表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/58

第2章 その6

レインはアタシが持っていた音源に興味を持った。お互いにとっておきのレコードを披露しながら、アタシたちは情報を交換したりDJ談議を繰り広げた。

レインが持っている音源の中にはアタシが存在すら知らないようなレア盤もあったし、レインにとってもアタシの音源は興味津々だったみたい。

レインが最初のイメージよりもよく喋ることも意外に感じた。もっと寡黙な人だと勝手にイメージしていたんだけど。

でもレコードをチェックしている時の彼の眼は、ライヴ中と同じ真剣そのもの。集中力が高いからこそ、寡黙でハードなイメージがあるんだろうな。

レインとアタシはDJのキャリアもだいたい同じくらいだった。嬉しい共通点。

ミッション以外では新宿や中野、荻窪、吉祥寺などのライヴハウスを拠点にあちこちでスピンしているんだって。アタシは彼の出入りする場所を心のメモに書き留めた。来週は吉祥寺GBに出演する。絶対に、行かなきゃ。

彼とトークを繰り広げる一方、アタシはことあるごとにレインに対してさりげないアピールを繰り返していた。

ストールを外して後ろを振り向き、うなじ(に自信があるからこそ、今夜は髪をアップしてきた)を見せてみたり。

わざと足を組み替えて、それとなくチュニックの下をイメージさせてみたり。

別に今夜、これ以上何も起きなくても構わない。

ただ、アタシをこんな思いにさせたレイン…彼に、アタシのことを同じDJとしてだけでなく、女の子としても意識して欲しかった。それだけ。

もちろん、それ以上でもいいけど。

こんな気持ち、間違ってるかな?

そんなアタシの思いをよそに、レインはひたすらレコードの話に集中していた。こちらの涙ぐましい努力には気づく様子もない。アタシはひたすら空回り。

でもレインの顔はホントに楽しそうで、アタシは嬉しさともどかしさの合間でジタバタしていた。


アタシがビールからラムコークに切り替え、レインはペルノのロックなんてものを飲み始めた。アタシもひと口飲ませてもらったが…うえっ!よくこんなの飲めるなー。

今夜はずいぶん飲んでいる。お酒は強い方だけど、それにしても楽しすぎて量が過ぎちゃった。重いレコードバッグを抱えて、今夜はちゃんと帰れるかなあ。

少し舌が回らなくなってきたことを気にしながら、アタシはレインに切り出した。

「レイン、ちょっと聞いて。」

「うん?」

彼もかなり飲んでいるけど、全然平気みたい。白い肌がほんのり赤くなったのが唯一の変化で、それがまたキュートだ。

「アタシね、下北で自分のイヴェントやってるんだ。」

「うん。」

「良かったら、今度レインにも出演して欲しいんだけど。」

今夜、女の子としてのアタシはレインに振り向いてもらえなかった。悔しいけど惨敗。

なら、もう残るのはDJとしての繋がりだけ。何としても次にレインと会うちゃんとした理由が欲しい。

そして、できたらレインのDJを守田屋で聴きたい。

アタシの希望を、レインは黙って聞いていた。

「それさ。」

「うん。」

「それって…クラブ・イヴェントでしょ?」

「…そうだよ。」

「ごめん。俺、ライヴハウスでしか回さないんだ。クラブには出ない。」

BGMはいつの間にかクラッシュに変わっていた。“ロスト・イン・ザ・スーパーマーケット”が静かなこの空間に小さく小さく響いている。

“大事な探し物があってやって来たんだ どこに出しても恥ずかしくない人格ってやつを”

レインにコインを渡された時以上の、いやそれとは比べ物にならないくらいのショック。

彼に悪気がないのは分かってる。

だけど。

アタシは今まで自分のやってきたことが、下北沢が、守田屋が全て否定されたような気分を拭うことができなかった。

「どうして?」

思わず口調が激しくなる。酔いが本心と反対の方に口を滑らせた。レインにそんな態度は取りたくないのに。

「どうして、ダメなの?」

レインは困った顔をしていた。イヤだ、アタシは面倒な女にはなりたくない。

「説明するの、難しいんだけど…。」

ふくれっ面を抑え込みながら、アタシは神妙にうなずいた。

「サニィはライヴでDJやったことある?」

こんな時だけど、レインに初めて“サニィ”と呼んでもらった。変なタイミングで嬉しさを感じながら、アタシはかぶりを振った。そう、5年のDJキャリアの中で、アタシはライヴハウスで回した経験はない。

「そうか。」

レインは淡々と言った。バカにするでもなく、ただ了解といった口調。

「まあ、あえて言うなら…あそこは俺の居場所じゃなかった。それ以上は、説明が難しい。」

レインはアタシに向き直った。

「ごめん。お誘いはホントに嬉しい。でも、ポリシーだから。」

筋の通った話。彼には一点の非もない、初めて会った時から今に至るまで。これ以上食い下がれば、今度はアタシがただのワガママ女になる。いや、もうなってるかも。

そしてアタシは、女としてもDJとしてもレインにこれ以上近づく術を見つけられなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ