六十八話
無事に野営の支度が済んで、フロイデは設営されたモノの中でも一際大きなテントへと入る。
その内装は、テントであると言うのに豪邸の一室であると錯覚するほどに豪華であり、ランタン一つとってもまるでシャンデリアのようである。
そのことから、その光景がどれほどのものであるか想像してもらえるのではないだろうか。
そんな中でフロイデは、一人掛けのソファに身体を沈みこませていつも通り頬杖をつく。
対して、枷を嵌められたままの零斗は、魔導車からここまで引かれ、テントの床へと座らされていた。
「ふむ。よしお主ら、もう下がって良いぞ」
「はっ、しかしフロイデ様。この者と二人きりになられても大丈夫なのですか?」
零斗を連れてきた騎士の内の一人が、彼を一瞥してそうフロイデに問う。
「この指輪がある限り、この男はワシに逆らえん。問題ない、下がれ」
「「はっ」」
命じられるがままに、騎士の二人が揃ってテントから出ていった。
そうして、二人になってからフロイデが中を見渡して、零斗に笑いながら言う。
「……大したものだろう。これほどの物を運べる『宝物庫』はワシくらいの地位でないと与えられんからな」
明らかに魔導車に収まりきらない物量がテント内に存在する理由は、フロイデの持つ『王令』とはまた違う指輪にあった。
それが、異空間に物を収納することが出来る魔法『宝物庫』が込められた、翠色の宝石が付いた指輪である。
かつて、名だたる魔導士達がその知識と技術を総動員して作ったとされる逸品。彼が言う通り現存するものは非常に希少で、かつ現在作成できる者がいないという理由から、ラベンド国内にあるその全てを王宮が独占し、さらにその中でもごく一部のものにしか所持を許されていない。
故に、自慢げに語るフロイデ。――――尤も、そのどちらも起動時に莫大な魔力を消耗するため、もう片方の手にはいずれも最高品質の魔法石がはめられた指輪をしているのだが、彼の沽券にかかわるからか触れられることはなかった。
しかし、虚ろな瞳をした零斗がそれに反応するわけもなく、フロイデがすぐにつまらなそうなため息を吐いて続ける。
「はぁ、まあ今の貴様に言ってもしょうがないことだったな。……では、約束通り、貴様が『迷宮』にて知りえた知識を全てここで話してもらおう」
「……ここで、でしょうか?」
跪いた姿勢から顔を上げ、怪訝な眼差しでフロイデを見上げる零斗。
「当然だ、何のためにワシがここまで足を運んだと思っている? ――――誰よりも先に貴様から情報を聞き出し、それを独占するために決まっておろう」
野心を宿した目を見開きながら、フロイデが嗤う。
「くくく、ようやくワシにもツキが回ってきたらしい。ハイセ・レイト、貴様が現れた場所がワシの管轄する『タルデ』だったのは実に幸運だった。何せ、あそこから来る報告は全てワシの元へと集まるのだからな」
「……なるほど。そういうことでしたか」
「合点がいったようだな。その通り――――ワシは陛下に今回の件をまだ伝えておらん」
騎士が聞けば驚愕するであろう事実を、悪びれる様子なくフロイデが告白する。
「このことを陛下に知れた時、処刑は免れんだろう。だが、ハイセ・レイトが生きていることを知っているのは現在ワシをおいて他にいない。あとは貴様をどこかに幽閉でもしておけば、漏れることもなかろう。今同行してる部下たちには約束された『迷宮』攻略を餌に口封じもしてあるからな」
「……となると、私を生かすおつもりでしょうか?」
てっきり必要な情報だけ聞き出されたら殺されるものだと思っていた零斗が、そんな疑問を口にする。
「当然だろう。木偶とはいえど『迷宮』を生きて脱出したことは評価に値する。その戦力がこの指輪一つで自由に動かせるというのだ。そんな使い勝手の良い手駒を潰す理由もあるまい?」
下衆な考えだが、理には適っている。
『呪われた剣』があったとはいえ、攻略した人間がこれまでの人類史を遡っても数人程度と言われる『迷宮』を、零斗は踏破したのだ。
少なくとも、先ほど出ていかせた騎士よりは遥かに役立つことだろう。
「まずは貴様の持つ『迷宮』の情報を元に攻略隊を組織する。出現する魔物、罠、構造。そのすべてを把握した『迷宮』の攻略など容易い。そこで得た魔道具、財宝をもとに、ワシはさらなる地位を得る」
高らかに笑いながら自身の野望を語るフロイデに、もはや零斗は言葉もなかった。
「さぁ《話せ》ッッ!! 貴様は何を見て、何を知った!? そのすべてをワシに《明かす》のだ!!」
そう言ってフロイデが零斗へとにじり寄る。
これから得られるであろう物を想像し、興奮した様子を抑えきれずにいる彼は、もはや貴族の気品など微塵も感じられなかった。
しかし、『王令』に縛られている零斗は嫌悪感を抱くことすら許されない。彼が出来るのは、ただ命令通りに口を開くことだけだった。
そして、望むがままに零斗は言葉を紡ぐ。
「――――《超越種》。この存在をフロイデ様はご存じですね?」
「――――ッッ!?」
その単語を聞いた途端、フロイデは全思考が停止した。
「……なぜ、貴様がそれを知っている」
「おや、知っていて私を『迷宮』に送り出したものだと思っていましたが」
嫌味とも聞き取れる口調で零斗は答えた。
まさか、服従が完全ではなかった?
そんな考えが脳裏によぎり、思わず『王令』が発動していることをフロイデは確認する。指輪の様子は一切の変化がない。
服従に問題はない。ならば純粋な疑問か。
そんなことよりも、零斗の発言に動揺を隠せず怒鳴り散らした。
「そんなことは聞いておらんッ! なぜ貴様が――――ワシらが今、最も求めている存在を知っているのかと聞いておるのだッッ!!」
「……『迷宮』を越えたさらに奥。そこに『聖戦』を記した書物が置かれていました」
「っ、まさか貴様……」
そんなフロイデの言葉に、ふっと零斗が笑みを零した。
「えぇ、知っております。遠い昔、実在したとされる『勇者』と『魔王』――――その力をあなた方は狙っておられることも。さぁ、お望み通りお話しましょう。俺の知り得る『迷宮』で得られた知識――――その全てを」
■■■
「レイさん……どうして」
場所は『梟の洞』。
あの後、無事、身柄を解放されたサリアは、歓喜を露わにした両親に迎えられたが、彼女の様子に違和感を覚えた彼らに今日は休むよう言われ、自室のベッドに突っ伏していた。
その手に握られているのは、彼が書き残したと思われる一片の紙きれ。
「そんな人には見えなかった……。あなたが王様を殺そうとしてしまうような悪人にはとても……」
その内容から、サリアは『レイ』の正体を何となく悟っていた。
『元の世界』『魔王』という情報から、彼が魔王を倒すため、異世界から呼び寄せられた勇者の一人であること。加えて、勇者一行の中の誰かが単独で行動しているという報道を耳にしたこともないことから、導かれるのはただ一人。
国家転覆を企て、国外追放を受けた大罪人であり、元勇者という肩書を持つ『灰瀬零斗』。
しかし、彼女の記憶にある彼の姿からは、とてもそんな事実を信じることが出来なかった。
「不愛想だけど、実は優しい、どこかお人好しの、お兄さんのような人。それがレイさんです。……そうでしょう? 水精さん」
ふわふわと、自身の周囲を漂う青い灯にそう問いかける。
その問いに答える言葉を、彼らは持ち合わせていない。だが、何となく肯定しているであろうことは彼らと心を通わせる彼女にはわかった。
「……そうだよね」
以前、零斗に話した、自身が見た『夢の内容』を脳裏に浮かべる。
「……あんなのレイさんじゃない」
残虐。
一言で表すならそんな光景の中心にいた彼は、自分が知る彼ではない。弟に危機が迫った自身の心が見せたただの悪夢だと。そう言い聞かせる。
「私は、あの人を信じる。スルウを助けてくれたあの人を」
そう言ってサリアは立ち上がり、紙きれをポケットへと押し込んだ。
――――コンコン。
自室のドアが突然ノックされ、予期しなかったその音にサリアが肩を跳ねさせる。
「っ!? はーい」
この時間、まだ家族はそれぞれ自分の持ち場にいるはずである。食事なら既に済ませているため、運びに来ることもない。しかし、それ以外にこれといって特にここに来る用事はないだろう。
――――なら、誰が?
そう思いながらドアの向こうを警戒する。……どうやら敵意はないようだ。そう、自身の加護から判断してドアをゆっくりと開ける。
立っていたのは――――。
「……ダメじゃないか。そんな不用心に扉を開けちゃ」
困ったような笑みを浮かべながら、彼はそう言った。
狐のような目に、灰色の髪。それと胸元にかかったモノクルが特徴的な男。それが、整ったお辞儀と共に告げる。
「――――僕はカリス。この街のギルドで『ギルドマスター』をやっている者だ」
「ギルド、マスタ―?」
世界中に点在するギルド。その中で最も偉い役職をもった一人がなぜこんなところに、と疑問に思うサリアを察して、カリスは続ける。
「冒険者『レイ』がここに泊まっていたと聞いてね。ある物を置きに来たんだ」
「……置きに?」
なぜ彼がここを利用していたのかカリスが知っているのかは置いておくとして、それ以上に気になる点をサリアは聞き返す。
一応、零斗は犯罪者ということになっている。そんな彼はろくに荷物をまとめられないまま連行されていった。故に、彼の持ち物を押収しに来たというなら分かる。
しかし、逆に置きに来たというのはどういうことかと。
「……彼と一つ約束をしていてね。これを渡すことになっていたんだ」
そんなことを考えていたサリアの顔を見てか、カリスが封筒のようなものをひらひらと彼女に見せた。
「それは……?」
「――――《獣人族への紹介状》」
「獣人族!?」
獣人と人間の関係がどれだけ険悪なのかはサリアも知っている。
それ故、例えギルドマスターという役職であってもそれを手に入れるのは困難を極めるはずだ。それは、彼が今手に持っている物を何らかの形で売りに出せば、一般家庭なら暮らしに困らない程の金額を手にできるくらいである。
どのような経緯で手に入れたのか……いや、それよりも気になるのは。
「カリスさんは人間……ですよね? なんでそんなものを? ――――というかレイさんとの約束ってどういう?!」
なぜ大罪人ということになっている『レイ』とギルドマスターである『カリス』の間にそんな関係が出来ているのか。
迫りくる疑問の波にサリアがカリスに問い詰める。
「まぁまぁ焦らない焦らない。……たまたま僕はとある獣人領にあるギルドのマスターと仲が良くてね。彼を人間ではあるけど、信頼できる者だから滞在させてくれないかと聞いたら快く受けてくれたよ。これは通行手形みたいなものかな」
「そんなすごいつながりが……」
早くもギルドマスターという存在を見せつけられて唖然とするサリアに、カリスは続けた。
「レイ君との関係については、くわしくは話せないが、僕が世話になった、ってところさ。これはそのお礼。……といってもこんな物は、彼にしてもらったことを考えれば足りなさすぎるくらいだけどね」
「……あの、貴方はレイさんのことをどう思っていますか?」
聞いていれば、零斗のことを悪く言うような素振りもなく、むしろ良く思ってさえいると取れる言動に、思わずサリアがその問いを口にした。
問われたカリスは、苦笑を浮かべながら答えた。
「……味方にはなってあげることが出来ない。そういう立場だからね。これが僕に言える限界だ」
味方にはなってあげられない。
しかし――――出来る事ならなってやりたいと、サリアにはそう聞こえた。
そして、彼の言わんとすることを理解したサリアは、満足げに笑った。
「……良かった。レイさんは、私の知るレイさんでした」
「――――君に頼みがある」
それを見たカリスが、表情を険しいものへと変え、真剣な口調で言った。
「これを、彼に渡して欲しい」
そう言って紹介状をサリアへと手渡す。
差し出された上品な装飾が施された封筒を、されるがままサリアが受け取る。しかし、それに対して彼女は困惑した表情を浮かべた。
「え? 渡すって、どうやって……」
「今夜、彼はここへやってくる」
「――ッ!?」
サリアが彼の言葉に衝撃を受けて絶句した。
「だって、レイさんはあの人たちに連れて行かれた筈じゃあ……」
「……もう一つ、これは助言だ」
今度はサリアの疑問にカリスは答えなかった。
「君は、彼を知っているはずだ。なら、それを疑ってはいけないよ」
「――――」
「頼んだ。では、僕のやるべきことは済んだからね。ここで失礼させてもらうよ」
そう言って、カリスは扉を閉め、『梟の洞』を後にした。
そして外へ出るなり、彼を待っていたアンナがカリスに話しかけてきた。
「……終わった?」
「あぁ、これでもう大丈夫だ。そっちは?」
「誰に聞いているのかしら? ――――無事、ロマノフの息がかかった疑いのある冒険者を全員捕らえたわ」
ギルドへ向かって歩き出しながら二人はお互いに確認の言葉を交わす。
「これで彼が逃げ出しても手出しすることはできない」
「そう言えば、あんたに渡していた改竄した書類、ちゃんと目を通したんでしょうね?」
「あぁ、レイ君と会話しながらしっかり見させてもらったよ」
「全く。もうごめんだからね? ――――たった三日で、ここ一か月以内にこの街を出入りした冒険者の情報を全てデタラメに書き換えろって」
こともなさげに、自身が行った重大な規則違反を語るアンナ。
「もうお店に予約入れておいたから、しっかりと払ってもらうわよ?」
「はいはい、いくらでも払いますよっと」
これで、過去の情報から追跡されて抹殺される者が出るという危惧も消えた。
どこまでも周到かつ効果的に仕組んだものだと、不敵に笑みを浮かべた白髪の青年を想像してカリスが苦笑を浮かべる。
「――――レイ君、健闘を祈る」
そう言って、説教するアンナの言葉を聞き流しながらカリスはギルドへと帰るのだった――――。
■■■
「――――貴様、な、ぜ」
血を流し、床に突っ伏したフロイデが呻き交じりに問いかける。
「こた、え……ろッ! なぜ貴様には、『王令』が聞いておらんのだッッ!!」
「……」
そんな彼をを、『イドリス』を抜いた零斗は黙ったまま、虚ろな――――何も映らない冷たい瞳で見下していた。




