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夜の図書館

作者: 香枝ゆき

 ふっと電気が落とされて、私は暗闇を歩いた。

 辞典と大型図書を見いだして、閲覧机に積み上げていく。

 本の世界から帰ってくると、バイクのエンジン音だけがうるさくて、館内はしんという擬音が聞こえてきそうだ。

 スタンド灯の白い光を背に、閲覧室からフロアへと出た。

「おや、まだ起きているのかい?」

 本が語りかけてくる。

 ざわめきは静かに広がり、本棚を通りすぎるたびに物珍しげに注目された。

「珍しい」

「この時間に人間がいるぞ」

 本も寝静まった頃に休む。

 力を蓄える瞬間に私は一人目撃していた。

「夜を散歩しているのです」

 そう答えると、ともに行きたいという仲間たちと目があった。

 暗がりから外をうかがい、あかりの消えたホームをみやる。午前三時。空っぽのタクシー乗り場で車を待つ待機列。

 ほんのりと主張する空調の音。

「おかえり。たくさん連れて帰ってきたね」

「知りたいことがいっぱいなのです」

 首と肩に力が入って、そのたびに閉館後の図書館を闊歩する。

「そろそろ寝なさい、明日にさわるよ」

「はい。もう少しだけ」

 本棚のそばで床に座り、あぐらをかいてみる廃墟の写真。

 色鮮やかな花の見分け方。

 世界各地の図書館や地図の写真図。

 私には、知らないことが多くある。

「16冊でした」

「それだけ触れたらよいではないか」

「いいえ、私は知ったのです。あなたがた全員と、私はひとつになりえないのだと」

「そなたは絶望しているのか?」

「むしろ、晴れやかな気分です。人は智の探求者にはなれど、智そのものにはなれないのだとわかりましたから」

 いつのまにか時を刻んでいる針。重くなってくる頭と瞼。

「他者よりも優れているという思想を捨て、打ち負かしたいという欲望は消え、あるのは知りたいという欲求のみです」

「……主にはなれぬか」

「…………明日には俗世へ帰らなければ」

「いつか、我らとともに生きよう」

「ええ、またいつか」

 目が覚めると、つけっぱなしのスタンド灯があかあかと主張している。毛布にくるまっていた体をおこすとばきばきだ。

 壁掛け電波時計は朝の四時を指している。

 しらみはじめた空は非常灯のみだった館内を薄暗く照らし始めていた。

 隅から隅まで歩いても、本の声は聞こえない。

 ただただ自分の足音のみ響くだけ。

 彼らの存在はもう知覚できない。

 けれども、彼らの一部は、私のなかにある。

 私とともにいる。

 空中図書館から俗世へ戻っても。

 夜の図書館に私は存在し、それらは存在する。

 そして誰かを待っている。

 手にとってくれる誰かと、自分の一部となるなにかを。

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