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3. 経済破壊をすることにしたらしい

 冬の寒さがやわらいで、暖かな日差しを感じながら病院への道を歩いていた。

 受付で、いつもの看護士のお姉さんと話した。


「今日も恭子ちゃんのお見舞いかしら」


「ええ、まぁ」


「そう、早くよくなるといいわね」


 心配そうな顔をする看護士さんに挨拶を済ませて、恭子の病室にむかった。


 扉を空ける前から、病室のなかから人の話し声が聞こえてきた。珍しいこともあるものだと思いながら、扉をノックすると、どうぞという返事が帰ってきた。


「やあ、よくきたね」


 扉をあけると、ベッドに座りながらテレビをみている恭子がいた。

 部屋の中から聞こえていたのはテレビの声だったようだ。


 恭子の両親は忙しくあまり見舞いにこれていないことを心を痛めていた。二人とはオレが恭子の家に遊びにいったときによく会っていて、せめて二人の分まで恭子に見舞いに行こうと毎日病室を訪れていた。


「変わったものみているな」


 恭子が見ている番組は経済番組で、今日の日経株価の値動きなどが映し出されていた。


「株かぁ、頭使うらしいからオレには無理そうだわ」


「わたしも株自体には興味がないよ」


「じゃあ、なんでそんなもの見てるんだ」


「想像してごらん、この数字が上下するだけで喜んだり、悔しがったりする人が大勢いるんだよ。実におもしろいじゃあないか」


 こいつはよくこういうブラックなことをいいだすことがあり、そのたびに聞き流すようにしていた。


「そうだ、いいことを思いついた」


 恭子が楽しそうにニンマリと口の端を上げた。こいつがこういう顔をしたときは、たいていロクなことではなかった。

 次の瞬間、テレビに映し出されていた日経平均株価が一気に下がっていっていた。

 テロップがながれ株価の暴落が報じられた。


「どうだい、これも世界の滅亡の一つの形だろう」


 あまり知識のないオレでも、株価の大暴落をとっかかりに起きた大恐慌は知っていた。

 これはさすがにシャレにならない事態だった。


「いい子だから、やめような、なっ」


「止めたくば、我にこれで勝ってみせよ」


 恭子はベッドの下から、大きめのボードゲームを引きずり出した。


「人生ゲーム? どっからもってきたんだよ」


「入院患者の暇つぶし用に貸し出しされているから、看護士さんにいって借りてきた」


 いそいそとゲームボードを床に広げて、紙でつくられたゲーム用の紙幣を並べ始めた。


「さあ、はじめよう。世界の命運を決めたゲームを」


「わかったよ、ああ、もう」


 オレは仕方なく、床に直接胡坐をかいて座った。

 対面に座る恭子は満足そうにオレのことを見ていた。

 今から始める人生ゲームは、子供のころやったことのあるすごろく形式のボードゲームで、ルーレットの出目の通りにコマを進めて、止まったマスのイベントによって資産を増やしていくゲームだった。


 始めにルーレットを互いにまわすと、オレの出目の方が大きかったので、先行を取れた。


「おっしゃ、先行だ」


「おや、まあそれぐらいのハンデをあげないとね」


 恭子は余裕の笑みを浮かべていた。恭子の家に遊びにいったとき、人生ゲームをすることがあったがたいてい恭子に負けていた。いざというときのルーレット運が以上に良く、逆転されるというパターンが多かった。


 ルーレットを回しコマをすすめていくと、やがて職業選択のマスに止まった。


「サラリーマンかよ、うーん」


 サラリーマンは最初から最後までそこそこの給料がもらえる職業で堅実といえるものだったが、資産で大きく差をつけづらいというのが難点だった。


「君にぴったりじゃないか、どれ、わたしはなにかなっと」


 恭子のすすんだ職業選択のマスは野球選手だった。


「おお、これは幸先がいいね」


 野球選手はめったになれない職業で、初めから給料が多く、この時点で恭子の優勢が決まった。


「くそ、見てろよ」


 二人で黙々とルーレットを回していった。オレは必死になって、ルーレット結果がよくなるように祈っていた。そんなオレを恭子は楽しそうに見ていた。


 給料日のマスを通りすぎ資産を順調に増やしていきながら、やがて大きめのマスに止まった。このマスのように強制イベントを起こすマスでは、プレイヤーのコマは強制的にこのマスに止まる。


「結婚イベントか、よし、結婚するぞ」


 オレは結婚ルートのほうに進むことにした。ここでの選択によって進むルートが変わり、それぞれのルートでおきるイベントも差が出てくる。


 結婚ルートでは、大きく損はしないが給料以上の損失をださず手堅いものとなっている。

 資産を増やしていき、ゴール前にあるイベントマスで一発逆転をねらう作戦でいくことにした。


「そうか、君は結婚ルートか。じゃあ、わたしは独身貴族ルートでいくぞ」


 後から追いついてきた恭子はオレとは違うルートを選択した。独身貴族ルートでは、出費が増えるかわりに収入がふえるハイリスクハイリターンなものとなっている。


「おし、子供がうまれた」


 オレは結婚ルートのイベントマスに止まった。そこにとまると祝儀として他プレイヤーからお金を受け取ることができる。


「おめでとう、順風満帆じゃないか」


 恭子は口元に笑みをうかべながら、オレに紙幣を渡してきた。


「ふむ、わたしは株でもうけて、1000万の収入か。なんというかタイムリーなイベントになったな」


 恭子が止まったマスをみながら、おかしそうにクックッと笑っていた。

 今、現在もテレビでは株価暴落のニュースが流れていた。


 やがて、すすんだマス目は全体の半分以上をすぎて、終盤に差し掛かっていた。

 しかし、この時点ですでに恭子の資産はオレの2倍以上となっていて、かなり厳しい状況となっていた。

 だが、狙っていたゴール前の一発逆転イベントマスに来た。


「おれは勝負するぞ」


 沼とよばれる賭けイベントを受けるのはプレイヤーの自由となっている。ルーレットをまわして丁半を当てることで、資産が倍になるか0になるかが決定する。

 ある意味一番の勝負所となるせいか、ルーレット台をつかむオレの手は汗ばみ、ごくりとつばを飲み込んだ。


「丁だ、絶対に丁だ」


「ほんとかなぁ、後悔しない?」

 恭子はにやにやと笑いながら揺さぶるように聞き返してきた。


「大丈夫だ、変更なしだ」


 オレは自分に言い聞かせるようにつぶやいてから、ルーレットを勢い良く回した。

 回転していたルーレットはやがて遅くなり、4の数字をさしたところで止まった。


「うおっしゃあぁぁ!!」


 オレは思わず立ち上げって喜びの声を上げていた。

 そんなオレの様子を恭子が目を丸くしながら見ていた。


「おどろいたな、本当に当てるとは。いつもの君なら絶対にその賭けをやらないというのに」


「オレはやるときはやる男だぜ」


 これで恭子との資産はほぼ一緒となったが、若干負けていた。

 恭子もルーレットを回して、コマを前に進めていった。


「お、上がりだ」


 オレの順番でコマはゴールに到着した。ゴールしたときに先着順で賞金がもらえるため、これで資産は並んだ。


「君に先にいかれてしまったか……。さて、わたしも沼イベントをやろうかな」


 恭子の進むルートにも同じイベントマスが設置されていて、恭子は丁と予想した。


「いいのかぁ、それで?」


 オレはさっきのお返しとばかりに、恭子にゆさぶりをかけた。


「そうだな、ここはきみの助言をきいて、半に変えることにしよう」


 恭子はあっさりと意見を翻した。こういうとき自分の判断に絶対の自信をもつ恭子にしてはめずらしかった。

 ルーレットを回すと針はルーレットの一番大きい数である10をさしたところで止まった。

 恭子の予想した半は奇数であるため、偶数をだした恭子の負けとなった。


「残念、わたしのライフは0になってしまったよ。いやあ、しかし、こういうときだけ10がでるのは、なんともいえない気持ちになるね」


 恭子は肩をすくめながら、手持ちの紙幣を戻していった。


「さて、どうやら君の勝ちは確定のようだね」


 そういいながら、恭子はボードゲームをしまい始めようとした。

 だが、その行動はいつもの恭子らしくなかった。いつもならどんなに負けが確定した状況でも、最後までやろうとするのを呆れながら見ていた。


「どうしたんだ、恭子。おまえらしくないぞ」


「そうか、そうだね……。最後までやりとおすのが礼儀ってものだよね」


 恭子はルーレットを回して、コマをゴールさせた。

 それから、無言でゲームボードを箱にしまいおわったころには、窓から見える景色はすっかり暗くなっていた。


「明日には株価はもどっているはずだから、安心してくれ」


「そうか、じゃあ、またな」


 オレはどこか様子のおかしい恭子が気にかかったが、病室から出て行った。

 次の日、ニュースで某経済大国の大統領戦が決着した報じられ、恭子の言葉通りこの日のうちに平均株価がもどっていたことをテレビで見てホッと安心した。


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