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六十七話

 決めつけるも何も、そう言ったのはお前自身だろうと。

 

 そう吐き捨てたい衝動を零斗が抑える。

 そんな零斗を面白そうに眺めながら、フロイデは続けた。


「何せ、四つもの大罪を犯した男だ。――――もしかすれば、言葉巧みに二人を騙したのかもしれん。……そう、この二人は元はただの善良な一般市民だ! 実はこの男に脅されて、利用されてしまったのではないか?」


 ――――そういうことかと、零斗は合点がいくと同時に歯を噛みしめた。


(……こいつ、俺を潰すためにそこまでしやがるかッ!)


 おそらく、フロイデはこんな回答を待っている。


 ――――そうだ! 自分たちはただ騙されていた! その男とは何の関係もないッ! 


 と。

 そうすれば、この場で零斗の味方になり得るものはいなくなり、孤立する。

 そして、誰からも信用されなった彼が最後に心が折れるのを期待して、フロイデは二人を連れてきた。


(……クソ。どこまで調べてやがる)


 この二人が選ばれたのは、特に零斗と話していること多いという告発や情報があったからだろう。

 親密であるほど、その対象から見放された時のショックは大きい。それを利用して、零斗を掌握しようとしている。

 ……すべては、零斗がフロイデ――――いや、ロマノフたちに提示した条件を最大限引き出すために。


(……だが)


 それ以上に、零斗が懸念していることは、二人がその企みに乗らず、零斗を庇うということだった。

 ……いや、それは()()ではなく、()()だ。

 間違いなく彼らは零斗を庇う。


 なぜなら、二人の零斗へと向けられる瞳には、彼への恨みも、疑いさえも一切籠っていないからだ。

 

 クランツと零斗の視線が交錯する。


 ――――大丈夫だ、ボウズ。お前がそんな奴じゃないってことくらい、今までの付き合いで分かってる。


 そして、サリアの微笑が告げる。


 ――――信じてますから。安心してください。


「――――ッ!」


 ……いつまで、自分は似た光景を見れば気が済むのか。

 己への怒りが膨張し、そのまま胸を裂いてしまいそうな思いが零斗を襲う。


 この世界に来てから一度目。ロイ達との面会で二度目。


「……さぁ、おぬしたちの言葉を聞かせてくれ。この男に協力していたのか……それとも協力させられていたのかをな」


 フロイデが最終宣告のごとく問いかける。


 ――――これで三度目。


 誰もが自分を庇おうと、助けようとして、悲痛をにじませた、あの優しい表情をするのだ。

 一体、この出来損ないは何度同じことを繰り返れば良い。迷宮を攻略し、人間離れした力を手に入れた所で、この世界に来てから……いや、()()()から何も変わっちゃいない。


 ……もう十分だ。十分すぎるほど、味わった。


 ――――これで、()()()()()にしよう。


「――さぁッ!」

「……私は、この人に……」


 ――――助けられ、恩返しをしようとした。


 そう続くサリアの言葉の先を遮るよう、その声は言った。


「――――はっ、はははッッ! こりゃあ傑作だッッ!」


 突然、零斗が高笑いをはじめ、ギルド内が静まり返る。


「はー、笑った笑った。……え? 何お前ら、もしかして本気で俺に()()()()()()()()()()?」


 この場にいる誰よりも悪意に満ちた、嘲るような笑みを浮かべて零斗が続けた。


「悪いな、これが俺の正体だ。まさか、本気でお前らと仲良くしてたなんて思っちゃいねえよなぁ? ありゃただの演技だ。……しかし、まぁ。くくく、ここまで綺麗に騙されてくれるとはなぁ」


 呆気に取られるサリア……いや、ギルドにいる全員がその豹変っぷりに言葉を失っていた。

 しかし、それを面白くなさそうに眺めている者は、黙っていなかった。


「口を開くな()()。……興が削がれた。もう良い。お前の望み通り、これ以上の追求はしないでやろう。おい、貴様ら、その者らを解放してやれ」

「は、よろしいのですか?」

「良い。当初の目的は達成できたのだ。……思ったよりもつまらん結果になったがな」


 フロイデがそう言った後、サリアとクランツの縄が解かれた。


「女、貴様はもう少し思慮深く行動するんだな。それと門番。聞くところによると、貴様はこの男と同い歳くらいの息子がいるそうだな。こいつの演技に騙され、気でも緩めたか。……今回は特例で見逃してやるが、次はないぞ」


 そう言ってフロイデがギルドを後にする。

 零斗を連れた騎士達も、それに続いて歩き出した。


「……なんだかよくわからないけど、二人は無関係だったらしいな」

「サリアちゃーん! 俺は信じてたぞッ!」

「てめ、さっきまであんなに疑ってたくせに」

「まぁー、あのサリアちゃんがあの外道に手を貸すわけないだろ。さっきのは、ちょっと、アレだ。とにかく俺は信じてた!」

「ったく、クランツのおっさんも疑われるようなことするなっての」

「そういうなよ。あいつも騙されてたってんだから」


 自分の意思はないのかと問いたいくらいに綺麗な手のひら返しを冒険者達が披露するのを横目に、サリアが出入口で零斗にすれ違いざまに言った。


「……なんで。……なんであんな()()()()()()嘘をッ!」


 目を赤くした彼女がそう訴えかける。

 サリアには『水精の加護』がある。嘘や悪意があれば一瞬で見抜ける能力を持っているわけだが、その目に映る零斗の姿は、それらの類が一切なかった。

 そして、それを知る零斗は当然、自分が言っていることの意味を理解しているだろうと踏んで、サリアは言ったのだ。


「私たちを庇うために……そんな」

「……! ボウズ、お前。まさか……」


 クランツが年の功がなせる業か、何となく零斗が置かれている今の状況、それに行き当たった原因を理解して、言葉を詰まらせる。

 

 ……しかし、零斗はそれに答えることなく、ギルドを出ていった。

 被ったフードの下に、暗澹(あんたん)たる光の宿らない瞳を宿して。


 

 そうして去っていく彼らを眺めながら、カリスが呟いた。


「……なるほど。君は、それしか選ばなかったんじゃなく――――そういう選択しかできなかったんだね」


 同情を滲ませることすら、彼の選択に対して失礼だと、カリスが小さく息をついたと思うと、外していたモノクルをかけ、隣にいるアンナに言った。


「――――僕らも、動くとしようか」

「……えぇ、そうね」


 当人同士にしか聞こえない程度の会話が、この事態を収束へと導くための引き金を引いたのだった。


 ■■■


「……へぇ、魔導車には初めて乗ったが、案外乗り心地良いんだな?」


 内装こそ馬車のそれと大して差はなかったが、圧倒的に馬車に比べて道中の振動が少ないというのが、真っ先に零斗が抱いた感想だった。


 街を発ってからそれほど時間が経っていないと言うのに、既にタルデの影も形も見えないところまで進んできていた。

 

「魔法で整地しながら、極限まで空気抵抗を減らしている、ってところか。さぞ燃費が悪いだろうな」

「――――はあ、『黙れ』」

「……っ」


 向かい合うようにして座っているフロイデが、不快そうにため息を吐きながら、そう()()()


「貴様、何か勘違いしているようだな?」


 ひじ掛けに頬杖をつきながら、もう片方の腕で魔導車の窓縁を指でなぞり、そこに汚れが一切つかないことに満足げな表情をした後、零斗に視線を向けて続けた。


「――――貴様がワシと同じ空間にいられるのは、貴様の()()()()()()()あってのことなのだぞ?」

「…………」

「あぁ、そうだったな。『話して良いぞ』」


 フロイデの一声により、まるで声の出し方を思い出したかのごとく、零斗が口を開く。


「……っ。分かってるさ。俺が知っている――――『迷宮』の情報と、お前らへの従事。それが他の奴に手を出さないっていう交換条件だろ」





 ――――そう。零斗は、ロマノフたちに冒険者『レイ』の正体が『灰瀬零斗』であることを明かした。


 そして、迷宮にて知りえた()()()()()()()()()()という条件で、今回の交渉にこぎつけたのだった。


「陛下が貴様を磔にした後に――――『やつが生きて帰ってきた方が都合がいい』と申された時は流石に耳を疑ったが、こういうことだったとは。流石ロマノフ陛下だ。未来の先々まで見通していらっしゃる」

「……やっぱ、テメエら、俺を殺すつもりなんて()()()()()?」


 まるで、零斗が磔の処刑……もとい、『迷宮』から帰ってくるのを見越していたような口ぶりのフロイデ。

 しかし、それも想定済だと言わんばかりの零斗に、フロイデが意外そうな顔で言う。


「……ほう、気づいていたとはな」

「あんだけ時間がありゃ誰だって考えるだろうよ。……何で殺すつもりの処刑に、全く場違いなはずの『回復』の剣を使ったんだってな」


 最下層についてしばらくしてから、零斗はなぜロマノフは自身を直接殺さずに、ああしてわざわざ『呪われた剣』とやらを使って自分を磔にしたのかを考えていた。

 

「最初はただ俺を痛めつけるのが目的だと思っていた。……だが、俺が磔にされた先が崩落しかけの洞窟で? 都合よく落ちていった先が『迷宮』だと? そんな()()あるわけねえだろ」


 だから、と零斗は続ける。


「ロマノフは効果を知っていて、敢えて利用した。『激痛』『回復』は単純に俺の生存力を上げるため。『時壊』と『錯乱』は『迷宮』で俺が自我を失わないようにし、少しでもまともな情報を持って帰らせるための訓練に。そして頃合いを見て、俺を回収し、得た知識を吐き出させるつもりだった。そう考えた方が現実的だろ?」

「……はぁ、どうやら少しは頭が回るようだな。――――概ね、その通りだ。まぁ、あと数年は出てこないものだと思っていたがな。故に、貴様が自ら名乗り出た時は手間が省けたというものだ。それについては褒めてやろう」


 フロイデがゆったりと手を叩き、賞賛の意など微塵たりとも込められていなく拍手を零斗に送る。

 

「――――だが、口の利き方がなっていないようだな。もっとワシを『敬え』」

「ッ……! 申し訳ございません、フロイデ様」


 その言葉で急に姿勢を正し、敬語を使い始めた零斗を見て、フロイデはこれ以上ないほど嫌味ったらしい笑みを浮かべる。

 

「この指輪がある限り、お前はワシに逆らうことなど許されん。のう? 勇者『レイト』よ」


 そう言って、フロイデが右手に嵌めている紅い宝石が付いた指輪を零斗に見せつける。

 宝石の中には魔法陣のようなものが刻まれ、それが指輪全体に脈のようなものを伸ばしている。魔道具の一種であることは見て明らかだった。


「これはお前たち勇者に“()()()()を下せる魔法”――――『王令』を使用するためのカギだ」

「……く、ソが」

「ほう、『王令』に抗えるとはな。所詮勇者とはいえ、無能の屑である貴様にはやはり効力が薄いらしいな。ほれ『もっと敬意を持たんか』」

「――――失礼いたしました」

 

 彼の一声で、零斗の目が据わる。

 それを見て、フロイデは完全なる零斗の服従が終わったと判断した。


「……それでは、貴様には色々話してもらおうか?」


 と、そう言いかけた所で魔導車が停止する。

 

「……何事だ?」

「――――フロイデ様。本日の移動はここまででございます。これより私共は野営の準備をいたしますので、この中でお待ちください」

「ほう、もうそれほど時間が経っていたか」


 前方に座って魔導車の操縦をしていた騎士にそう言われ、フロイデが外を見ると、確かに日が傾いてきていた。

 

「これは、こやつと戯れるのに夢中で気づかなんだ。まぁ良い、野営の準備が終わり次第、存分に話を聞かせてもらおうじゃないか」

 

後二話でこの章も完結です!

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