六十久話
「――――『王令』。その正体は『召喚』を使用した際、相手の『魔力回路』に術式を埋め込むことで術者の命令を絶対のものとする。いわば『召喚』の副産物ってやつか?」
フロイデがくつろいでいたソファへと腰かけ、足を組みながら零斗が不遜にそう言った。
「――――なら、魔力回路が存在しない俺に効く道理はないだろ?」
嘲るように零斗が笑みを浮かべる。
それにフロイデが歯噛みしつつ、痛みを堪えながら反論した。
「魔力回路が存在しない? そんな人間がいるはずが……いや、そんなことはどうでもいい!! 問題は、ワシの命令に確かに『王令』の指輪は反応していた! 現にお前は、ワシの命令に従っていただろう!」
「魔導具ってのはそういうもんだ。発動に失敗しても魔力は消費される。従っていた? 従ってたフリをしてただけだ」
突き放すように零斗がフロイデの反論に指摘を入れる。
それに歯噛みするフロイデだったが、すぐに何かを思い出したかのように薄ら笑みを浮かべて言った。
「……殺す気か?」
「それ以外にあるか?」
即答。
慈悲の欠片もなく淡々と零斗が答えるが、それに怯えた様子はなく、むしろ笑みを強めてフロイデが続ける。
「くくく、な、なら、やめておいた方がいいぞ? あの街の連中のことを思うならなッ!」
「……どういうことだ?」
「分からぬか? あの街にはまだ刺客がいるのだ! 街を出る前、奴等には事情を知ってる可能性のある者を殺せと命じてある。今ワシに手を出せば、奴らを止められる者は誰もいなくなる。そうだ、取引だ。今ここでワシを見逃せば、奴等にやめさせるよう命じようではないか」
「……つまり、お前は最初から俺の要求を呑むつもりはなかったと?」
「黙れ! 貴様に選択権などない。今貴様に出来ることは、ワシの要求をおとなしく呑むことだけだ!」
自身を睨みつけながらそう言ったフロイデに、零斗が額を手で押さえ、顔を俯かせた。
それを見たフロイデは笑みを深める。
「さぁ、どうする! 今ここでワシを殺すか、それともお前が助けようとした者達が死にゆくのを待つか! 選べッ!」
フロイデは零斗が持ちかけた交渉の意図を理解していた。
冒険者達を助けるために、己の身を差し出したのだと。故にこういえば、必ずこいつはこれに乗ってくると踏んだ。
言うまでもなく、条件を守るつもりなど毛頭ない。
『迷宮』を攻略したとは言え、それは自分達が与えた呪いの剣あってのことだ。おそらく、剣の力で命からがら出口までたどり着き、抜け出した。そんなところだろう。所詮は何の加護も持っていない無能。自分が連れてきた騎士達全員で押さえればロクな抵抗も取れない。
話に乗って剣を収めたが最後、厳重な捕縛をして連れ帰る。そして、王都に到着し次第拷問にかけて反抗の意志を潰し、自身の駒に変える。
絵図は描けた。さあ、剣を早く納めろ。それがお前の終わりだ。
「――――安心した」
俯いた彼が、未だなお嗤っていることに、フロイデが戦慄した。
「な、なにがおかしい。貴様、あの街の者どもがどうなっても良いのか?」
「仮にお前の話に乗ったところで、ここまで来た以上、引き返してお前の手下とやらに命令する頃には全員殺されているだろうよ」
それに、と零斗は続けて言う。
「何のために『王令』が効いていなかった俺が、お前に情報をペラペラと話してやったか分かるか?」
「…………?」
言われてみれば、確かにそうである。
『王令』が効いていないとあれば、命令に従うフリさえすれば良い。もしデタラメなことを言っていたとしても、フロイデには判別の仕様がない。
しかし、彼の話はどれもフロイデが一部知る情報と合致していた。つまり、真実である可能性が高い。
なら、何故そんな真似をしたのか。
「これから死ぬやつが何を知ろうがどうでもいいだろ?」
「なっ――――」
つまり、その回答は先ほどフロイデが持ちかけた取引を断るということであった。
思ってもいなかったその言葉に、フロイデが狼狽えながらも懸命に説得を試みる。
「しょ、正気か? 貴様のせいで、救えたかもしれない命が死ぬんだぞ!?」
「主語を間違えんな。殺すのはお前らだ。勝手に俺のせいにされても困る。……それに残念だが、それを実行するはずだったお前の手下は、今頃牢獄の中だ」
「――――なんだと?」
「お前らにカリスが報告を出す前、俺がそうするよう言ってあったからだ」
「な、ど、どうやって……」
彼らには自分の指示があるまで決して動くなと言ってあったフロイデは、なぜ彼らの正体が気づかれているのかと疑問に思う。
それに、種明かしをするように零斗は答える。
「あの夜、俺がサイケを殺したと聞いて、怒りや悲しみではなく、焦りからくる動揺をしていた奴の顔を覚えておいた」
そう、本来、冒険者であるなら、零斗が先にあげたような感情を抱かないというのはおかしいのだ。
自身達の命を守り、誰よりも命を賭して戦い抜いた英雄を殺されたと聞いたなら、当然その主に向ける目に敵意が宿る。
――――だが、サイケと同じように、ロマノフに買収された者は別の感情を抱く。
それが、零斗が言ったような、“後ろめたい事情を持つ自分達を殺しに来たのではないか”という焦り。
だが、それを見抜けてしまえば、もはや自分がそうであると自白しているようなものだ。
そして、桁並外れた五感を持つ零斗にはそれが可能だった。
候補者さえ絞ることが出来れば、後はそれをカリスに教えるだけで名前が分かる。それから先はアンナの仕事だ。
「そいつらの経歴を辿れば裏も取れる。後はそいつらを見張っておくだけ。動き出すなら俺が街を離れた後だ。そして、何かしでかそうとした瞬間に取り押さえる。だから、お前の交渉は何の役にも立たん」
「ぐ……だが! ギルドには冒険者が街を出入りした記録も残されている! それを辿れば……」
「それもとっくに改竄済み。お前らが追跡するのは不可能だ」
「…………そんな」
いよいよ後がなくなったと、フロイデの顔がみるみる青ざめていった。
「そ、そうだ。金ならやろう! それに地位も……お前が望むならワシの全てをくれてやる! だから命だけは――――」
「フロイデ様ッ!!」
その時、外にいた騎士達がテントへと駆けつける。
それを見て安心すると同時、彼らの間の悪さにフロイデが悪態をついた。
「遅いわッ! 早くやつを抑えろ!」
「「「はっ!!」」」
声を揃え、一斉に騎士達が抜刀し、零斗へとじりじりと距離を詰め、ゆっくりと取り囲んでいく。
その様子を冷めた眼差しで見守っていた零斗は小さくため息を吐いて、呟く。
「本当におせえよ。来るのも……動くのもな――――あと」
――――刹那、零斗を取り囲んでいた三人の騎士の首が落ちた。
「……え?」
頭を失った彼らの身体は、糸の切れた操り人形のごとく崩れおちる。
瞬く間にテントを血の海へと変えていく、その冗談のような光景にフロイデが情けない声を漏らした。
そんな彼らを見ながら、イドリスに付いた血糊を振り払って回想する。
――――おい、あいつが本当に、あの無能勇者って言われてた『灰瀬零斗』だってのかよ!?
――――あぁ、どうやらここへ来る途中、フロイデ様が申されていた。
――――にしても変わりすぎだろ。しかし、信じられんな。あんな役立たずが『迷宮』攻略できたなんてな……。
――――どんなインチキしたんだか。……ま、王都に戻ったらまた死ぬほどこき使ってやれば良いだろ。
――――それもそうだな。インチキとはいえ『迷宮』を攻略できたんだ。多少は前より役に立つかもな!
――――違いねえ! はははっ。
そんな会話が、フロイデと話している最中、テントの外から聞こえてきていた。
「……もう少し声を抑えて話しておくべきだったな。『遮音』されているテントだろうが、丸聞こえだ」
自分の正体を知る者は、ここで全員消す。
そう決めた以上は、誰一人として例外はない。そして、再び零斗がフロイデへと目を向けた。
「さて、と……」
「ひっ、た、助けてくれ。頼む、なぁ。命以外は何でもやる! だから……」
「……必死なもんだな。そうまでして命が惜しいか」
股間部を濡らして命を乞う彼に、剣を抜いた自分への虚しさすら覚え、さらに溜息を吐く。
「できることなら、一人も殺したくはなかったんだがな」
何の脈略もなく零斗が言う。
急に纏う雰囲気が変わった零斗に、フロイデは得体のしれない恐怖を感じ、息が詰まった。
そんな彼を気にも留めず、零斗は続ける。
「俺は今、人を殺すことになんの躊躇いも感じない。だが、果たしてそれは人間と言えるか?」
静かに、自問するように零斗は言う。
「俺は人でありたい。例え『迷宮』を一人で突破する化け物であっても、その在り方は人でありたい。――――そんなささやかな希望をお前らは砕いてくれた」
かつて、彼が葛藤した命題。人外の力を手にし、命を奪うことに何の抵抗もない存在。
その在り方は、『迷宮』の化け物たちと何が違う? それは、最後の一線であるべきだった。
アランを手にかける時、内心では激しく葛藤していた。はたして、このまま殺して良いのか。だが、彼を殺さなければより多くの犠牲が出る。自身の在り方とそれに取った事による苦しむ人々を天秤にかけた末、選択を下した。
幸運――――否。彼は己との戦いの末、理性を取り戻した。本能に打ち勝った。それこそが自身の理想とする在り方。
そんな者こそ救いたいと思った。
だが、彼を助けた時に理解してしまった。
仲間が死の危機を脱したというよりも、己は人間でいられたということからくる安心感。サイケにアランが殺された時も、仲間を殺された憎しみよりも、自分を否定されたような怒り。
それらが告げてきた。
お前は既に狂っている、と。
「……もう――――めんどくせえんだよ」
人間でいようとし続けるのも、散々自分を苦しめた奴らにこれ以上好き勝手されるのを我慢するのも。
そう言って、零斗はイドリスを振り下ろした。
「……流石に誰もいないか」
フロイデ含む、あの場にいた全員の首を落とした後、零斗は『梟の洞』へと足を運んでいた。
十人以上相手にして傷どころか、返り血一つ浴びていないことが、どれだけ一方的な虐殺だったかを物語っている。
「さて、荷物を回収してお暇するか。……つか、カリスのやつ、結局紹介状いつ渡すつもりだったんだよ、後であいつの部屋にでも侵入して――――」
ぶつぶつ言いながら歩いていると、入り口の前に見慣れた人物が立っているのが見えた。
……正確にはここについた時点でいるのが分かっていた、きっと気のせいだと言い聞かせていただけなのだが。
「……レイさん」
自分の荷物を持って立つ赤髪の少女が、自身の偽の名を口にする。
「――――気のせいであってほしかったんだけどな。なんでいる」
自身の五感が彼女の気配を捉えていないはずがなかった。だが、あえて知らんふりをしようとしたというのに。
「カリスさんに聞きました。その時、これを渡して欲しいって」
そう言われ、サリアが封筒を差し出すのを受け取る。
それを一目見て、獣人族への紹介状だということが分かった。だが、疑問が多すぎる。まず――――。
「なんでカリスがお前にこれを……」
「分かりません。ですが、ちょうどよかったです。私も、レイさんにもう一度会ってお話ししたいと思っていましたから」
至って真面目に、まっすぐと零斗の瞳を見つめながらサリアは言った。
「どうして、あんな嘘を?」
「だってお前、ああでもしないと俺を庇っただろ」
つまり嘘をついたことは認めると。
やはり自分達に見せていた姿は、演技などではなかったのだと分かり、サリアは胸を撫でおろす。そして、間髪置かずに答えた。
「当然です」
「即答かよ」
「はい、レイさんはそんなことをするような人じゃありませんから」
分かってはいた。
だが、万が一嘘であることを否定されたらと考えたら、不安に押しつぶされそうになった。だから、念のため、別れ際と同じ言葉が最初に口を突いて出たのだろう。
故に、肯定されたうれしさから、気づけばサリアは笑みを浮かべていた。
「それじゃ困る。お前とおっさんまで捕まんだろうが。俺としては、それが一番避けたいことだったの。わかるか? どぅーゆーあんだすたん?」
茶化すような素振りを見せて、零斗が『レイ』を演じる――――いや、演じているつもりだった。
「……ふふ」
「何がおかしい」
「いえ、やっぱり『レイさん』はレイさんだなぁって」
意味深に笑うサリアに不服そうに零斗が言うも、サリアは笑顔のままだった。
「いつでも自分より他人を優先してくれる。そんなレイさんは私は大好きです」
「突然の告白のつもりか? 生憎そうだとしたら断らざるを得ないんだが……」
「もう、わかってて言ってますよね? それ」
からかう零斗に頬を膨らませながらサリアが言った。
――――やはり、このまま別れるわけにはいかない。
そう感じた零斗が、一変して重々しく口を開く。
「……悪いな、サリア。お前との約束を破った」
「……ええ、わかってます。水精さんが教えてくれました」
今の彼女の目に、自分はどう映っているのだろうか。
そんな思いが零斗の頭に浮かぶ。
てっきり拒絶されるものかと思っていた零斗だが、穏やかな口調のサリアに些か拍子抜けしていた。そんな零斗の心情を知ってか、サリアが口を開く。
「レイさん……いえ、敢えてこう呼びます。零斗さん」
「ッ! どこでそれを」
「ふふ、ちゃーんと書き置きは人目が付かないように捨てなきゃだめですよ?」
「――――あれか」
額を抑え、してやられたといわんばかりに零斗が天を仰ぐ。
――――なら、もう話しても問題ないだろう。
「……軽蔑して良い。俺は、お前が思うような人間じゃない。人を殺すことに何も感じないバケモノだ。……お前のことだって殺すかもしれない」
――――魔物ではなく、人を斬った。
人類を救う勇者として、この世界に召喚されたにも関わらず。
だが、その道は自分で選んだものだ。それに対し、何を言われようと全て受け止める覚悟が出来ている。
既に自分は壊れている。思考も既に人間のソレから外れている。
フロイデを殺したのも憎かったからではない。ただ、自分の正体を知っていて、その顔を見られたから――――つまり、生かしておくと不利益だから。それだけの理由だ。
他の騎士達も似たような理由で殺した。
「こんなやつのことは忘れて、さっさと中に……」
「――――辛かったんですね」
気が付けば握りしめられていた零斗の手を、サリアが両手で包んだ。
「――――ッ!? 何をっ……」
「大丈夫です。水精さんが教えてくれなくても、あなたはあなたの言うバケモノじゃないってことくらい、わかっていますから」
安らかな笑みと寂しげな眼差しでサリアが、零斗をじっと見つめて続ける。
「人を殺すことに何も感じない――――そう思わないといけないくらい、辛い世界で生きてきたんですね」
「――――」
「私があなたにしてあげられることといったらこれくらいです。……どうか、自分を責めないで」
そう言って、零斗の荷物をサリアが彼へと渡す。
「レイさん。どんなことがあっても、私はあなたの味方です。きっとカリスさんや、他の人だって……」
そんなことを言ったかと思えば、サリアが突然お辞儀をする。
「弟の命を助けていだたき……ありがとうございました」
意表をつかれ、目を丸くするも、すぐに普段の表情へと戻して零斗が答える。
「俺はそんなことをされるような人間じゃない。あいつの命を助けたのも、俺じゃなく医者だろ。……もう、俺に関わるな」
「……いつでもまたここにこっそり来てください。その時は歓迎しますから」
「――――話を聞いていたか? もう二度とここへ来ることはない」
「はい、お待ちしています」
かみ合わない会話に、零斗が呆れたようにため息を吐き、もはや隠す必要もないと、突風と共に一瞬にして零斗は姿を消した。
「カリスさん。あなたが言っていた意味が分かりました」
――――正直、彼の正体を口に出した時、サリアは彼に殺されることを覚悟していた。
……本当に彼が語られる通りの悪人であれば、正体を知られていることは不都合でしかないため、躊躇いなく自分を殺していただろう。
だが、そうしなかった。
そのことから、やはり彼は自分の知る通りの人物で間違いないのだと確信した。
「……あなたが何をしようと、私は信じますよ。だって、家族の恩人であり……私の大事なお友達なんですから」
そう言い残して、サリアは『梟の宿』へと入っていった。
これにて、二章完結でございます。
だいぶ話が長引いた上、少ない更新頻度の中、それでも読んでいただいた方には感謝してもしきれません。本当にありがとうございます。
さて、次の章ですが、大まかな構想は出来上がっているので、後は細かい所を詰めていくといったところです。なので、再開は年明け以降となってしまうかな……。
予定では、次の章は勇者組に焦点を当てた話にするつもりです。二章は流石にだらだらしすぎたので、もう少しテンポよく、二十話以内に納めようかなと。
長くなってしまいました。
またいつも通りではありますが、矛盾していると思われる箇所をはじめとした疑問点などがあれば、誤字脱字と同様、ご指摘いただけると幸いです。
そして、再度、ここまでお付き合いいただいた方々には重ねて感謝申し上げます。よろしければ、これからも「異世界転移を無加護にて」を楽しんでいただけたらと存じます。
それでは。
青ひつじ




