1. なんか世界を滅ぼすらしい
4話で終わる短めの話となっています。
秋に入り涼しいよりも寒いと感じるようになったころ、オレは市内のとある病院に向かう道を歩いていた。高校指定の学ランをきているが、そろそろコートでもだそうかと考えていた。
病院の到着しガラス製の自動ドアを通り、受付に向かった。
「今日もお疲れ様、毎日えらいわね」
「いえいえ、病院が帰り道の途中にあるので苦にはならないですよ」
半年近く病院に通い続けた結果、受付の看護士さんに顔を覚えられてこうして言葉を交わす仲になっていた。
受付を済ませると、エレベーターに乗って、操作盤の5Fのスイッチを押した。
誰も乗ってこないことを確認すると『閉』ボタンをおして、エレベーターの扉をしめた。
一人だけの空間には、エレベーターの駆動音だけが聞こえていた。
やがてチーンという電子音の後に、エレベーターが止まり鉄の扉が開いた。
エレベーターから降りると、何度もとおったリノリウムの床の廊下を歩いて、目的の病室に向かった。
たどりついた部屋の前で、扉をコンコンとノックをして返事をまった。
中から、はいどうぞ、という十年近く聞きなれた女子の声がドア越しに通ってきた。
オレは特に気負わずにがらりと扉を引いた。
病室の中は真っ白な壁で覆われ、ベッドが一つとテレビがおいてあるだけの殺風景なものだった。
部屋の主はベッドの上には身を起こして、窓から外を見ていた。
つややかな黒髪を肩までたらし、白い肌と病室の雰囲気もあいまってとても儚い印象を与えていた。
こいつは、オレの隣の家にすむ幼馴染で霧神恭子である。オレの1歳年上で高校二年生であるが、年も近かったため小学校のころからつるんでいた。
見た目にだまされるやつもいるがこいつはとんでもない性悪だった。煮え湯を飲まされたことはなんどもあり、それでもこうして付き合いがあるのは腐れ縁といえるのかもしれない。
「やあ、今日もきたね」
恭子はうっすらと笑いながらオレに向かって手をあげた。
「なんだ、めずらしいな。今日は本も読んでいないんだな」
恭子はこれまでに半年の病院生活を送っており、たいていは読書や新聞を読むなどして過ごしていた。
もともと読書家であったので、毎日静かに本を読めるといって、逆に入院生活を喜んでいた。
「うん、実はね……。これから世界を滅ぼそうと思うんだ」
恭子はもったいぶったように言葉を切った後、窓の方にまた視線を戻した。
「わたしの前世は破壊神だったらしく、今朝見た夢の中でそのことを知ったんだ」
オレは無言でナースコールのボタンを押そうとした。
「おいおい、なんでナースコールを押そうとしてるんだい。どこも悪くなってないのに看護師さんを呼んだら、向こうに迷惑になってしまうだろう」
恭子はひょうひょうとした様子で肩をすくめて見せた。
「はぁ、いきなり変なことをいいだすから、頭でも打ったかと思ったんだ」
「そんなドジはしないさ。まあ、いきなりこんなことをいっても信じやしないだろうな」
入院する前から恭子は、こんな調子でオレをからかってくることがあった。まあ、今回もオレをからかっているんだろうと、つきあってやることにした。
「そこの窓から見える山をみていてくれ」
「わかったわかった」
恭子の言葉にしたがって、窓から見える山に目をやった。標高もあまりなく、これといった特徴のない山で、冬に近づいたせいか全体的に茶色くなっていた。
さて何が起きるのかと思いながら見ていると、次の瞬間、山の頂上付近が爆発した。
山に生えていた木々は吹き飛び、地肌がみえる状態になっていた。
あたりには飛び散った土がまるで雲のように上空に漂っていた。
「はぁぁぁ!?」
オレはあんぐりと口をあけながら山を見つめていた。
そして、恭子のほうをみると自慢げに胸を張りながらこちらを見ていた。
「これがわたしの力だ!!」
「え、まじで、ほんとに恭子がやったの、これ?」
「だからいってるだろう、わたしがやったと」
どう反応すればいいかわからず混乱していると、恭子が言葉を続けた。
「これから、各国の主要都市を順に滅ぼしていく予定だ。まずはどこからいくか。アメリカ、ヨーロッパ、アジア、いつか行ってみたいとおもっていたが、まあ壊してしまうのだから関係ないな」
「いやいや、ちょっとまって、まてって」
オレは慌てながら恭子に声をかけた。
「なんだい、世界が滅びる前にいいたいことでもあるのかい」
「なんで、世界を滅ぼそうとしてるんだ」
「それはわたしの内なる破壊衝動によるものだ。必死に押さえつけようとしているのだ、無理そうだな」
言っていることとは裏腹に恭子の顔を涼しげだった。
「がんばれ恭子、まけるな恭子、オレはできると信じてるぞ」
「そんな言葉だけで、破壊神を抑えられるなら苦労はしないさ」
オレの言葉を意に介さず、恭子はスマホをいじって世界地図を画面に出して、各国の都市を表示しだした。
「なんか、いい方法はないのか? オレにできることなら何でもするぞ」
「ふむ、そうだな」
恭子はスマホをいじる手を止めて、考え始めた。
「破壊神の衝動を抑えるために、わたしの体を拘束してくれないか」
「わかった、どうすればいい!!」
「わたしの体をギュッと抱きしめてくれ」
そういって、恭子は勝ち誇ったようにニヤニヤと笑いながら、両手を前にだしてさあ来いといわんばかりの体勢をしていた。
オレは特に考えずに、恭子の背中に両手を回して抱擁した。オレが本当に抱きしめてくるとは思わなかったのか、恭子はヒョエッという言葉にならない声を上げた。
ほっそりと華奢な体つきで、あまり強く抱くと折れてしまいそうだった。
「ど、どうだ、大丈夫そうか?」
オレは力加減を調節しながら、恭子に尋ねた。
「う、うん。もうちょっとだよ」
オレのほうからは恭子の顔がみえず、今どういう表情をしているかわからなかったが、若干声がうわずっているように聞こえた。
そのまま抱きしめていると、恭子の体から心臓の鼓動が伝わってきた。ドクンドクンと脈打ち恭子がちゃんと生きているというのを感じた。
この鼓動を感じられるのは後どれぐらいだろうとかとう思いがふいによぎったとき、恭子が声をかけてきた。
「も、もう、大丈夫そうだ。体を離してくれないか」
「お、おう。そうか」
ゆっくりと体を離してから、恭子の顔をみると頬が赤くなっていた。
「意外に、君は大胆だな。普段のヘタレっぷりはどこにいったんだい」
「おまえがやれっていったんだろ!!」
オレは焦ってやったこととはいえ、いまさらながら自分のやったことを思い出して赤面した。
そこに、院内放送で面会時間の終了が告げられた。
時計をみると午後7時の10分前をさしていて、窓からみえる外の風景はすっかり暗くなっていた。
「じゃあな、また明日」
「ああ、またな」
後日、あれはガス爆発のせいであると聞いたが、あんな山中で何が原因で起きたのかは分からなかったそうだ。
そういえば、昔あの山に恭子と一緒に探検にいったとき、大量の産業廃棄物が捨て置かれているのを見つけたことがあった。なかには普段みないものがあり、ガスボンベなんてものもあったのを思い出した。