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4. 世界なんて滅びればいいと思った

 冬の寒さがすぎ、そろそろサクラの芽がつきはじめたころ、オレは恭子の家に向かっていた。

 インターホンを押してピンポーンという音を立てたあと、スピーカー越しに恭子の母親の声が聞こえてきた。


「はい、どちらさまですか?」


「おれです。慎也です」


「ちょっとまっててね」


 少し待っていると、玄関扉のカギが解除されて中から中年のおっとりした顔の恭子の母親がでてきた。その顔は、以前みたよりもすこし疲れているように見えた。


「こんにちは、おばさん」


「いらっしゃい」


 オレはおばさんに招かれて中に入っていった。


「恭子なら、2階にいるからね」


 おばさんはオレ用にスリッパを用意してくれると、台所のほうに歩いていった。

 恭子は病院から一時帰宅の許可がでて、1週間ほど自宅にいると聞いていた。


 さっき、恭子から電話でいまから来てくれないかといわれたので、こうして恭子の家に来ていた。

 小学校のころから何度とおったかわからない階段を上りながら、恭子の自室の前にきた。


「はいるぞー」


 オレはいつものように、特に気にせずにドアを開けた。

 部屋の中には下着姿の恭子がズボンをはこうとしているのが見えた。


「ご、ごめん」


 白い肌と白いレースに縁取られた下着が目に入ってきて、オレは慌てて外にでてドアを閉めた。


「もういいよ~」


 中から、恭子の声が聞こえてきたので改めて中に入った。


「えと、さっきはすまん」


「うーん、やっぱりさっきみたいな状況のときは悲鳴でもあげたほうがよかったのだろうか。君はどう思う?」


 オレが顔を赤らめながら謝ると、恭子はニヤニヤと笑いながら聞いてきた。


「いや、おまえがそんな声だしたら反応に困るわ。というか、電話で呼び出したのになんで今着替えてるんだよ」


「きみきみ、女子のお出かけの準備には時間がかかるものなのだよ」


 男友達のような感覚で接してきたため、いまさら女らしい反応をされてもどう返せばいいかわからないだろう。

 だが、さきほどみた光景を思い出すと、やっぱりコイツも女だったんだなと思うと同時に、肉がおちて病的に白い肌はまるで……


「よし、じゃあ、いまから出かけようか」


 オレが考えていると、恭子が扉の方に歩いてオレを促してきた。


「いいのか? 体の調子悪いんじゃないのか」


「なにいってるんだい。医者の先生に一時帰宅を許されたわたしは、もう全快一歩手前だということだろう」


 体を見せ付けるように両手を大きく広げたが、首筋はやせ細り今にも折れそうだった。

 階段をおりていくと、おばさんが降りてくる恭子に気づいたようで声をかけてきた。


「まだ寒いから、ちゃんと着込んでいきなさいよ」


「だいじょうぶだよ」


 恭子はコートと首にまいたマフラーを見せるように、おばさんに体を向けた。


「ちょっとその辺にいってくるね」


「いってらっしゃい、慎也君も」


 微笑みながらおばさんはオレたちを送り出した。


 柔らかな日差しの中歩きだしたが、恭子の向かう先がわからなかった。


「いまからどこにいくんだ?」


「そうだな、世界を滅ぼすための下見といったところだね。さあて、どこから破壊するのが効果的かな」


 物騒な内容を口にしてる割には、恭子が周りの風景にむける目は柔らかなものだった。

 恭子は近所の見て周り、オレたちが通っていた地元の小学校の近くにいった。


「見てくれよ、トーテムポールまだあるぞ。わたしの作ったものが後輩たちに受け継がれているのだな」


 恭子の指差す先にはペンキがはげて木の地肌が見えるトーテムポールが見えた。

 あれは突然、恭子がトーテムポールを作り出したいといいだして、オレも付き合わされたものだった。

 そのへんの工事現場からもらった廃材を利用して作ったものだったが、凝り性の恭子が本物のデザインを参考にしながら作ったものだった。

 完成したトーテムポールを夜の間に学校の校庭の片隅に立てにいった。次の日、みんながこんなものあったっけと首をひねっていたが、恭子とオレが自信満々にあっただろというとみんな信じて、それ以来校庭の片隅に立ち続けていた。


 トーテムポールから恭子の方に視線を移すと、青白い顔をしていた。


「おい、恭子、おまえ顔色悪いぞ。大丈夫か?」


「寒さにでもあたったかな、そろそろ戻ろうか」


 恭子は力なく笑うと、家に戻った。


「今日はありがとう。君のおかげで世界の滅亡に一歩近づいたよ」


 そういうと、恭子は疲れたといって自室のベッドで横になった。

 オレは恭子にじゃあなといってから、階段をおりていくとおばさんが廊下に立っていた。


「今日はありがとね」


「いえ、そんなことは」


 おばさんは寂しげな笑顔をうかべていたので、オレも無理矢理へたくそな笑顔を返した。

 それから三日後、一時帰宅が終わり恭子は病院に戻った。

 


 3月となり、おれは春休み期間に入った。周りは休みにうかれているようだったが、オレの気分は最悪だった。

 病院にむかう足取りは重かった。


「こんにちは」


「ども」


 暗い表情をするオレに、いつもの受付の看護士のお姉さんは言葉少なく声をかけてきた。

 オレも短く挨拶を返すだけで、恭子の病室に向かった。


 病室の前にたどり着き、扉をノックしようと手を上げたがなかなか叩けなかった。

 ためらっていると、中からどうぞという小さな声が聞こえてきた。


「まったく、きみはなにをやってるんだい」


 中にはいると、ベッドに寝たままの恭子が苦笑していた。


「あー、ちょっと荷物が多くてな。ドア開けるのに手間取っていたんだ」


 オレは手に持ったかばんを掲げながら、肩をすくめた。こういう言い訳のしかたは、恭子の影響に染まったせいかもしれない。


「そうか」


 自分でも苦しい言い訳だとおもったので、こういうとき必ず恭子から辛口のツッコミが返ってくるのだが、何もなかった。

 恭子の様子はどこか疲れているような感じで、体はさらに痩せ細り肌の色は白を通りこして透き通るような青白い色となっていた。

 そんな恭子の様子をみながら、オレは無言でイスを引き寄せて座った。


「きみも、四月からは高二か、追いつかれてしまったなぁ」


「そうだな」


「もう、先輩とよんでもらえないのは寂しいな」


「もともとそんな呼び方してなかっただろうが」


「そうだったかな」


 ベッドに寝ながら恭子は口元にうっすらと笑みを浮かべた。


「最期に、君にお願いがあるんだ」


「なんだよ、最後といわずにいくらでもきいてやるぞ」


「それはいいな、他にもきいてもらいたいことはたくさんあるからな」


 そこで言葉を切った後に、恭子はまた言葉をつむぎだした。


「わたしの机の上から二番目の引き出しのなかに、君への進級祝いがはいっている。ぜひ、受け取ってくれ」


「それは、おまえから直接わたしてくれよ」


「そうだな、退院したら、そうするよ。少ししゃべりすぎたかな。眠るとするよ」


「じゃあ、また明日な」


「ああ、じゃあね」


 窓から見える風景はまだ明るかったが、オレは病室を後にした。


 

 それから数日後、恭子は息を引き取った。

 葬式に学生服を着て参列し、恭子の両親に挨拶した。

 二人とも、疲れた表情をしていた。


 やがて、火葬がすみ、恭子は灰になり小さな壺に収められた。

 オレは心にぽっかりと穴が開いたように感じながら、葬式のあと、自宅に戻るとドロのように眠った。

 

 春休み中ということもあり、だらだらとベッドの上で夢うつつの状態を過ごしていた。

 そんな状態を2,3日すごして、そろそろ学校にいくための準備をしないと思い、出されていた宿題に手をつけ始めた。


 分からないところがあり、机の引き出しにしまっていた教科書を出そうとしたところで、恭子からの頼まれごとを思い出した。

 いこうかどうしようか迷ったが、結局恭子の家に出向くことにした。


 インターホンを押すと、恭子の母親が出迎えてくれた。


「いらっしゃい、この間はありがとうね。きっと、恭子も喜んでくれたわ」


 おばさんはすこし涙ぐんでいて、この間の葬式のことなどを話した。

 仏壇の前に座って線香をたてた。その後、目的を果たすために恭子の部屋に行くことにした。


「おばさん、恭子の部屋に忘れ物したみたいだから、入らせてもらってもいい?」


「あら、いいわよ。あれから、そのままにしてあるからね。なんだか、手をだすことができなくってね」


 寂しそうに笑うおばさんになんと声をかければいいかわからいまま、オレは2階に上り恭子の部屋に入った。

 主のいない部屋はどこか寂しげな空気で満ちていた。


 恭子が使っていた机は壁際におかれていて、目的の上から2段目の引き出しを開けた。

 引き出しの中には一通の白い便箋が入っていた。


 表には『世界を滅ぼしたくなったら、開けること』と恭子の文字で書いてあった。

 オレはハァとため息をつきながら、ためらいなく便箋を開けていった。

 予想通り何も起きることはなく、中には2枚に分かれて手紙がつづられていた。


『これを開けてしまうとはなんてヤツだい。まあいい、これを見るころにはたぶんわたしはこの世にもういないのだろうからネタばらしをするよ』


 書き出しから恭子らしいなと思いながら読み進めていった。

 『実は、わたしは破壊神の生まれ変わりなどではなく、世界を滅ぼす力もなかったんだよ。君にみせたものは、ちょっとした情報から起こると知っていたことだったんだ。どうやってわかったかというのは割愛させてもらうよ』


「あー、うん、まあ知ってたよ」


 会うたびに世界を滅ぼすだなんていってたが、明らかに楽しんでいる風だったので、たぶん、演技なんだろうなと察しはついていた。

 苦笑しながら、もう一枚の内容に目を通した。


『それと、一つお願いがあるんだ。わたしの着替えがはいったタンスの奥にだな、その、きみのパンツが入っているから処分しておいてくれ』


「ハァ!?」


 中身を読み進めて、書かれていた内容に思わず声がでた。


『小学校のころ、君がわたしのくまさんパンツを盗んだことを知って、お返しに君のヒーローパンツを盗んでみたんだ。そのうち君からいってきたときに返そうとおもっていたのだが、何もいってこないものだから返しそびれてしまってね。頼む!! 両親が整理したときにそんなものがわたしの持ち物に入っていると知られたら、死んでも死に切れない!!』


 オレは無表情になりながら、手紙に書かれていた場所をさがすと、確かに昔オレがはいていたヒーローのプリントされたブリーフが見つかった。


『追伸 処分してくれたら、報酬にわたしのパンツを進呈しよう。好きなだけもっていってくれたまえ』


 最期まで読み終わった後、おれは顔を真っ赤にしながら手で覆ってうずくまった。


「たしかに、世界を滅ぼしたい気持ちになったよ。コンチクショウ!!」


 たしかに、小学校のころ、女子がどんなパンツをはいているか興味をもって、恭子の家に遊びにいったとき恭子が席を立った隙にパンツをタンスから一枚失敬したことがあった。


 次の日、ばれているかもしれないとドキドキしながらあいつに会ったが、特に変わった様子はなかった。

 まさか、その日うちに来たときに、オレのパンツをとっていたなんて思いもしなかった。


 オレは恥ずかしさで死にそうになりフーフーと荒い息を吐いていた。


 やがて、気分が落ち着き息を整えると立ち上がった。

 おばさんに挨拶したあと、恭子の家から出て行った。


「たしかにおまえの頼みごとは果たしたからな」


 オレはそうつぶやくと、右のポケットにいれたヒーローパンツと、左にいれた白いレースでふちどられたパンツをさわりながら、恭子のいない世界を歩き出した。

 最後の最後までヘンテコなやつで、あいつのことを思い出すとそのたびに笑いがこみ上げてくるだろう。


4話で完結の予定でしたが、次で完結となります。

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