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六十六話

 その晩、辺りが寝静まった頃。

 零斗がいる牢へと近づく足音が一つあった。


「……誰だ? こんな時間に」


 足音の間隔、大きさから男、それもかなりガタイの良い者だと分かった。

 しかし、そんな人物に尋ねられる心当たりなどない零斗は、近づく灯りの方をじっと見つめる。


「――――よう」


 現れたのは、あの晩、最前線で戦っていたもう一人の人物。ゴウゼルだった。

 やや猫背に、零斗のことを憎ましげに睨みながら、零斗の方へと歩み寄る。


「何の用だ?」

「カリスさんに言って、今夜の見張りを代わってもらった。今日は俺が話し相手だ。ゲス野郎」

「……あぁ、そういやそういうことになってたな」


 小声で零斗が呟く。


 これまで夜に見張りなど付いたことはなかったが、一応サイケを殺害した危険人物ということで、表向きにはカリスが見張りをしていることになっていた。

 それが今日、何故かゴウゼルが交代を申し出たらしい。


「そんな建前は良いから、()()は何しに来たんだよ」

「本当は今すぐにでもお前を殺してやりたいんだがな。……聞きたいことがある」


 少し間をおいて、ゴウゼルが問う。


「――――どうしてサイケを殺した」


 怒りとも憎しみとも悲しみともとれる感情を瞳に宿して、ゴウゼルは言った。

 

「あいつとは、冒険者やる前からの付き合いだ」


 そう言って、ゴウゼルはその場に立膝をつき、ゆっくりと語り始める。


「古い付き合いだが、特段仲が良かったわけじゃねえ。むしろいけ好かねえ奴だとさえ思っていた」


 かつてを懐かしむように、ゴウゼルがランタンの灯を眺める。


「好みも考えもまるで逆。顔を合わせるたびに揉めたもんだ。……だが、だからだろうな。妙に仕事をするときはかみ合いやがる。おそらく、後にも先にも、俺の背中を預けられるのはあいつだけだった」


 ゴウゼルが語らう最中にゆらゆらと揺れる火が、まるで今の彼の心境を映し出しているかのように思えた。

 

「……俺もじきに冒険者を引退するつもりだ。幸い、金はあるからな。田舎にでも行って、のんびり暮らそうと思っている。だが、その前に、最後にお前に聞きたかった」


 これまで零斗に背を向けていた彼が振り返り、その瞳に殺意すら宿して問う。


「もう一度、聞くぞ。なぜサイケを――――俺の相棒を殺しやがった」


 返答次第では、己の身を顧みず、この場でお前を殺してやると、はっきりと目が語っていた。

 それを受け、少し考えこんだ後に零斗は口を開いた。


「――――では、逆に聞くがな。お前はあいつのことをどこまで知っていた?」

「……どういうことだよ」

「そのままの意味だよ。あいつがどこで何をしていたのか。誰と関わり合っていたのか。何を考えていたのか。そのすべてをお前は分かっていたか?」

「そんなの分かるわけないだろうが。話をはぐらかすつもりか?」

「はぐらかす? 何で俺がそんなことをする必要がある。むしろ、今言ったことが俺の口から言える全てだ」


 同時に、今のやり取りでゴウゼルが白だということも把握できた。

 これより先の問答は不要と判断し、零斗はそれ以上答える気はなかった。

 ――――だが、と、零斗は付け加えた。


「お前が恨むのも理解できる。だから存分に俺のことを恨め。――ただし、俺は間違ったことをしたつもりはない。もし、お前が俺を殺しに来るのなら、俺は躊躇いなく反撃する」

「……ゲスが、開き直ったか」

「そう捉えられても仕方がないな」


 しかし、何を思ったか、それ以上ゴウゼルは罵声を浴びせるようなことはせず、そこから先は、ただ静かな時間が流れていくだけだった。


 ■■■


 騒がしいと思われる昼間のギルドだが、実はさほどうるさくない。

 何故ならば、騒音の原因の大半を占める冒険者達はそれぞれ朝受けた依頼に出払っていて、残った者と言えば、書類の管理をする職員と、たまに依頼を出しに来る者達、それに多少の談笑する休みの冒険者くらいだからだ。


 しかし、今日は出払っているはずの冒険者たちがいて、騒がしくてもおかしくないと言うのに今日は一段と静かだった。

 その理由は、彼らが取り囲む者達にあった。


「やぁ、カリス。元気していたかね?」

 

 そう話しかけるのは、甲冑を着た騎士達が後ろに控える中、騎士とは似ても似つかない体型をした、カリスより頭一つ分小さい小太りの男。

 やたら豪奢な恰好をしていることから、地位が高い人物であることは容易に察せられた。


 事実、ギルドマスターであるカリスを呼び捨てにできる時点で、かなりの権力者である。


「……これはフロイデ様。こんな辺鄙な場所までご足労いただき、ありがとうございます」


 恭しくカリスが傅きながら言う。

 その様子に満足げな笑みを浮かべながら、フロイデが答えた。

 

「何、ここは私の領地だ。私が来るのは当然だろう?」

「――――」


 カリスの後ろで控えているアンナが苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる。


 確かにタルデの領主は間違いなくフロイデである。

 だが、あくまで()()()はという話であり、実質的な管理はギルドに任されていて、ギルドがタルデの財政やらなんやらを取り仕切っているのである。

 すなわち、カリスこそが領主の本来すべき業務を執り行っているわけであるが、そんなことは微塵も知らぬ存ぜぬといった顔で、ここぞとばかりに領主であることを強調する。


「まぁそれは良い。ソレにかけられている容疑は二つ――――いや、四つか?」


 ニタリと、確かにフロイデは小さく、だがこれ以上ないほど下卑た笑みを浮かべたのが、正面で相対するカリスとアンナ、それと零斗にのみ見えた。


「一つ、同胞であるはずの冒険者二人の殺害。二つ、他者の依頼中における獲得物の横領。――――三つ、危険度『Ⅳ+』相当の魔物の召喚。四つ、霊薬によるタルデ中の『魔力中毒』の引き起こし。……これが事実だとしたらもはや、国家の転覆を狙ったとしか思えない大変な重罪である。至急、裁判にかけるため、共に来てもらおうか」

「……」


 彼らを囲む野次馬たちが思わず言葉を失う。


「……まさか」

「そこまでやってたのか……」

「じゃああの時も……」

「救いようがねえな……」


 口々に零斗への侮蔑を露わにする言葉がギルド内で飛び交い始めた。

 

「こちらに」


 騎士の二人が前に出て、カリスが持つ、零斗の枷とつながる鎖を手渡すように促す。

 それに従い、カリスが鎖を渡すと、騎士は敬礼し、零斗を連れて後ろへと下がった。


「では、仕事も済んだことだ。ワシらはこれで王都へ戻る。……だが、皆の衆に一つ問いたいのだ」


 唐突に、フロイデがそう口にした。


 ――――何を言い出すつもりだ?


 そんな思考が零斗の頭によぎる。

 思わず零斗は立ち止まって、その続きを待った。


「おい、早く歩け!」


 そう言って騎士が鎖を引っ張るも、まるで巨大な岩に繋がれているかのごとく、ピクリとも動きはしない。


「……!? こいつ、どこにそんな力を持って……」


 喚く騎士を他所に、零斗がフロイデの言葉の続きを待った。


 ここで出ていったらマズい気がする。そんな直感に身を委ねて。


「この街、タルデを混乱に陥れようとした人物。それが大罪人であることは明白である。……しかし、考えてみて欲しいのだ。――――そんな大罪人を街に招き入れた者もまた、大罪人なのではないか、と」

「――――確かに!」

「そう言われてみりゃそうだな」

「……だが、一体誰が?」


 フロイデの発言によって冒険者たちにどよめきが起こる。


「落ち着け皆よ。そう言うと思って、その容疑がかけられた者も既に捕らえている」


 そう言って、ちらりとフロイデがギルドの出口に――――零斗がいる方へと振り返る。そして、その時、彼の肩越しに零斗は目が合った。

 そして、その目が己が幾多も見てきた()()()()()()()だったことから、これから起こることがろくでもないことであると悟る。


 ……一体、誰のことを指しているのか。


 アンナとカリスはこうしてフロイデと向き合っていることから真っ先に除外される。

 なら、パーティを組んでいて、最も共にいた姿を目撃されているロイとジーナか。……いや、彼らの場合、元からパーティを組んでいたアランを殺されたことで、逆に自分たちがアランのように殺される所だった立場であると、タルデでは認識されているはずだ。


 悔しがりながら、面会時に二人が言っていたので間違いない。よって彼らも除外。


 ……なら、他に誰がいる?

 


 これ以上、お前らは俺に何を背負わせようとしている。




 ――――今度は、誰を巻き込むつもりだッ!


 内心で、そう吠えたい感情に支配される。

 しかし、そう叫んだところで相手がさらに喜ぶことは、先ほどの表情から見ても明白だった。故に、すぐに平静を取り繕って、口を噤む。


 ――――落ち着け、と。

 自分の策は、フロイデ達の反応を見るにまだ気づかれていない。

 ならば、最悪の事態は起こる可能性が低い。ここで相手が行動を起こしたのは予想外だったが、まだ何とかなる範囲だ。


 そう言い聞かせて、零斗は早まった鼓動を静めた。


 そして、そんな彼を嘲笑うような光景が、次のフロイデの言葉によって展開された。


「――――クランツ、サリア。貴様らは、この男が最初にこの街に入った際にそれぞれ門番、同行者だったところを目撃されている」

「――――」


 そして、ギルドの扉が開かれたかと思うと、縄を縛られた姿の二人が騎士に連れられ、中に入ってきた。

 変わり果てた、自分がよく知る者らの姿に、零斗が言葉を失う。


「レイ……さん」

「ボウズ……」


 そんな小さなつぶやきを、二人が枷を嵌められている零斗の姿を見てこぼした。


「……クランツ。貴様はこの街を守るのが仕事ではなかったのか? なぜしっかりと素性を調べずに門を通した? サリア、貴様はこいつに金か何かに唆されてタルデへ誘導したのではないか? ん? 何か弁明があれば申してみよ」


 フロイデの言い分は正しい。

 確かに、零斗がこの街に初めてきた時は、素性を調べられずに門をパスできた。そういう意味で、クランツは罰を受けるに値するだろう。

 

 しかし、それは結果論でしかない。

 仮に自分がこんな立場にならず、何事もなくこの街を出て行っていたなら責任など問われなかったはずだ。

 そもそも、零斗はこの街に来たとき、こうして表面上だけとはいえ、悪事を働くつもりなど毛頭なかったのだから。


 サリアに至ってはもはや言いがかりに等しい。

 クランツのことはともかく、彼女に関しては少し考えればかなり無理のある言い分であると気づくはずだ。

 

 ……だが、今は状況が悪い。

 仲間、それも影響力がある『A』ランク冒険者の仇を前にして冒険者達は興奮している。こじつけに等しい主張でも、それを指摘できる余裕のある者はいなかった。


「……嘘、サリアちゃん? 俺、隠れファンだったのに……」

「失望したよクランツ。仕事帰りにあんたと話すのが楽しみだったのに」

「……とんだ疫病神を連れてきてくれたな二人とも!」


 そうして、敵意の対象が零斗から二人へと向いた。

 思わず、「まずい」と零斗が小さく舌打ちををする。

 悪意に晒されることに慣れている零斗はともかく、二人には些か負担が大きすぎる。……このままでは、二人の心が潰れてしまう。


 自身が取った行動より生じた事態によって、全く無関係の人間を巻き込んでしまった。

 そんな責任から、零斗がどうすれば二人を解放できるかを、思考を全力で奔らせ考える。


 ――――どうする。

 何を言うのが正解だ。

 何をするのが正解だ?

 考えろ。ここまで想定できなかった己の不始末だ。事前に準備できなかった分は、その場で対処する。


 しかし、枷に繋がれた自分は何を言ったところで逆効果だ。なら、他に残された選択は――――。


(……待て。何で()()()はわざわざこの二人も巻き込んだ?)


 フロイデの方を一瞥して、零斗は思う。


 彼らは、今回の一連の事情を全て知っているはずである。

 ならば、クランツとサリアまで巻き込む理由が皆無なのだ。何せ、冒険者と違って彼らは一般市民であり、何をどう間違ってもフロイデ達の危惧している知られたらマズイことを知る余地がない。


 ……ならばなぜ、こんないやがらせに等しいような行為を取ったのか。


 そう、零斗が考えた時、フロイデが口を開いた。

 

「……いやいや、皆。勘違いするな。ワシはまだ、この二人が共犯者であると決めつけたわけではない」


 ――――何? 


 フロイデの言葉に、零斗が眉を顰めた。

 

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