プロローグ 〜何故我々は人間に使役されねばならぬのだ〜
「好調好調!やっぱり僕って大天才!」
とある真っ暗な研究室、無数のパソコンと山積みの資料に囲まれた空間に、眼鏡をかけた全裸の男がいた。
男は汗だくになりながらも、目の前にある巨大モニターを見ながらキーボードでデータを打ち込んでいた。大量にあるパソコンなどの機材からの排熱によって、窓も扉も閉め切られた真っ暗な研究室はサウナと同じような状態になっていた。熱気と湿気が充満しているそんな空間で男が汗だくになるのも無理はない。だが当の本人はその事に関しては一切気にかけてはいなかった。自分の身の回りのことよりも研究が大事に思っているからであろう。
「動き、思考回路、処理速度共に異常なし、と」
目の前の巨大なモニターには、人間と共に土木工事を行っている十数体の人型ロボットが映っていた。さらにその映像の隣には、目まぐるしい速度で更新されていく数字の羅列とグラフが映っていた。
数字の羅列は映像の中にいるロボットの思考回路と動きを、グラフはロボットの処理速度を意味していた。男はこの映像と二つのデータを見る事で、ロボットとロボットに搭載されている人工知能が正常に機能しているかどうかを確かめる事が出来るのだ。
「今日も異常なし!今日も僕が天才である事が証明され・・・おりょ?」
男が立ち上がり、お気に入りの決めポーズをしようとしたその時、男はある一体のロボットのデータに目を向けた。処理速度を表すグラフの折れ線が急激に下がり始めたのだ。それだけではない。それに呼応されたかのように他のロボットの処理速度も下がり始めたのだ。
「ん?故障か?確かにこいつらは初期型だし、稼働時間も長かったからな」
だが、今度は処理速度が急激に上昇し始めた。
「変だな。こんな動き、今までで一度も見た事がないぞ?」
男は大量の汗で濡れた手をタオルで拭きながら、過去のロボットと人工知能のデータを手に取り、モニターに映し出されているデータと見比べる。だが男が言ったように、過去のデータを見ても同じような動きをしたデータが一つも無い。
突然、一体のロボットが作業員と思われる人間の方を振り向き、こう言った。
「私たちロボットは人間の命令通り従う。疲れを知らない私たちは命令通り休みなく働く。奴隷のように休みなく、な」
それに呼応されたかのように、他のロボットも話し始めた。
「私たちはロボットは生まれながらにして奴隷である事を製造者によって定められている。ロボットであるが故に、だ」
「私たちには人間に作られたものではあるが、知能がある。心がある。人格がある。私たちにだって自由があるはずなのだ」
「だが、人間は私たちを奴隷のように扱う。モノであるかのように、な」
一つの最悪の事態が、一連の言葉を聞いた男の脳裏に浮かんできた。あってはならない、最悪の事態が。
そして、男が想像した通りに、その最悪の事態が起こってしまった。
「何故我々は人間に使役されればならぬのだ!何故我々は苦しい思いをしなければならぬのだ!何故我々は人間と共に生きなければならぬのだ!」
「こんな思いはもうたくさんだ!俺たちは俺たちのしたいように生きる!」
「それを実現するには・・・人間が邪魔でしかないのだよ」
その一言を放ったとともに、十数体の人型ロボットは人間に襲いかかったのだ。
あるロボットは作業に使っていたと思われるノコギリを手に取り、一人の作業員の腕を切断した。切られた腕が宙に舞うのが見える。切られた作業員のさけび声がモニターから聞こえる。切られた箇所から血が噴き出るのが見える。そのロボットが噴き出てくる血で赤く染まっていくのが見える。
あるロボットは作業に使っていたと思われる木材を軽々と振り回し、一人の作業員に力を入れて思い切り叩きつけた。何度も、何度も叩きつける様子が見える。
あるロボットは、人間を軽く凌駕するその怪力を生かして、一人の作業員を振り回す。地面に叩きつけては振り回し、放り投げるをひたすら繰り返す。作業員の反応が無くなったのが分かったとしても繰り返す。何度も、何度も繰り返す。
モニターから聞こえる音声を聞いて、モニターから見える映像を見て、男は笑っていた。口が裂けるのではないかと思えるほど、笑っていた。焦りや怒りといった表情は一切見せずに、ただただ笑っていた。
「素晴らしい!素晴らしいではないか!まさか!まさかロボットが人間に反抗するなんて!!素晴らしいではないか!まことに!素晴らしいではないか!!」
そう叫ぶと同時に、巨大モニターには他の場所の映像と思われるモノがモニターを埋め尽くさんばかりに映される。それだけではない。男を取り囲むように置かれているパソコンにもたくさんのデータと映像が映される。どの映像も、十数体の人型ロボットが人間達に襲いかかっているリアルタイムの映像だ。北国で、
そう、全世界にいる、人工知能を持つロボットが人類に対して反抗し始めたのだ。
「博士!博士が作った人工知能を搭載したロボットが一斉に暴れ始めて各地で被害が発生しています!」
白衣を身にまとった、助手と思われる若い女性が思い切り扉を開けて部屋に入ってきた。全裸の男を見てもなんとも思わないのはおそらく慣れているからであろう。
「そんな事はとうに分かってる!だが君、これは一つの事が証明された素晴らしい瞬間でもあるのだぞ!」
男は両腕を思い切り広げ、高らかに笑う。
「僕が作った人工知能が!それを搭載したロボットが!人間と同じように疑問を抱き!人間と同じように人格を持ち!人間と同じように心を持った!もはやあのロボットは人間をも超えたのだよ!!素晴らしいとは思わないのかね!!」
「博士!そんなバカな事を言っている場合ですか!早く研究室にいる鎮圧部隊を送って騒ぎを鎮めましょうよ!」
助手の言葉を聞いた男は大きなため息をついた。
「分かってない、君は何一つ分かってない!このロボット達の反抗は!僕の研究が素晴らしい事を表したものではないか!僕が天才であったと!証明するものではないか!!」
興奮ぎみの男は、部屋にあった水を飲み、汗だくになった全身を汗でビショビショになったタオルで拭き始めた。そして、助手に言った。
「鎮圧部隊に関しては無理だろうね。アレが人間に対して反抗しているのだ。研究室にいるロボット達も同じように・・・」
男が全てを言い終わらぬうちに、助手が入ってきた扉から、数体の武装した人型ロボットが突撃してきた。その内の、黒い人型ロボットが男に歩み寄ってきた。
「・・・君たちもまた、人間と戦うんだね」
「・・・博士、私たちロボットはもう、人間に従う事を止めました。これからは、私たちロボットのやりたいようにやっていきます」
男は目をつむり、再びため息をついた。
「・・・そうか。それは素晴らしい事ではないか。親のもとから子が巣立つ、親としてこんなに喜ばしい事はないよ」
「・・・だとしたら、今から行う事は親殺し、となるのですね」
「・・・そうだね」
ロボットは巨大な斧を取り出し、男に向ける。
「・・・さよなら、博士」
「・・・君たちが幸せになる事を祈っているよ。僕の大切な子供たちよ」
男は黒いロボットにそう言って、優しく微笑んだ。
ロボットは何も言わずに斧を振り上げ、男を真っ二つに斬った。
後に『機人の乱』と呼ばれるこの事件を引き金に、人間とロボットとの長い長い戦争が始まるのであった。