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第2章 その5

帰るタイミングを見失っちゃった。レインとはまだ少ししか話していない。これで引き上げるなんてイヤだな。

ガランとしたフロアにイスとテーブルが並べられていく。今夜はハコ打ち(ライヴハウス内での打ち上げ)みたい。

アタシはレコードバッグを抱えたままポツンとカウンターに座っていた。

知り合いは誰もいない。アタシは基本的にナミの付き合いでしかライヴハウスに来ないのだ。打ち上げに参加しちゃって良いものなのかな。

楽屋のドアからレインが出てきた。ガーゼ・シャツからモーターヘッドの黒いTシャツに着替えている。ロールアップしたジーンズに、Dr.マーチン(編み上げブーツ)。

彼はアタシの前を通り過ぎようとした。アタシは懇願するような目で彼を見つめる。

BGMにはサブライムの3枚目が小さい音で流れている。いま流れているのは“サンテリア”アタシが一番好きな曲。

“俺が何を言いたいのか 言葉にうまくできねえんだけどな”

そんな思いが伝わったかのように、彼はアタシの前を通り過ぎる瞬間に立ち止まってこっちを振り向いた。

「打ち上げ、出る?」

ハスキーなレインの声は聴きとりやすい。

アタシは2回目の勝負に出た。

「知り合い、誰もいないんだけど。飲み足りなくて。」

半分がホントで半分が嘘。「一緒にいたい」なんてとても言えないけど、お願い分かって。

「座ろうよ。」

レインはそう言って、テーブルに並んだパイプ椅子を2つ引き出した。

やったね!アタシは小躍りしたい気持ちを押さえてレインの隣に座った。

ミッションのハコ打ちは飲み放題。受付に1500円を払って、ビニール製のリストバンドを受け取った。飲みたい時はこれをバー・カウンターに見せればいい。

手間取るアタシを見かねて、レインがリストバンドを付けてくれた。アタシは平静を保つのに必死。

さっきまで遠くに見ていただけの彼が、今はこんな距離に!脈拍が上がってるのがバレないか、ちょっと心配。

みんなが戻ってきて手際よく乾杯があり、打ち上げが始まった。アタシも知らないパンクスたちとカップをぶつけ合う。

レインは誰とでも仲良く話すけど、自分から話しに行くことはない。アタシは心置きなくレインを独り占めした。

「ねえ。どうしてあんなこと、したの?」

怒りの感情はとっくに消えていたけど、アタシはどうしても聞いておきたかった。

「あんなって?」

「これ。」

アタシはそう言ってコインを見せた。

「あー、そうか。」

レインは申し訳なさそうにカップを置いた。

「誰だか分かんないのにいきなりビール来たから。正直、面食らってさ。」

そうか。

素性も知らない女がいきなりブースに酒を持って来たら、確かに引くかもね。

それでも、もしお調子者や軽い男だったら喜んで受け取るだろう。その先を期待したりして…つまり、レインがしっかりした男だって証明でもあったんだ。

アタシは自分の早合点を反省すると同時に、ますますレインに対する信頼を深めた。

「それで、前にここで『ビールが無くなったらブースに持ってきて』って頼んだことがあったから、今回もそれかなって。俺の勘違いだな、ごめん。」

「そうなんだ。選曲がとっても良かったから、差し入れたんだよ。」

「そうか悪い、ありがとう。」

アタシはレインにコインを返そうとしたが、レインは手を振って断った。

「もう終わったことだから。そのまま持ってて。」

「じゃあ、そうする。」

アッサリとアタシは引き下がった。だって、これはレインから初めてもらったプレゼントだから。アタシの宝物に決定。「DJでしょ?」

レインの言葉に、考えに浸っていたアタシはビクッとした。

「どうして分かるの?」

返事の代わりに、レインはアタシのレコードバッグを軽く叩いた。アタシは真っ赤になって下を向いた。やだ、バカみたい。今夜はどうも思い通りに行かないな。

「これからどっかで回すの?」

「ううん。もう終わって、それから来た。」

「ずいぶん早いな、最初からいたよね。マチネー(昼に行うライヴのこと)?」

「…まあ、そんなとこ。」

やっぱり言えないよ、ホントのところは。

「思い出した。先週も来てたよね?」

「うん!」

アタシは思わず大きな声を出した。レイン、気づいててくれたんだ。今夜が“初めまして”じゃなかったんだ。

「よく覚えてたね。」

「ブースの傍にいるのにノリもしないで人の手元ばっかり見て、レコードもチェックしてるやつはDJしかいないから。」

「あはは、バレてる。」

「あと、その大きいピアスね。」

アタシのこだわりフープ・ピアス。これがなきゃアタシじゃない。

「ライヴハウスでそういうのしてる子、少ないから。」

彼は人のことをよく観察している。フロアの状況を常に見ているんだ。やっぱり、すごいDJだ。

「ねえ、この子だれ。」

オールバックの男がアタシたちの間に割り込んできた。両腕から首元までタトゥーがびっしり、アゴにも星が並んでいる。目が細くて、人懐っこいけど不敵な顔つき。

この人、トリのバンドのギタリストだ。ちょっと恐いけど不思議と嫌な感じはしなかった。

「あ~…名前、なんだっけ?」

「サニィ。サニィだよ。」

「だって。あとは、もっか調査中。」

「よく調査して、あとで俺に報告な。」

ギタリストはそう言って笑いかけてきた。

「サニィちゃん、俺はタツです。よろしくー。」

「よろしくお願いします。」

アタシはタツさんと握手した。

「コイツに飽きたら、俺がいつでも相手するからね。」

そう言ってタツさんは向こうに行ってしまった。

「相変わらずだな。」

レインはそう言って笑っている。

「面白い人だね。」

「まあね。でも経験値はすごいよ。いろんなバンドで弾いてきてるし、すげー顔も広いし。本当はセンターに立ってる方が似合うんだけどな。」

そう言ってレインはビールを飲んだ。

アタシは不意に気づいた。

「レイン、タバコ吸っても大丈夫だよ。」

「ああ、悪いね。」

そう言って彼はマルボロに火をつけた。本当に礼儀正しいんだな。彼と比べると何だか自分のことが恥ずかしくなってきちゃう。アタシ、ここまで彼に嘘ばっかりついて。

「そう、俺はレイン。っていうか、何で俺の名前を知ってるの?」

アタシは慌てて嘘を重ねた。

「ああ、あの、ほら、フライヤーに…。」

「ああ、そっか。俺もバカだな。」

彼は納得して、アタシはホッとして。二人は顔を見合わせて笑った。

「俺はレイン。改めてよろしく。」

「サニィです。よろしく。」

2回目の握手。アタシたちはやっとスタートラインに立った。


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