第4話 〜美しすぎる残念な女達、それと入隊〜
プシューー・・・
「・・・戻ってきたか」
ヴァーチャルトレーニングルームにある、大量の紅白のカプセルの内の一つが開く。中から出てきたのは汗だくになった巨漢、大島 大八であった。
大八は自分の身体を触る。自分の身体が穴だらけになっていない。自分の身体が血だらけになっていない。手にはレーザー銃を持っていない。脳天を貫かれていない。彼が必死で戦っていた場所は仮想空間だ。現実に戦ったわけではない。だから現実での彼の肉体は血だらけにも、穴だらけになってもいない。機人に脳天を撃ち抜かれ、殺されてもいない。レーザー銃を手に入れてもいない。
「・・・自分は、殺されたはずじゃ・・・」
だが、今の大八には、今いるこの空間が仮想空間なのか、それとも現実なのか、その区別が出来ずにいた。
「一時的に現実と仮想空間の区別がつかなくなるのが欠点だな。あのアホ女に改善してもらうように言っておくか」
仮想と現実の区別がつけられず、パニック状態に陥っている大八に、羽近はゆっくりと近づき、話しかける。
「君の意識が途絶える前、何があったか覚えているか?」
「意識が・・・途絶える前・・・」
意識が途絶える前、つまり大八が仮想空間で機人達に殺される前の事である。
第一試験をボロボロになりながらも乗り切った大八は、第二試験を受けるために、森の奥へと進んでいった。
だが、彼を待ち構えていたのは視界を覆いつくすほどの数の機人であった。そして、その全機が大八の巨体に銃口を向けていたのだ。
「嘘・・・ですよね?」
ボロボロになった自分を待ち構えていた機人達を見た大八は、笑っていた。いや、笑うことしか出来なかった。それは明るい笑いではなく、絶望の底に叩き落とされ、顔の引きつった乾いた笑いであった。
「では、第二試験だ。この状況、君たちならばどうする?」
羽近の声が聞こえてくる。この問題もまた第一試験の時のように何か意図がある。それは分かっていた。だが、先ほどのような考える余裕が、大八には残っていなかった。
だが、知らぬうちに大八は前に足を踏み出し、機人から奪い取ったレーザー銃を『それら』に向けていたのだ。彼の心の中に潜む何かにささやかれ、彼の身体は無意識のうちに動かされていたのだろう。そして、大八は無意識のうちに大きく息を吸い、無意識に機人達に向けて叫んだ。
「自分の名は大島 大八!日本に、世界に住む罪無き人々のために!たとえ最後の一兵になろうとも!最期まで!命尽き果てるまで!!私は機人と戦い続ける!!」
そう叫んだ後、レーザーを放ちながら敵中へと突撃していく。
だが、無常にも放ったレーザーは全て敵には届かなかった。それでも彼は突撃をやめなかった。逃げる事をやめなかった。
機人達もまた、大八がレーザーを撃ったように、一斉にレーザーを放つ。撃たれた全てのレーザーが、大八の巨体を貫く。胸を、脚を、腕を、心臓を、脳天を。
そして、そこで大八の意識は途絶えた。
「・・・無茶を承知で敵陣に突っ込んで、蜂の巣にされました」
第二試験で何が起きたのか、大八はこの一言でその全てをまとめた。
「いや、君の突撃は無謀ではあったが、愚かな事ではなかった。君のあの突撃は、勇気ある突撃だ。素晴らしいよ」
大八がどんな風に突撃したか、どんな風に死んだか。羽近は全て知っていた。大八の事だけではない。同じように試験を受けた、千人以上の志願者達の全ての行動を全て知っていた。
「大八君、君は機人達に特攻を仕掛ける前に、なんて叫んだか覚えているかい?」
「も、もちろん覚えていますが・・・」
「もう一度、私に対して言ってくれないか?」
羽近はそう言って優しく微笑む。その言葉を聞いた大八は、仮想空間でやったように大きく息を吸い、こう叫んだ。
「自分の名は大島 大八!日本に、世界に住む罪無き人々のために!たとえ最後の一兵になろうとも!最期まで!命尽き果てるまで!!私は機人と戦い続ける!!」
大八の叫びを聞いた羽近は大きな声で笑い出した。思いっきり、気が済むまで大声で笑った。気が済むまで笑った後、大八の大きな手を掴み、微笑みながらこう言った。
「おめでとう。今日から君は、大島 大八は、第8支部対機人隊の一員だ。」
羽近のその言葉を聞いた大八は、口をあんぐりと開け、呆然としていた。驚きと感激で言葉が出ないのだ。
「どうした、まだ信用できないか?今、お前が着ている服は何だ?」
「服・・・ですか?」
やっと話せるようになった大八は、恐る恐る、自分の着ている服を見てみた。それは、対機人隊に与えられる、黒のラインが入った銀色の特殊スーツであった。目の前にいる羽近と全く同じ服を着ていたのだ。
「こ、これは、いつの間に?」
「すごいであろう?それは、君たちがあのカプセルの中に入って仮想空間で試験を受けている間、ある一定の合格点を取った瞬間に装着されたのさ。君の場合、その『ある一定の合格点を取った瞬間』というのがあの気合いの入った叫びが発せられた瞬間だった、というわけだ」
「君『たち』?自分以外にも合格者がいるのですか?」
羽近のある一言が気になったのか、大八は羽近に問いかけた。
「何だ、気づいていなかったのか?君以外の19人の合格者が後ろにいるだろう。」
大八は言われた後、振り返って見てみる。そこには、確かに19人の合格者がいた。19人以外にも千人を超える志願者がいたはずだが、その姿は辺りを見回しても見当たらなかった。そして再び、大八は残った19人に目を向ける。知らない顔ばかりだったが、中には見覚えのある顔の者もいた。今は大八と同じように特殊スーツを着ているが、試験開始前は中世の騎士のような鎧兜で身を固めていた銀髪ショートの女、そして。
「小梅さん!!あなたも合格していたのですね!」
入り口で出会った赤髪の小さな女の子、小林 小梅の姿もそこにはあった。
「もちろんよ。アタシがこんなところでつまずくはずがないじゃない」
そっけない態度で大八に返答するも、小さな彼女の声は震えており、目には涙を浮かべていた。やはり、大八のことが心配だったのだ。出会ったばっかりの見ず知らずの男だというのに。
「まったく、アタシと交わした約束を破るんじゃないかと思っていたけど、その心配は・・・」
「あなたは!あなたこそ私が探していた白馬の王子!」
小梅の言葉を遮るようにそう言って、大八に走って近づいてくる銀髪ショートの女性がいた。そう、彼女こそ、『西洋の中世の時代に出てくるような鎧兜で身を固めていた銀髪の女性』である。
「あ、あの・・・『白馬の王子様』とは・・・」
いきなり『白馬の王子様』などと言われた大八は、さすがに困惑していた。だが、そんな彼にはお構い無しに話を続ける。
「私、『オリヴィア=ハスブルグ』と申します!『アルテミス王国』という小さな国の騎士団長!29歳独身です!!王子様!私とどうかお付き合いを!!」
「あの・・・」
やはり、大八の事なぞお構い無しに、オリヴィアと名乗った銀髪ショートの女性が目を輝かせながら大八へと強引に近づいてくる。大八は逃れようとして後ろへと下がっていく。だが、オリヴィアも負けじと近づいていく。
そして、大八はついに壁際へと追い詰められて、逃げ場を無くしてしまった。
「ついに!ついに出会うことが出来た!!私の追い求めていた理想の男性が!『身長2m以上で筋肉質で謙虚な私より強い男性』が!体格よし!性格よし!そして先ほどのあの発言!相手から一歩も引かない強い心!あんな発言はおいそれと簡単に言える事じゃない!だから強いに決まっている!」
どうやら、早口で喋っているこの銀髪の彼女の『理想の男性像』に大八がぴったりと当てはまってしまったらしく、大八を『白馬の王子様』と思い込んでいるようだ。
それにしても彼女の『理想の男性像』はとてつもなくハードルが高い。たとえ体格や性格を満たしたとしても、最後の『私より強い』という条件が待ち構えている。彼女は仮にも騎士団長。彼女に勝る実力を持つ者が少ないというのにあの体格の条件だ。なるほど、そりゃあ結婚出来ないわけだ。
「ちょ、ちょっと!世界観が全く違う世界からやってきただけならまだしも、出会ったばっかりの見ず知らずを人間に結婚を申し込むなんて、アンタどんな神経してるのよ!」
大八とオリヴィアの間に小梅が割り込んでくる。小さな彼女は銀髪の女性の脚を踏みつけながら言う。
「大八が困惑してるじゃない!やめなさいよ時代遅れ女!」
「なっ・・・!私を時代遅れだと言いたいのか貴様!!」
「当たり前でしょう!?今何世紀だと思ってるの!?千年以上前の時代からタイムスリップしてきたような格好してたし、騎士団長だとか王子様だとか王国だとか恥ずかしげもなく普通に言ってる時点で時代遅れに決まってるじゃない!それとも何?不思議ちゃんか何か?それとも今流行りの中二病か何か?」
「言わせておけば・・・死にたいか小娘ぇ!!私は仮にも騎士団長であるぞ!」
「『小娘』って言ったわねアンタぁ!!アタシみたいな小娘怒らせたらどうなるか思い知らせてやるわ!!」
「お前みたいな小娘に!そんな弱々しい身体のお前に!何が出来るというのだ!笑わせてくれる!!」
「やってやるわよ!アンタなんか私がコテンパンにしてやるわよ!!」
白熱した二人の言い争いをとめようと、大八は二人の間に割り込もうと試みる。
「あ、あの・・・」
「アンタは黙ってなさいデカブツ!!」
「王子様!女同士の戦いに入ってこないでください!」
「あ、あの・・・」
白熱した二人の気迫に圧倒され、大きな彼はこれ以上二人に何も言えなくなってしまった。
「と、とにかくだ!!」
言い争いを見ていた羽近は大きな声を上げる。ドスの効いたその声を聞いた二人の女はたちまちに言い争いをやめ、言い争いを見物していた他の志願者達も話すのをやめ、トレーニングルームはしん、と静まり返る。
「とにかく、だ。入隊おめでとう。これからこのメンバーは仲間だ。喧嘩せずに仲良く・・・」
「関羽さーーん!!もう試験終わったーー?」
羽近の言葉を遮るように、黒髪ポニーテールのメガネをかけた女性が、一糸纏わぬ、あられもない姿でやってきた。大広間の大きく重い扉を豪快に蹴破って。
「局長・・・人前に出る時は服を着てください」
「えー?何でー?服なんて邪魔でしかないじゃーん!それに服を着てたら皆、私のハダカが見られないでしょ?」
「普通はそんな恥ずかしげもなく裸体を晒さないと思うのですが・・・」
「私のこの超絶パーフェクトなボディーの何処に恥じる場所があるというのさ!無論!何処にもない!何故なら完璧だから!!」
この黒髪の女性には羽近の言葉に一切耳を傾ける様子が見られない。そんな彼女を、大八ただ一人を除いて、自分自身の下半身を手で押さえながら、まじまじと見ていた。
「羽近殿、この女性は一体・・・」
大八は手で目を覆いながら、羽近に問いかけた。羽近はため息をつき、言う。
「彼女の名前は『天王寺 御門』。この第8支部の開発部長であり、
第8支部対機人隊の全指揮を任されている総隊長でもある。 」
美しすぎるカードゲーム、とか昔ありましたね