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第2章 その7

感情の振り切れ度合いとアルコールの量が反応したんだろう。そこからアタシは急速に酔い潰れた。

気持ち悪くはならなかったけど、頭がフワフワして周りの状況がよく分からない。身体のバランスが取れなくなってきた。カウンターにお代わりを取りに行こうとして、立ち上がりきれずにレインの方へ大きくよろめく。

「おっと、大丈夫?」

彼が横から支えてくれた。彼の手の感触。アタシは情けなくて悔しいけど、それでも嬉しかった。

「いま、何時?」

「2時。」

今までも何度かレインが「電車は大丈夫か」と聞いてくれていたけど、アタシはこの時間を終わらせたくなくて聞き流していた。もうそんな時間。

「…アタシ、ダメかも。」

蚊の鳴くような声を聞きとるためにレインはアタシに顔を寄せた。彼の髪の匂いが、酔いすぎた胸に心地よく広がる。

誠実で優しくて親切で、近寄れない男。くそばか。

「家、どこ。」

「経堂。」

「ちょっと待ってて。待っててね。」

レインはアタシを慎重にイスに座らせて、どこかへ消えた。アタシは時間の経過が分からないまま、モウロウとしながらただそこに座っていた。

横にレインが来たのが、匂いで分かった。

「ほら、立てるか。行こう。」

そう言ってレインはアタシの腕を自分の肩に回した。アタシはヨロヨロと立ち上がった。レインはアタシを引きずるようにして歩き出した。

押し出すような音がして、心地よい外気が入ってくる。誰かがドアを開けてくれたみたい。アタシたちはゆっくりとミッションの外に出た。

アタシはされるがまま、果てしない酔いと脱力感の奥底で、もう一人のアタシが「やった!」と叫んでいた。

これは、一発逆転の展開な気がする。

急に柔らかい場所へ座らされた。革のシートの匂いがする、タクシーだな。

目が開いているのか、自分でもよく分からない。

「経堂まで。駅の方でいい?」

レインの問いにアタシは無言でうなずいた。アタシの左ももがレインの右ももに当たっているのが分かる。その感触にアタシは安心感とドキドキ感を同時に味わった。


途中、アタシは何度か意識を失ったけど、このチャンスを逃しちゃいけないと必死で寝ないようにがんばった。レインはタクシーが揺れるたびにアタシの身体がなるべく動かないように支えてくれていた。

「ねえ、経堂だよ。」

レインが言った。どれくらい乗っていたのか、アタシには時間の感覚がまるでない。

「ここからどう行くの。」

レインがアタシの顔を押さえて聞いてくる。いいぞ、いいぞ。

「…すずらん通り。奥の方。」

「運転手さん、すずらん通り真っすぐ。ゆっくりで。」

「お弁当屋さんの前…。」

「ここかな?すいません、ここで停めて下さい。」

タクシーが停まった。アタシには料金を支払う気力もなく、またもレインに甘えてしまった。高円寺から経堂まで3000円くらいだ、後で返さなきゃ。

いや、今後の関係によっては、そういう必要もなくなるかも。

アタシは再びレインに支えられタクシーを降りた。

アタシのマンションはお弁当屋さんの隣。こんな時間に人通りはなく、アタシとレインはよろけながらエントランスに入っていった。

エレベーターで部屋がある5階まで上がっていく間、アタシはレインに抱きつき肩に顔をうずめていた。

本当に力が入らなかったんだけど、もし入ったとしても同じようにしていたと思う。

部屋のドアの前でアタシはなかなか鍵が取り出せなくて、最後には落としてしまった。アタシを支えたままレインは苦労して床の鍵を取り上げた。ごめん、と思いながらもアタシはレインにますます身体を預ける。

この借りは、いっぱい返すからね。今から。

ようやくドアが開いた。

二人でもつれ合うように闇の中へ転がり込む。アタシは床に倒れ込んだ。

照明が付いた。レインが靴を脱がしてくれる。とってもいい気持ちだ。

レインはアタシを部屋の中へ、やや乱暴に引きずってベッドの上にドサッと投げ出した。ちょっと、痛い。もう少し、優しく。

ま、でも、いいや。

アタシは目を閉じたまま、レインがアタシに覆いかぶさってくるのを待ち構えた。

部屋の電気が消えた。

アタシは力なくストールを首から引き抜いた。

心臓のドキドキいう音だけが耳にこだましていた。


ドアが、バタンと音を立てた。

コンバースのパタパタという足音が遠ざかっていく。

そのまま辺りを静寂が包み込み、いくら待っても何の音も戻ってこなかった。

頭の中をなぜかレッド・ホット・チリ・ペッパーズの“バイ・ザ・ウェイ”の1小節がぐるぐるぐるぐると回り続ける。

“お前はそんなつもりじゃ決してなかったんだろう”

“お前はそんなつもりじゃ決してなかったんだろう”

“お前は…”

…なに、これ。

本番はここからでしょ?

信じられない。

レインは、行ってしまった!

アタシは思わず右手を挙げて、弱々しくベッドを叩いた。

「ばーかやろー…。」

最後の力を振り絞って発した声が、遠くの方で寝言みたいに響いている。

レインに向かって言ったのか、それとも自分に対してなのか。

アタシにも分からない。

そのまま、床に吸い込まれるようにアタシは意識を失った。


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