第2章 その3
土曜日。
あっという間に夜が明けて、また土曜日だ。
アタシは気合い十分でベッドから飛び起きた。
守田屋から寄り道せずに帰宅し、睡眠をたっぷり取り、爽やかな朝…といってももう11時を回っているけど。
テレビの代わりにBGMをかける。ゴー・ゴー・スリーの“ベイビイ・グッドナイト”がご機嫌に部屋を満たした。
眠りたくないくらい 幸せな夜は
枕にほほうずめて そっと思い返すの
アタシ、ナイスDJ!
今日は1週間ぶりにレインに会える。
夢にまで出てきたレインのDJ。あのスピンを楽しみ、感じ、また圧倒されたい。
そして今夜こそレインと言葉を交わしたい。
レインにアタシという存在を知って欲しい。
アタシにばかり、こんな思いをさせて!
今度はたっぷりとお返ししてやるんだから。
そのために!アタシは今夜のコーディネイトを入念に選び始めた。まずは何といっても勝負下着から。とっておきの数枚をより分ける。
気が早い?いやいや。男と女、いつ何があるかは分からないんだから。アタシは真剣に検討を進めた。
「おーっ!サニィ、出力200%!」
守田屋に入るなり、ナミが大きい声を上げた。
当然の反応でしょ。アタシは現時点でのフルスペックを今夜のコーデにつぎ込んだ。
スカルデザインの白チュニックはプライベート・ブランドの超ミニ。合わせるのは黒いストッキング。シューズはマニッシュなローファーを選んだ。
一応ショートパンツを履いているけど、上からグレーのゆったりしたカーディガンを羽織ると、まるで大きめのTシャツだけで下に何も履いてないみたい。
首にボリュームのある黒ストールを巻き、髪の毛はアップしてきた。イメージはプライベートのエマ・ワトソン。シンプルだけど、絶対に自信のある組み合わせ。
「すげー、がんばってるじゃん。」
「まあね。」
ナミに絶賛されてアタシは自信を深めた。コーデに気を取られてギリギリまで選曲を忘れていたことは伏せておいた。
「守やん、どうかな?」
「俺がレインだったらサニィの前でひざまずくね。」
よーし、これで完ぺき!
こんないい女を目の前にして、果たしてレインがどんな反応をするのかニヤニヤと想像しながら、アタシはトッパー(1番手)としてDJブースに向かった。
守田屋から駅までダッシュで5分。息を切らせ下北沢駅から小田急線に乗り込んだアタシは、そこでやっと気がついた。
レコードバッグ、守田屋に預かってもらえば良かった!
直前まで選曲をすっかり忘れて、いい加減にいろいろ突っ込んできたせいでやたら重たい。あっせんなよ、アタシ。
2番手で登場したDJナミは、1曲目に“ユー・キャント・ハリー・ラヴ”を回してくれた。シュープリームスのオリジナルじゃなくて、ノッコがカヴァーしてるバージョン。“恋は焦らず”。友の心意気に感謝!
新宿で総武線に乗り換え、高円寺駅を出るとアタシはまたも走った。駅からミッションまでダッシュでやっぱり5分。急げば、最初のバンドが始まる前にレインのDJが聴けるかもしれない。早く!
レコードバッグを抱えるようにして、アタシはミッションの受付に転がり込んだ。“何だコイツ”と顔に書いてあるスタッフにチケット代を払って、もどかしく防音ドアを開ける。
大音量で耳に飛び込んできたのは…モッズの“壊れたエンジン”。まだバンドは始まっていない。間に合った!
先週と同じ奥の壁際で、DJレインはスピンしていた。
今夜の彼は色あせたアナーキー・マークのガーゼ・シャツ(金属ピンやリングでつなぎ合わせた、パンクファッションの定番アイテム)を着て、ハンチングを後ろ向きにかぶっている。真剣な表情でCDバッグを調べているその姿に、アタシは早くも釘づけになった。
吸い込まれるように彼の方に足が向く。スタート前で客入りはまばら。レインも最初から無理やり盛り上げるようなマネはせず、フロアが少しずつ温まっていくように選曲している。
彼がふと目を上げた。視線がアタシと交差し、アタシたちは初めて接触した。
自分がさっきからブースの前に突っ立って彼を見つめていたことに気づいた。たちまち頭の中が真っ白になる…やだ!
慌ててアタシはチョコンと頭を下げた。怪訝そうな顔をしながら彼は会釈を返してくれた。
アタシは逃げるようにバー・カウンターへ避難する。
このヘタレ女!
せっかくの機会。まだ人も少なくて、彼と話す絶好のチャンスだったのに。
何やってんだろ、アタシ。
ビールを注文しながら、気を取り直すようにアタシは自分に言い聞かせた。
“ま、とりあえずファーストコンタクト完了。”




