2. ヒマだから世界を滅ぼすらしい
半年前にあったことはいまでも思い出せる。
恭子の調子が悪いといって、それが1週間続いたので病院にいった後、検査ということで入院したのを聞いた。
入院した恭子をいじってやろうと思って病院にいくと、ただの風邪でおおげさだなと本人は気楽そうだった。
トイレにいくために恭子がいた病室から抜け出すと、廊下で恭子の両親のおじさんとおばさんがつらそうな顔をしながら話しているのが見えた。
聞こえてくる会話の中から、恭子の寿命が1年もないことを知った。
オレはその場をそっと離れ、心を落ち着けようとしたところで、恭子が近づいてくるのが見えた。
そんなところで何をしてるんだと聞かれたが、おじさんたちの会話が聞こえないように恭子を強引に別の通路に誘導した。
なんだい強引だねと笑っている恭子にどんな顔を向ければいいかわからなかった。
恭子との接し方に迷ったのは、小学校のあの時以来だった。
その日から、恭子にばれないように注意を払いながらも、恭子がいなくなってしまう未来に焦りを感じながらも病室に通う日々が続いていた。
今のオレは、寒さが本格化してきてふきつけてくる冷たい風におもわず身震いしながら病院にむかっている。
「こんにちは、今日は寒かったわね」
「風を引いたときはお世話になりますね」
受付にいる顔なじみになった看護士の女性にあいさつを交わしながら、エレベーターに向かった。
5階に着き、恭子の病室の前にくると扉をノックした。
いつもなら、すぐに返事が返ってくるはずだが、すぐに帰ってこなかった。
寝てるのかと思いながら、音を立てないようにゆっくりとドアを引いた。
真っ白な部屋のなかにおかれたベッドの上に、足を崩して座りながらボーっと窓の外を見ている恭子の姿があった。
その視線はどこか遠くをみているようで、なにを考えているかオレにはわからなかった。
「よう、いるなら返事してくれよ」
オレが声をかけると恭子はびっくりしたように体をビクっと震わせた。
「あ、ああ、すまない。ちょっと考え事をしていてね」
「ふうん、なにか悩み事か?」
恭子の入院生活は既に半年を過ぎていて、一向に改善しない自分の病状について思い悩んでいるのだろうかと心配になった。
「実は、いますごくヒマなんだ。こう毎日同じ景色をみているだけだと新鮮味がなくてね」
恭子は活発な性格で、外を出歩くのが好きなやつだった。入院する前は、こいつに連れられていろんな場所にいっていた。
「そうか、なんか雑誌でも持ってこようか?」
「う~ん」
オレの提案に対してあまり気乗りしてない様子だった。
「そうだ、ヒマだし世界を滅ぼそうか」
「なんでだよ……」
恭子は近所のコンビニにアイスでも買いに行こうとでもいうような気軽さで言ってきたので、オレは頭痛がしそうだった。
「退屈な世界などわたしには不要なのだ。滅ぼされたくなければ、わたしを楽しませてみせよ」
恭子はベッドの上にたって腰に手をあてると、どこぞの大魔王のような口調でオレに言ってきた。
薄緑色のパジャマ姿で偉そうな態度をとっても、少しもそれらしくみえていなかった。
「勘弁してくれよ。オレにそういう才能なんてないから」
オレは学校のクラスの中でも特に目立つような性格でもなく、みんなの笑いをとれるようなお調子者でもなかった。
「ここに歩いてくるまでの間にみた面白いものでいいんだよ。例えば、あのサラリーマン風の男性」
恭子が指差す先には、人気がなく、まばらに木々が生えた公園のベンチに座る背広姿の男性がいた。
ちょうど男の立っている位置は、公園の木々に邪魔されて周りの道を歩いている人からは見えず、見えるのは病院の最上階にいるオレたちぐらいだろう。
「なんだよ、ただのリーマンのおっさんじゃねえか。疲れたから座って休んでいるんだろ」
「こんな冬の寒い中、喫茶店などにはいらず、わざわざ外に休憩するってのもおかしな話だろ」
「まあ、たしかにそうだな」
いわれてみると、確かにそうだとおもいながら恭子の言葉にうなづいた。
「おそらく、あれは誰かを待っているのだろう。そして、こんな寒い中待たせるわけにもいかないので、相手もすぐに来るはずだ」
十分ぐらいが経過したあたりで、かわいらしい白のコートに身をつつんだ大学生ぐらいの女性がうれしそうなに笑いながら小走りで男のもとにやってきた。
「ここで、さらに問題だ。この二人の関係性をあてて見ようか」
「う~ん、親子なんじゃないかな?」
二人の年の差は二周り以上離れているように見えたので、親子といっても間違いはないだろう。
「ぶぶー、はずれだ」
恭子は得意げな顔で、指を交差させて×印をつくった。
「なんで、って、ああっ!?」
公園にいた二人は周囲にひとがいないことを知っていたのか、熱い抱擁をかわし、抱き合ったままキスをしていた。
「恋人同士が正解さ」
オレは出歯亀をしているのに後ろめたさを感じて二人から視線をそらした。
「なんでわかったんだ」
「それはね、このまえ病院にあの二人が来ていたんだ。どうやら気分が悪くなった男性を、通りかかったあの女性がみつけて連れてきたらしい。その後、二人がどういう経緯で親密な関係になったのかは知らないけどね」
「んだよ、そんなの分かるわけないだろ」
「いやいや、ちゃんとヒントはあったろう。親子で待ち合わせるなら家でもいいわけだし、あんな人気のなくしかも周囲から見えずらい場所にいるって時点で、あの二人にはなにかあると察することができる」
得意げに語る恭子に一矢報いたくて、皮肉をいってやることにした。
「おまえもヒマだなぁ。そんなこと考えながら他人をみているだなんて」
「いやいや、案外おもしろいものだよ。特に病院というのは、人間関係の宝庫でね。この間ナースステーションの横をとおりがかったときに、ぐうぜん看護士たちが話している内緒話を耳にしたが、その内容も興味深かった」
「楽しそうでようございましたね」
笑いながら話す恭子を見ながら、オレは自分の心配は杞憂だったかと安心した。
それからとりとめもないことを話していると、院内放送で面会時間の終了が告げられた。
時計は午後7時の10分前をさし、外はすでに真っ暗だった。
「じゃあな、また明日」
「またね」
病室から出て行くオレに恭子が手を振っていた。