その6
試合は大いに盛り上がった。
レインはビックリするくらいプロレスに詳しく、DJの時以上に盛んに声を上げて応援し、時には悪意の無いヤジを飛ばしたりしていた。
アタシもつられて大きな声を出す。大きなカップに入った生ビールも手伝って、陽気な気分に拍車がかかった。
レインはレモンサワーを飲んでいた。後楽園のレモンサワーは「ヤバい」んだって。アタシも飲ませてもらったけど…確かに、ヤバい!
「レインは誰ファンなの?」
「うーん、今だったらオカダかな。サニィは?」
「タナかなー。シンスケが退団しちゃった時は相当ショックで、でもタナががんばってるから。」
「エースだもんね。」
「じゃあレインが一番好きだった選手は誰なの?」
「むかし、スティーブ・ライトって人がいてさ。初代タイガーと闘ったんだけど…。」
正直プロレスに関しては、レインが言ってることの半分も分からなかった。
でも彼は自分の知識を延々と自慢げに話し続けるような無神経じゃない。アタシの初心者な質問にも丁寧に説明してくれるし、バカにするような素振りもなく、あくまで楽しい時間を共有してくれていた。
プロレスを心から楽しみ、アタシとの会話を楽しみ、お酒を楽しんでいる。
そしてアタシはそんなレインの姿を見て、彼以上に楽しんでいたんだと思う。
メインが終わり、アタシたちは水道橋駅前の居酒屋に腰を落ち着けて飲み直した。音楽の話も出たけど、話題はさっきのプロレスの話、そして仕事の話が中心だった。やっぱり、いつもと違う雰囲気。
「レイン、仕事なにやってんの?」
「あー、俺?書店で働いてる。」
「えっ、本屋さん?」
「職場が書店ってだけで、普通のサラリーマンだけどね。」
店舗を聞いてビックリ!アタシもよく利用するターミナル駅の大きな書店だ。つい先日も行ったばかりだけど、まさかレインが勤めてたなんて。
かたい仕事に就いてるかな、とは思ってたけど。彼には驚かされることばかり。
「レイン、週末は忙しいんでしょ?よく土日に休めるね。」
「無理やりね。土日のどっちかは必ず出てるし、平日もあまり休まないようにしてる。迷惑かけてるからね。その代わりシフトをしっかり決めてDJに穴を開けないようにはできるから、そこはいいかな。」
と、いうことは。
アタシが酔い潰れた夜も、彼はアタシを送り届けてから何時間もしないうちに仕事だったんだ。
それなのに、アタシはしょうもない期待を抱いて彼に甘えまくって。ホント、ごめんなさい。
「サニィはOLさん?」
「まあ、そんなもん。アタシ、ウェブデザイナーなんだ。まだまだ下っ端だけど。」
「へえ、すごいね。パソコンとかガンガン使っちゃうんだ。」
「一日中、パソコンだよ。肩は凝るし、目もすっかり悪くてさ。今日はコンタクトもできなくて…メガネ、変でしょ。これでレインに会うの、ほんとイヤだったんだよ。」
「いやいやそんなことないよ、よく似合ってる。俺、メガネ女子って好きだな。」
おっ。
初めて、レインがアタシに好意を寄せるような発言。
これは“災い転じて福となす”かな?
アタシは淡い期待を胸に、でも今までの経験からムリに押すことはしなかった。ぬか喜びは、禁物。
「デザイナー、もう何年やってるの?」
「3年かな。大学卒業してからだから。」
「マジで?俺も社会人3年目だよ。」
「えーっ。レイン、いくつなの?」
「25歳。」
「ホントにーっ?やったー、同い年だーっ!」
「そうなんだ、偶然だね。」
アタシとレインは手を取り合って喜んだ。冷静に考えれば騒ぐほどのことでもないんだけど…少なくともアタシはとっても嬉しかった。やっぱり何だか運命みたいなものを感じるな、うん。
同世代ネタでひとしきり盛り上がった後、レインはまたもアタシが知りたかったことについて自ら話を振ってきた。
「サニィは、なんでサニィって言うの?」
「陽日だから。」
「ようか?」
「うん。」
「名前、陽日って言うんだ。」
「そうだよ、変な名前だよね。」
「そんなことない、いい名前だよ。サニィってのも似合ってるけどな。」
アタシの本名をDJ界隈で知ってる人はあまりいない。SNSも別名で登録しているくらいだ。プライバシーは大切。
でも、レインには知っていて欲しかった。今度から陽日って呼んでくれないかな…くれないだろうな。
「そういうレインは何でレインっていうの?」
「雨宮だから。」
「アメミヤ?苗字が?」
「そう。」
ずっと知りたかった、“レイン”の由来。二人とも意外にアッサリとした理由だった。何だか、似てる。
サニィとレイン。
陽日と雨宮。
太陽と雨。
対称的だけど、常に近くにある存在。
「じゃあ“雨宮レイン”が本名だね。」
「そんなわけねーだろ。」
「下の名前は?」
「もう教えない。」
「怒った?」
「怒ってない。」
「うそ、怒ってる。謝るよ、ごめんね雨宮。」
「雨宮言うな。」
くだらないやり取り、楽しいな。
アタシたちは今までのお互いに遠慮し合う一線を越えて、ふざけ口をたたき合える仲になった。
今夜、彼を誘って良かった。彼が来てくれて良かった。
バカなことを言い合って笑うアタシたち二人は、周りが見ればやっぱり恋人同士に見えただろう。
アタシたちは新宿駅で別れた。小田急線に乗り換えるアタシ、そのまま乗っていくレイン。
過ぎ去ってゆく列車に手を振ってレインを見送りながら、アタシは現実に引き戻された気分を味わっていた。
充足感とともに、少しの寂しさがほろ苦かった。




